第16話

 起きると、朝だった。肌に少し発疹の赤味が残っているが、体のほうは大丈夫だった。むしろ仕事もせず、ぐっすり寝たせいか、頭も体もすっきりとしている。


 しかし……と、頭を抱えた。


「なんてドジをやらかしてしまったんだ」


 とっさにシアが落ちると思ったら受け止めてしまった。……でも待てよ?受け止めた瞬間は大丈夫だった気がするんだよな。自分の両手をじっと見る、あの柔らかなシアの体の感触、そして花のような甘くていい香りが髪からしてきて……って何考えてるんだ!?


 落ち着け。オレ。冷静になれ。オレ。正気になれオレ。

 

 枕元に置いてあった水をとりあえず一口飲んだ。ベッドから出て、窓を開けると朝の新しい清々しい空気が流れ込む。深呼吸する。


 よし。落ち着いた。


 そうだ。シアをしばらく抱きしめていたんだよな。その時は平気だったんだ。シアがオレに大丈夫か?と声をかけて自覚した瞬間、体調が悪くなったんだ。


 ……と、いうことは、シアに触れても大丈夫だったりするのか!?自分の両手を見る。少しの間、いけた!?もしかして触れて慣らしていけば、女性アレルギーを克服できたりするのか!?

 

 もう一度、シアに触れてみようか?いや、待てよ。理由なく触れたら、ただの痴漢だろ!?なんだこの変態は!?って思われるよな。最悪、「契約解消よっ!」って言われてしまうかもしれないな。


 オレがうわああああ!と脳内で葛藤していると、ドアがノックされた。


「おはようございます。体調の方はどうですか?」


 シリルだった。朝から真面目な執事はいつもの時間通り登場してきた。


「おはよう。もう大丈夫だ」


 オレもいつもどおりの平然、毅然とした態度を……とれてるはず。


「シア様とフラン様がとても心配してました。昨夜、フラン様は看病をしてくれていたんですよ。シア様は旦那様に近づけないため、遠くから心配し、見ていました」


「そうか。不甲斐ないところを見せてしまったな」


 グシャリと自分の前髪を掴む。情けない。たった女性一人、少しの間、抱きとめただけで……こんなふうに倒れるなんて……。


「ところで、旦那様、公爵邸に忍び込んだネズミですが」


 あ、忘れかけてた。シアのことばかり考えていた。


「どうだった?吐いたか?」


 ニヤリと黒い笑いを執事は見せた。


「はい。もちろんですとも。首謀者は恐れ多くもオースティン殿下でした。殿下が、依頼したらしいです」

  

「は!?オースティンが!?ちょっと意味がわからないな。捨てた女を殺そうとするまで憎んでるのか?」


「どういうことなのか、依頼された者もそこまでは知らないそうです」


 刺客やシリルに聞いてもわからないことを聞いてしまったな。オースティン殿下がなぜシアを狙ったんだ?人の物になると思ったら面白くないとかか?愛人がいて、いらないから捨てたのだろう?今、正妃の座にはその愛人が座ってるらしい。


「あの性格悪いオースティンの考えることはわからないな。このことはシアやフランには言わずにおこう」

 

「はい。不安にさせるだけでしょうからね」


「シアにはジャネットを付けたから心配ないが、フランの警護を強化しよう。早急にアイツを呼べ」


 かしこまりましたとお辞儀して去っていく執事。アイツというだけで理解するシリル。


 久しぶりに賑やかになってきたな。こんな賑やかなのはオレが公爵の位についた時以来か?


 さて、オースティン殿下、公爵家に刃を向けるか?昔からオレと勝負して負けると、ムキになって怒り狂うか、勝つまでネチネチとしつこいか……幼い頃、遊んだ時の様子が思い浮かぶ。


 めんどくさいことにならなければいいのだが、そうなりそうな予感しかしないのだった。


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