第17話
「アル!治ってよかったわ」
ホッとしてオレを見つめるシアに一瞬、ドキリとした。シアにもう一度、触れてみたいと朝、考えていたオレの思考を見抜いているわけじゃないが、すこし焦る。
バレないように、落ち着いて話す。
「大したことはない。いつも一晩寝れば治ることだ。ネズミは公爵家に泥棒に入った小物だったよ。庭の警備を強化する。危険な目にあわせてしまって申し訳なかった」
「アルのせいじゃないんだから謝らないで。私なんかを助けてくれたせいで、具合が悪くなってしまったのに、ムリしないで。ごめんなさい。私が調子にのって、乗馬なんてしたからよ」
心配するだけでなく、なぜか自分を責めるように言う彼女に、すごく申し訳ない気持ちになる。
起きたばかりの時、オレはネズミのことを忘れかけていて、シアを抱きしめたことについて悶々と考えていた。
……なんてことは絶対に口にできない!とシアの心配する顔を見て思った。
穏やかに微笑みを浮かべた表情で本心を隠して……うまく隠せてるよな?
「謝らなくていいし、シアが自分を責めることはない。また乗馬をしよう。フランが上手くなった時、3人で馬を駆けさせるのもいいな。シアの馬術の腕前をみてみたい。ちゃんと仕切り直そう」
「そう言ってくれるなんて……ありがとうございます」
シアが少し頬を染めてお礼を言う。
可愛いな……。
ハッ!いやいやいや!オレは女アレルギーだぞ!?可愛いとかなんとかおかしいよな!?女性は無理なんだ!落ち着け!オレ!
「アルは大変な目にあったのに、こうしていつもどおり堂々として落ち着いていてすごいです。私、すぐに動揺しちゃった。強くなりたいって思ってるんですけど……」
シアが少し目を伏せる。
……よし。いつもどおりのオレに見えてるらしいな。うまく隠せていると確信し、ホッとする。
「ええっと……フランは勉強しているのか?」
「はい。今日は街の学校へ行きました」
「そうか。フランには新しい家庭教師兼警備の者をつける。夕方には到着するだろう」
「新しい人ですか?」
「馬術、剣、勉学に長けている。ちょっとというかかなり変わったやつだけど信頼に足る者だ」
「お心遣い、本当にありがとうございます。ここまで、私やフランのこと、気にかけてくれた人は今までいませんでした。誰も……誰もいなかったんです」
寂しさ、孤独、諦め……そんな感情が入り混じった雰囲気のシア。苦労してきたんだなとわかる。
なによりも外見が優雅で何不自由なく暮らせる王家にいたとは思えないのだ。よく見ると気づくことができる。痩せ細った体で美しいはずの金の髪はパサパサと乾いている。白い肌も青白い。綺麗ではあるが、どことなく不健康な雰囲気がする。
だけど、彼女の明るく振る舞う姿が、マイナスの部分のそれらを隠している。だから気づきにくい。きっとこのまま生きていたら早死していたかもしれない。
それでも良いんです。フランさえ幸せであればとシアならいいそうだな。オレの縁談だって、こんな無茶苦茶な契約、本当は彼女一人なら受けなかっただろう。フランのためだったんじゃないだろうか?シアは自分の幸せを忘れてないだろうか?
「私、アルのお役に立てるように、ちゃんと契約どおりにできるように、頑張ります!」
この時、オレが契約なんてあまり考えなくて良い。シアはシアらしくしていればいいと言ってやればよかったのかもしれない。
……だけどオレは言った。
「ああ。契約したとおり頑張ってくれ」
頑張ります!とはりきるシアをこの時のオレは、なにも思わなかったのだった。
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