第20話

『朝食は必ず一緒に食べる』


 それはアルが言い出したことだった。


「オレの両親は忙しい人達だったが、なるべく朝食だけでも一緒に食べるようにしていた。だからオレも家族となるシアとフランとはそうしたい」


 良き旦那様、良き父になろうとしているアルは、そう言って忙しい中でもなるべく朝は姿を現し、実行していた。


「今日は外に用意させた」


「うわぁ!外で朝食なんですか!?」


 庭園が好きなフランの目が輝く。


「そうだ。庭園の花が見ごろだからな」


 そう言って、アルが連れていってくれた庭園は美しく、花盛りだった。ほのかに甘い花の香がする。見事な庭園だった。その中にテーブルとイスが用意されている。


「ピクニック風にしてみました!」


 ジャネットがテーブルの上のものを披露する。


 レタスとハム、卵、チーズ、ローストビーフが挟まったサンドイッチ、黄色やオレンジ色のチーズ、皮がパリッとしたクリームパイとアップルパイ。南国でしかとれない甘いフルーツ。ゆで卵とスクランブルエッグ。カリカリに焼いたベーコン。それらがミニバスケットに詰めてあり、置かれていた。


「すごいです!食べるのが楽しみになります!」

  

 目をキラキラさせているフラン。それを見て、私も嬉しくなる。


「ジャネット、ありがとう」


「いえいえ!気に入ってくれたのなら、嬉しいです。ちなみにあたしのオススメはその可愛いハートのジャムサンドとハートの形のハムですよぉ!ハート!ラブ!ってところに、こだわってみました!」


 どこまでも可愛いものが好きなメイド、ジャネットだった。その容貌にあっているかあっていないかは別として……私より可愛いもの好きかもしれない。こだわりぬいたとだけあって、気づけばバスケットに敷いてあるペーパーもハート柄、ハートのピックも刺さっている。


「オレはちょっと……だけどな。ま、まあ、フラン、食べないと学校遅れるぞ」


 アルの頬に一筋の汗が流れたのを私は見逃さなかった。


「はい。いただきまーす!」


 フランは気にしないでモリモリ食べる。ハートだろうがなんだろうが、外で食べるご飯が楽しくて嬉しいようだった。


「ガーデンパーティーはしたことなかったのか?」


 外でティーパーティーや饗しは王家や貴族の間ではよくあることだった。


 しかし……。


「私とフランは呼ばれませんでしたから」


「……こないだから思っていたが、それでは幽閉のような生活じゃないのか?」


「それを望まれていたので……」


 愛人とオースティン殿下が睦まじく庭園でいるところを見ずにすんだけれど、庭園へ入ることすら許されなかった。私とフランは陛下に会うときや外交時に体裁を整えたいときだけ呼ばれるのだった。


 眉をひそめるアル。なにか言いたそうだったが、フランがいなくなるまで、我慢したようで、止めた。


 そしてフランがいってきます!と学校へ行くために退席すると再び口を開く。ジャネットが私とアルにお茶を注いでくれた。


 心地よい風が庭園に吹く。


「王宮での生活、辛くはなかったのか?」


「……辛かったです。オースティン殿下から逃げたいと何度も思いました。だけど逃げたらフランはどうなります?王宮に置いていかねばなりません。仮にも王位継承権を持つ子を連れていけば、私は王家の謀反を疑われ、処刑。フランは罪人の母を持つ子になります。そして一人孤独に王宮で過ごすことになるでしょう」


「助けを求めなかったのか?」


「私、実家には一度話しました。泣いて訴えました」


「でもダメたったのか?」


「はい。伯爵家にどうにかできる力はありません」


 アルはまるで自分のことのように深刻そうな顔をした。


「そんな顔をしないでください」


「いや……そうだな。同情などされたくないよな。嫌なことを思い出させたことと嫌なことを話させて悪かった」


 アルが席から立ち上がった。フッと思い出したように言った。


「そうだ。この庭園にある花はシアのものだ。好きにするといい。飾るのも良いし、風呂に入れるのも良い。すべてプレゼントする」


「え……?花を?」


 この国では花を贈ることを意味するのは……。


「ああ。庭園に今まで行けなかったんだろう?花で心を存分に癒してくれると嬉しい。花をシアにオレから贈る」


「花を贈ってくれるんですか!?私に!?」


 そうだよと笑うアル。そして近くの花を手で折ると私の髪に触れかけて、触れられないんだったと自嘲気味に笑ってやめ、そっと私の前のソーサーのそばにおいた。驚いたけれも、素直に嬉しくて笑顔になってしまう。ジッと私の顔をアルか数秒間見た。


「ありがとうございます」


「礼には及ばない。この国では愛するものに花を贈る風習だ。旦那であるオレが妻の君に贈ることになにも不自然はない」


 そう言うと、退席していくアル。


 ……髪に触れてくれるのかと思ったわ。不覚にもドキドキしてしまった。そして愛?愛するものにって言った?


 今まで欲しくて欲しくて……たまらなかったものが目の前にある。ずっと諦めていた。私の人生は花をもらうことなく終わると思っていた。愛しているという形の花。


 目の前に置かれたのは花一輪。だけどアルはこの庭園いっぱいの抱えきれないほどの花を私にくれると言った。この庭園の花は私の手から零れ落ちるほどあった。それほどの愛をくれるの?


 涙が溢れそうになった。


 違う……もう一人の冷静な私が言った。


『形式上。契約上。ただそれだけの意味でしょう。愛も上辺だけ。勘違いしないほうが良いわよ。シア』


 そう言われたのだった。それは正論すぎるほど正論だった。アルがくれた花一輪を私は大切にハンカチに包んだ。

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