14話 (歴) 【小心翼翼】―ショウシンヨクヨク―
14話 (柾) 【小心翼翼】―ショウシンヨクヨク―
大切なものほど扱い辛くて、いつもの勘が鈍る。それだけキミが好きなのか。
三人寄れば文殊の知恵ということわざがある。
特別頭のよい者でなくても、三人集まって相談すれば、何かよい知恵が浮かぶものだ、という意味である。
同じ三という数字を使ったものに、『三子教訓状』というものもある。毛利元就の三本の矢の訓えがそれだ。
これもまた、協力し合うことの大切さを説く教訓であり、とてもいい言葉だと僕は思う。
しかし、実際はどうだろう? 果たしてそう上手くいくだろうか?
答えは否だと気付く。
女性が三人集まって話し合った結果、面倒なトラブルが生じただけだった。
■PM12:43―1階コスメフロア
部下である女性3人を時間差で昼食に行かせたところ、時間になっても戻ってこない。
痺れを切らせた後輩が「次、私の番なのに。帰って来てくれないと行けないじゃないですか」と口を尖らせている。
「行って来ていいぞ。3人を見掛けたら、戻るよう声を掛けてくれないか?」
そう言って彼女を送り込んだのだが、やはり3名が戻ってくる気配はない。
「全く、何をやってるんだ……」
スマホで呼び出す。はじめから、こうすれば良かったと思いながら。
「もしもし!? なんですか!?」
開口一番、ツンケンとした声が返ってきた。
普段なら絶対にしない相手の反応に、何かあったと予測がついたものの、用件だけを告げておく。
「三原。今が何時だか分かってるのか?」
「ま、柾チーフ? やだ、10分も過ぎてますね。すみません、至急戻ります!」
相手が僕だと分かったからなのか、態度は一変する。
スマホの画面には僕の名前が表示されていたはずだ。それなのに僕だと気付くのが遅れたのは、よほど気が昂っていたに違いない。
さてどんな言い訳をするのかと思いきや、彼女たちは憤っていた。
「信じられない、何であの子が食堂にいるわけ?」
「あの子、一体何様のつもりなの!? どうしてあの人と食事してるんですか!? 許せない!」
「こら。昼休みはとっくに終わっている。いつまで休憩気分でいるつもりだ?」
「……申し訳ありませんでした」
不承不承の顔で、三原たちは頭を下げた。
「何があったんだ」
僕が問えば、待ってましたとばかりにマシンガントークが始まった。
「聞いて下さい、柾さん!」
「なんで麻生さんが、彼女と食事してるんですか!? 一体どうやって取り入ったんだと思います!?」
「あたしの時は麻生さん、断ったくせに! 許せないわ!」
「待て。彼女って誰のことだ」
問えば仲良く3人の声が揃った。
『『千早さんです』』
「……なんだって?」
「ですから」
三原は腰に手を当てると、その一語一句に呪いを込めながら(少なくとも僕にはそんな風に思えた)言った。
「POSオペレータの千早さんが食堂にいたんです。不満なのは彼女の食事のお相手が麻生さんだったってことです」
食事場面を思い出したのか、3人はまるで苦虫を潰したかのように面妖な顔をした。
「つまりなんだ、きみたちは麻生が千早さんと食事をしている様子を一部始終見ていたから遅れたと?」
「だって! 私も……いえ、私たちも麻生さんと食事したいんですもの!」
「きっと色目を使ったんですよ。でなきゃなんで麻生さんが千早さんを相手にするんですか?」
「麻生さんは彼女に何らかの弱みを握られたのよ!」
「少し言い過ぎじゃないか?」
彼女を蔑にされたような気がして、ついかちんときた僕は、さり気ないていを装って諭す。すると、
「柾チーフは彼女の味方をするんですか!?」
(なぜそうなるんだ)
「千早さんに気があるなら早く告白して付き合っちゃって下さいよ! 一刻も早く、麻生さんから引き剥がして下さい!」
引き離して、ならまだ分かるが、引き剥がして、とは。
まるで千早がガムのような粘着質でもって麻生にべったりしているようではないか。
早く付き合うというくだりは魅力的だったが、頷くわけにもいかない。その言葉は聞き流し、なだめることにする。
「なにか事情があったんだろう。千早さんがミスをしたのを麻生が説教していたとか」
「そんなことで昼食の時間を共に過ごせるなら本望ですよ。麻生さんになら私だって叱られたいです!」
「目を覚ませ。麻生がイラついたら、『阿呆』『馬鹿』『クソ戯け』なんていう罵詈雑言だけでは済まないんだぞ」
「それでいいんです! 寧ろ叱られたいんです!」
「あぁそう」
駄目だ、説得できそうにない。
「ともかく柾チーフ、麻生さんに言っておいて下さい。『女性は千早さんだけではないんだぞ』って!
