04話 (柾) 【恋愛遊戯】―レンアイユウギ―

04話 (柾) 【恋愛遊戯】―レンアイユウギ―

人の想いはナマモノ。だからリアルタイムで伝えたい。翻弄したい。



その名を呼びたい。

その髪に触れたい。

キスがしたいんだ。

僕を欲して。

――ねぇ、レキ。


「あの……何か御用でしょうか……」

不安げな声が、大きな部屋に、小さく反響した。

「いや、用はない」

「じゃあ、なぜ……」

「千早さんが終わるのを待ってる」

ほら、すぐ赤くなる。気付かれないよう顔を背くけれど、隠しきれていない。

からかうと、必ず口を閉ざす。せめて、笑って誤魔化せばいいのに。

『冗談がお上手ですね』とか。『またそのセリフですか』とか。軽くあしらえば、それで済むのに。

どうしてそれが出来ないのか。付け込むぞ?

「ご、ごめんなさい」

と彼女は蚊の鳴くような声で言った。

沈黙に耐えられないから、適当な会話でその場をやり過ごそう。安直な思考が丸見えだった。

とは言え、彼女が謝った理由についてまでは看破できなかった。「何が?」と尋ねてみる。

「柾さんから頼まれた仕事……まだ出来てないんです」

はて。そんなものがあったか? 数秒ほど考える。

「来月の、月間奉仕品の追加、です……」

あぁ、あれか。

あれは単に彼女に会う口実を1つ作っただけ。言わば隠れ蓑。だからすっかり忘れていた。

「別に構わない。また取りに来るだけだから」

「……」

ほら。ここで『私書箱に入れておきますから必要ないです』って言わないと。どうなっても知らないからな。

彼女が振り返る。眉尻下がった目が、勘弁して下さいと訴えかけていた。――却下。

確かに僕がこの部屋でやっている事と言えば、彼女の目を見詰めながら机の上で頬杖をついているだけだ。不安になるのは当然だろう。

何か言いたそうで、けれども何も言ってこない。

『貴方なんか嫌いです。早くここから出て行って下さい』。そうはっきりと言えばいいのに。

当然そんなことが出来ない彼女は、姿勢を正すと入力作業を再開する。

「千早さん」

「なんですか?」

「これからきみを、下の名前で呼んでもいい?」

彼女の身体が僅かに強張ったのを、僕は見逃さなかった。

「柾さん、私の名前なんて御存知ないでしょう」

冗談だと思ったのか、苦笑している。

「知ってたらいいのか?」

「教えませんよ」

「いいよ、教えて貰わなくても」

「じゃあ、言えませんよ?」

クスクスと彼女の笑い声。

「レキ」

笑い声、作業する手。彼女の動きがピタリと止まった。

「だよね?」

「……」

「知ってるよ勿論。千早歴さん」

「……」

「ねぇ、付き合ってるひとはいるの?」

「そんなの、柾さんには関係ないと思います」

搾り出すように、彼女は言った。何とも頼りなく、掠れた声で。

「関係ない、か。もしきみに特定のひとがいるのならショックだと言ったら?」

「……やめてください。お願いです」

振り返った彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

何を思っての涙なのか、検討もつかない。

それが悔しさから来るものなのか、僕の戯れをイジメだと捉えてのことなのか。

それともこういう行為には免疫がなくて、怖がっているとか?

知らない。どうでもいい。

「仕事……しますね」

話題を変えたいのか、漂う空気を変えたいのか。

千早の震える手が、新たな入力依頼書を掴む。そのか細い手首を、僕は掴む。

駆け引き。通じてる?

これから何が起こるのかを危惧している双眸が、僕に向けられていた。

僕は手を放す。彼女は解放された手を、すかさず引いた。

「……じゃあね、千早さん。僕の書類、終わったら私書箱に入れておいて」

……ごめん。困らせたかったわけじゃないんだ。

でも、振り回したい。もっともっと、振り回したい。その願望が抑えられない。

きみはいつまで耐えられるかな? それとも、先にネを上げるのは僕の方?

僕を欲して。哀しい身勝手。

きみの不安な顔を見て、僕が傷付かないとでも思ってるのか?

困った顔を見た瞬間、実は鋭い痛みが胸を突いていたんだ。

でもタイムリミット。今日はここまでにしておくよ。



初稿 2006.11.02

改稿 2024.04.24


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