15話 (歴) 【女郎回廊】―ジョロウカイロウ―

15話 (歴) 【女郎回廊】―ジョロウカイロウ―

意識すら、貴方に向かって。 



POSルームからガラス越しに見える、日常のワンシーン。

中廊下を歩く誰かと目が合えば、お互い苦笑い。

そう、色んなひとがいる。

眠そうに歩く人、次の仕事をこなそうと早歩きになる人、談笑しながら歩く人。

例えば麻生さんなんかは、POSルームの前を横切るとき、あまりこちらを見ない。大概は大きな歩幅で歩き去る。

かと思えば稀に手を振ってくれることもあり、そんなお茶目な仕草が見ていて楽しい私である。

仕事の合間の息抜きにそんな風景が見れることに、少しだけ得した気分になる。

けれども、そんな単純な気持ちではいられない瞬間も、ある。

柾さんが通り過ぎる刹那、私の視線は釘付けになる。

鼓動が止まったかと思えば、今度は信じられない速さで脈打つのだ。

その横顔へと視線は吸い寄せられる。

こっちを見て欲しいと祈りながらも、上気した頬は見せたくないため、気付かれませんようにと願う。

矛盾した心中。

そしてそれを悟った瞬間、POSルームは廓の役目を果たしにかかる。

ガラスは格子戸に取って代わり、彼がこちらを見た瞬間、錯覚を覚えるのだ。

一瞬にして、格子戸の向こう、廓遊びに興じる男と女に。

どうか私を選んで下さいと、仕切り戸づたいに目で訴える。

だって、あの人はいつも意味深な笑みを寄越すから。

(貴方に焦がれている私は、遊びでは済まされない、本気の恋を知りたいの)

まるで朧のように。

まるで陽炎のように。

儚く散り急ぐ、華のように。

かと思えば泡沫のように。

どんな愛の形でもいいから、私を選んで下さい。

そして私は、


貴方とゐふ名の宿り木に止まる。



初稿 2008.05.04

改稿 2024.04.25


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