この会社には女性が多いんです。もっと視野を広げていただかないと!」
■PM14:06―1階バックヤード
「えーと、麻生、僕の部下からお前に伝言だ。何だっけな……。『千早さんは女性だ』」
「知ってる」
「いや、違うんだ。もっと違うことばだったような気がする」
「なにが違うんだ。急に呼び止めたと思ったら何を言い出すんだ。つか、明らかに伝言できてないだろ」
「……お前、千早さんと昼休憩を一緒に食事したらしいな。そのことで部下どもがうるさいんだ」
「何だそれ?」
「部下どもがお前に罵詈雑言を浴びせられたいらしくてな。僕は止めようとしたんだが駄目だった……無力で……すまない」
「待て、本気で謝んな。お前んとこの部下は、揃いも揃ってMなのか。それでお前は何しに来たんだ」
不機嫌さを隠そうともせず、麻生は煩わし気に向き合う。
「麻生の姿が見えたから何となく。伝言もあったからな」
「ははははは。柾君、きみは面白いことを言うなぁ。
……今この場でそれを言うか? 俺は今から昇級がかかった、それはそれは大事な面接試験なんだがな?
自分がとっくの昔に受かってるからって、思いっきり他人事だな?」
見れば麻生の右手には『受かるシリーズ! 面接編』などという、頼りになるんだかならないんだか不安になるタイトルの本があった。
面接試験や筆記試験など、昇級試験が平日のなんでもない日に行われるのは別段ふしぎなことではない。
祝日や休日は店が混むから悠長に試験など行っていられない。人員が割けないため、比較的余裕のあるときに開催されるのだが。
(そうか、C層の面接試験は今日だったのか)
社員によって階層が分かれており、麻生はこの試験に受かればチーフ職に就ける筆記試験へと駒を進めることができるはずだ。
「お前、落ちたのか?」
「そもそも受けさせてすら貰えなかったんだよ」
(あぁ、そうか――)
麻生は数年前から監視されている。本部の、高みにいる者たちによって。
それは麻生が社内において問題児扱いされてる証でもある。
『やんちゃ坊主』は昇級試験の受験資格すら取り上げられていたのだ。
だが、その許可が無事おりたということは――。
「やっと受けさせて貰えるのか。良かったな」
「はいはいどーも」
僕の祝辞は軽く流され、麻生はぱらりと本のページをめくった。
≪当社を選んだ理由はなんですか? と聞かれたら、こう答えよう!≫
いや、そこは出ないと思うぞ。
麻生、と声を掛けようとしたが、逆に話しかけられ、指摘しそびれてしまった。
「なんだよ。千早さんと食事するのをやめて欲しいのか? それともお前んとこの集団マゾどもにプレイしてやって欲しいってか?」
「僕にそんな失礼なことを言う権利はないし、あとこれは単なる好奇心だが、調教してやってくれと頼めば本当に相手にするのか?」
「しねぇよ阿呆。そんな趣味ねぇから。……お前さ、千早さんと食事がしたけりゃ普通に誘えばいいだろ。なに遠慮してんだ」
「……断られるかもしれない」
本から顔を上げた麻生は、まじまじと僕を見た。
「千早さんがお前の誘いを断るだって? 馬鹿言うな。頼まれればNOも言えない彼女だぞ? 何を怖がってんだか」
「麻生こそ彼女のことを誤解してるからな。彼女がNOと言えないなどと本気でそう思っているのか?
