女嫌いの旦那様、その愛本物ですか？

第19話

「フラン坊っちゃん、並びに新奥様、はじめまして。ワイはヴォルフいいます」　

「ヴォルフ……さん？ですか。よろしくお願いします」

　軽いノリで挨拶されたが、ニコニコしていて嫌な気分にはならない。茶色の髪に琥珀色の目はどこか面白そうなことはないかと光らせている大男だ。筋肉がすごくありそうなのが、服を着ていてもわかる。胸板が厚い。半端なく厚い。このヴォルフさんが家庭教師するのかしら？フランがものすごく強くなりそうな気はするんだけど……。

「シアが何を思っているか、わかる。大丈夫だ。先に言っておくが、安心してくれ。マナーの方面は違う家庭教師だ。こいつは武術や知識の面だ。そして、さん付けはいらない。ヴォルフでいい。むしろ十分だ」

「なんか、けなされてるのは気のせいちゃうよな？」

「気のせいだ」

　サラッと返されてしまい、ちょっと寂しげなヴォルフ。アルはヴォルフをからかっているようでもあり、楽しそうにみえる。　　

「フラン、この体格と筋肉に怖がらなくて良いからな」

「筋肉は怖くないやろ！筋肉ってなぁ。めちゃええんやで！服を脱いで見せたろか！？」

　フランは一歩下がる、アルには、やめろ！と止められる。見せたかったらしく、ええーっ！と残念そうなヴォルフだった。自慢の筋肉なのね。

「あのぅ……僕もヴォルフさんくらいまで体を鍛えなきゃいけないんですか？」

　筋肉ムキムキのフランを私は一瞬想像してしまい、微妙な気持ちになる。アルがハハッと笑った。

「体を鍛えるのは良いことだと思うが、筋肉バカにならなくていいんだ」

　何気に失礼なことをサラッと言われて、ヴォルフが言い返す。

「筋肉バカとか言わんといてや！筋肉はなぁ……筋肉は裏切らない！筋肉は自分を高める！筋肉は……」

「あー、はいはい。ヴォルフ、もういいから、フランに、まず自己紹介とこれから学ぶことを教えてやってくれ。筋肉バカだが、実は首席で王立学院を卒業している」

「えええっ！？あ、ごめんなさい。驚くなんて失礼なことをしてしましました」

　慌てて謝ると、ヴォルフは人懐っこい笑みを浮かべた。

「ええんです。首席なんてまぐれですわ～。その3年後にアルが入学してきたんやけど、あっさりワイの歴代最高得点の記録を塗り変えられたんやで」

　ええっ！？と私は再び驚きの声をあげた。

「ここは天才の集いですか！？」

　やや引き気味の私を見て、そんなことはないとアルは言うけれど、謙遜だと思う。いやいや、私が通っていたとしても首席をとれることはないだろう。

「ん？ジャネット、おまえ、もう少し筋肉つけたほうがいいんちゃうか？」

　私の後ろに控えているメイドのジャネットに気付いて、ヴォルフが言う。ジャネットはものすごく苦いものを食べた時のような顔になった。

「やめてちょうだいっ！あたしは最小限の筋肉でいいのっ！ガタイ良くしてどうするのよおっ！」

「いい素質持っていると思うんやけどなぁ。一緒に鍛えへん？」

「お断りよっ！誘わないでちょうだいっ！あたしは筋肉つけたら、ますます可愛さがなくなるのよ。もうっ！時間がもったいないでしょぉ！早く行きなさいよ！」

　へいへいっと軽く返事をし、フランにヴォフルは声をかけた。

「ほな行こかー！」

　フランはヴォルフの明るく面白そうな雰囲気に警戒心が薄れて、ハイっ！と返事をし、ついていった。

「フランの教育について、いろいろ考えてくださってありがとうございます」

「気にするな。次期公爵としてフランを立派に育てるのは父親の義務だ」

　父と言うアルには、まだ違和感があるわと思ったけれど、私は口には出さなかった。

　あら、床に手紙かしら？紙が落ちていることに気付き、拾うと、どんっと机にぶつかった。

　バサバサッと机から本が落ちる。

「あっ！ごめんなさい」

私が慌てて拾おうとすると、アルが一歩遅れて『触るな』といったが遅かったようだった。本の題名を読んでしまった。

『良い旦那になるための１００の方法』『妻が求める紳士的な旦那になろう』『父親がやるべきこと』『子どもの心理とその行動を学べ！』『家族の良い関係づくりのための会話術』など。

　私は無言で拾い、机に戻した。

　彼は一生懸命、良き旦那様、良き父になろうとしてくれているのがわかる。なにか言ったほうが良いのかしら？静かに本を戻したけれど、彼は何も言わない。

　パッと顔見ると、アルの綺麗な顔が赤かった。照れているのかしら？……これは、なにも言わないほうが良さそうだわ。

　長い沈黙があった。やっとアルが重々しく口を開く。

「本の題名見たか？」

　いいえ。見てません。アルの様子から、そう答えるしかなかった私だった。