08話 (歴) 【感情待機】―カンジョウタイキ―

08話 (歴) 【感情待機】―カンジョウタイキ―

貴方が居ない日は、寂しかったりするんです。



「ディズニーランドに行かれるんですか?」

「2泊3日で、シーにもね」

悲しいかな、柾さんに関しては何の知識も持ち合わせていない。

年齢ですら、尋ねても上手くはぐらかす彼のことだ。誰と行くのか尋ねたところで、素直に教えてくれるかどうか。

いつもの余裕気な表情で、『妬いてるの?』とからかわれるのがオチだろう。

そもそも『新しい恋人と』や『妻とね』という返事だったら?

そんな言葉を聞いて、果たして落ち着いていられるだろうか。

どんな答えが返ってきても痛みを受け入れる覚悟を決めなければ。それが自分に出来る? 出来ないなら、聞くべきではないのだ。

「男友達が行きたがっててね」

こちらが尋ねるのを決めかねている間に、向こうからあっさりと暴露されてしまった。

その事実に戸惑いつつも、ホッとしている自分がいる。今は会話を続けることが最優先だと思い直し、私はむりやり笑顔を作った。

「男友達、ですか」

「僕のポリシーに反するんだが、『独身生活最後の同性との旅行を純粋に楽しみたい』と言われてはね」

聞けば柾さんの同期の人の結婚が決まったそうだ。餞別代わりに二つ返事で承諾したと言う。

「楽しんで来てくださいね」

(待って。2泊3日? 3日間も会えないの?)

「それで申し訳ないんだが、レポートの出力を頼まれてくれないか? 

最後に1日、骨休みしたくてね。4連休だから、4日分の売り上げデータを取って欲しくて……」

仕事の依頼内容を説明しようとしていた柾さんの言葉を遮るように、気付けば自分でも驚くような声をあげていた。

「4日? 4日もですか!?」

今度こそ本当に仮面製の笑顔が引っ込んだ。

「あ、いえ、その……」

(ば、バレた……。今ので絶対にバレたわ。4日も会えなくて寂しいって思ってること、柾さん本人にバレ……)

「本当にすまない。僕だけ有給休暇を満喫してしまって、本当に申し訳ないと思ってるよ。

だからきみも、今度連休を取った暁には思う存分、羽根を広げるといい」

「え? ……あ……、はい」

ひょっとして柾さん、「4日間も遊び回るなんてずるい!」という解釈をしてしまった……?

全然違うんです。そんなこと、少しも思ってません!

でもそんなことを言えば、今度こそ心の内が露呈してしまう。ここは、盛大な勘違いに助けられたと思おう。



***


柾さんのいない4日間が明けた次の日から、今度は私の3連休が始まった。

本来なら嬉しいはずの連休も、柾さんと接触出来ない寂しさもあって素直に楽しめない。

連休最終日には『早く明日になって』と願うように、いつもより1時間も早く床についてしまった。

「千早さん、おはよう」

「おはようございます! 旅行はどうでした?」

旅の思い出話を聞く。

平日なのに混んでいたこと。室内モノを回っている間に雨がやんだこと。相手が宅配便に頼るほど大量のお土産を買い求めたこと。

話しぶりから、とても充実した連休だったようだ。

開店時間が近付いて来た頃、ふと思い出したように柾さんは言った。

「そうだ、4日分のレポート、ありがとう」

「あ、これですね」

プリントアウトした紙の束を渡す。

「土産にクッキーを用意したんだが、今日持ってきた分だけでは到底足りなかったんだ。

1人3個までと言っておいたんだが……。とにかく、すまない。明日違うのを持ってくるよ」

「いいえ、そんな。お気持ちだけ受け取っておきます」

何より柾さんとこうして話せるだけで嬉しいのだ。別に構わない。

「あ……じゃあ柾さん、その空缶か空箱はまだ持ってます?」

何を言い出すのかとばかりに、柾さんは眉根をひそめた。

「缶ならここにある。後で捨てに行くつもりだったんだ」

「それをください」

「缶なんてどうするんだ? そんなものでいいのか?」

怪訝そうな顔で、私を見る。

「キャラクター缶って可愛いじゃないですか。捨てるなんてとんでもない」

殿方にはその感覚が分からないのかも知れない。中身をさらえた時点で缶の役目は終わったものだと考えているに違いない。

私はプリンセスのシルエットイラストが入った缶を受け取る。うん、やっぱり可愛い。

横のデザインも見ようと缶を斜めにすると、コロンと小さな音がした。中を開けると、クッキーが1つ入っていた。

「入ってますよ?」

「本当か? てっきり空だとばかり……。きみにあげるよ。食べなさい」

その言葉に甘え、1つを掴むと半分に割った。その片割れを、

「はい、どうぞ」

柾さんに向かって差し出した。

「ん?」

「半分こしましょう! あ、手は綺麗ですよ。ここに来る前に洗ったばかりですから」

柾さんはきょとんとしていたものの、それも束の間だった。

優しい笑顔を浮かべた柾さんの顔が、徐々に近付いてきた。私の指に触れる位置まで唇を寄せる。

まさか、まさか、まさか――!?

そのまさかだった。柾さんは直接、私が持ったクッキーの片割れを口に含んだ。

「!!」

恐らくは真っ赤になってしまったであろう私の顔。

口をパクパクさせている私に、「ごちそうさま」と目を細めて笑う柾さん。

……当然のことながら、クッキーの味の判別など、つこうはずもなかった。



初稿 2006.09.05

改稿 2024.04.24

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