口がYESと答えても、顔が如実に本音を語ってるんだよ。目は口ほどに物を言うからな」
「断れるのが怖いって? ふざけんな」
「別にふざけてなんか」いないさ、と告げる前に、麻生の投げやりな声がかぶさる。
「いーや、ふざけてるね。はっきり言うが、主導権を千早さんに持って行かれちまってることに気付いてるか?」
これには何も言い返せなかった。
「余裕ねぇだろ、お前。食事誘うくらいなんだよ。駄目って言われたら、あぁそうって軽く流せばいいだろ。
いつからか、そういう軟派なこと言わなくなったよな?」
確かに最近はストレートに誘えていない。昔のように振る舞えなくなっていた。
出会った当初は僕の誘い文句をあしらえない彼女を見て楽しんでいたというのに。
いつだって振り回すのは僕の側で、困っていたのは彼女だった。
それが今ではどうだ? 麻生が言うように、駆け引きすらままならない状態だ。
麻生の着眼点は正確で、図星を指される僕だった。
「言っておくが」
その麻生の言葉で我に返る。
「俺は言わないからな。『柾があんたと食事に行きたがってるぞ』なんて」
「……その必要はない」
「ならいい」
「麻生。お前」
「何だ」
「千早さんのことは好きか?」
不意を突かれたのか、驚いた目で僕を見返す。
「……。お前さ、本当にどうしたんだ?」
「いや……。悪かった。忘れてくれ。面接頑張れよ」
「お前に心配されるようになったら、俺もオシマイだ」
「それもそうだな」
本当にそうだ。こんな僕に心配されてしまうなんて。麻生に限ってあり得ない。
踵を返すと、背後に麻生の声が掛けられた。
「お前の代弁なんざごめん被るが、踏み台にならいつでもなってやる。2人きりの食事に躊躇するなら俺を利用しろよ。3人ならいいだろ」
麻生、つくづくお前はいいやつだよ。いつだって他人のことを考えてくれているんだな。
しかも僕のプライドを傷付けずにいてくれる。たいした男だよ、お前は。
もし心の声を代弁されてしまったら、いま以上に女々しい男になり下がるところだった。
「お前にいられたんじゃ迷惑だ。口説けないからな」
「お前なんざ振られちまえ」
「お前こそ面接落ちやがれ」
「へっ。いつかお前の上司になってお前をコキ使うのが俺の入社以来の夢なんでね。落ちてやらねぇぞ」
「叶わない夢を見続けるほど可哀想なことはないな。気の毒に思えてきた」
「じきにそんな台詞も言えなくなるぜ? 今の内に吠えるだけ吠えてろよ」
「楽しみにしてるよ」
麻生の部下か。
それも悪くない、なんて思ってる自分がいる。口にすれば、気味悪がられるだろうが。
■PM20:44―1階POSルーム
「千早さん。今度ディナーに行かないか?」
「えっ」
千早の手から、僕に渡るはずだった紙の束がバサーッと落ちる。それらは無常にも床一面に散らばってしまった。
「ご、ごめんなさい、私ったら……!」
「いや」
「す、すみません。本当に……」
「それはどういう意味の『すみません』? お断りのすみません?」
「えっ!? あの……違います、でも、その……」
そうだ、この反応だ。随分久し振りに見る気がする。適当にあしらえばいいのにって思ってしまう反応。
「柾さんと、ですよね?」
「僕じゃ不満かな」
「不満だなんて滅相もないです。……わ、私……」
「ん?」
「えっと、あの……麻生さんも一緒にじゃいけませんか?」
(麻生? なんでここで麻生の名前が出る?)
「僕はきみと行きたいんだけど?」
ボン、と真っ赤になる千早の顔。金魚のように口をパクパクさせるその様子は、呼吸困難に陥ったかと思ってしまうほどだ。
きみを困らせるのも久し振りだ。だからつい、いつも以上に粘着質になってしまう。
「ごめん、いいよ。麻生も一緒に。どう?」
「は、はい」
これはこれで、麻生を恨んでしまう結果だが……。
まぁ、いいか。
麻生のお陰でもあるし、な。
初稿 2007.03.15
改稿 2024.04.25
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