第10話

「長居してしまって悪かったな。また来ても良いかい?」

「えぇ、いつでも歓迎しますよ」


 随分と話し込んでしまっていたため、太陽は大分高く昇って傾きかけていた。名残惜しいが、ヤマトと別れを告げて彼の店を後にし、リュージとルシードは再び下流区の街並みを歩く。


「あの店は通いつめてしまいそうだな……」

「美味しいですからね、ヤマトさんの料理は」

「だなぁ。あんな美味い飯は久しぶりだったよ」


 長らく忘れかけていた故郷の味と人に触れ、少しアルコールも入っていることもあってリュージの足取りは上機嫌だ。


「私でよろしければ、いつでもお供いたしますよ?」

「そうだな、お前さんが良いんならまた頼むよ」

「次はデートコースも考えておきますね」

「……そういうつもりじゃあ、なかったんだがなぁ」


 機嫌が良いのはルシードも同じだったようで、ふわりと微笑みながら楽しそうな表情を浮かべていた。デートの了承はしていないが、ルシードが楽しそうなのでそれ以上はなにも言わずに並んで歩く。

 アテがあるわけでもなく、ただ街を眺めながらブラブラとするのもたまには悪くない。他愛ない会話をしながら街外れの小さな噴水がある広場までたどり着いたところで、噴水近くのベンチに腰を下ろし一息つく。

 市場通りほどではないが、周囲には住民たちがおり、井戸端会議やらで会話に花を咲かせていた。


「私では、リュージさんの拠り所にはなれませんか?」


 そこで不意にルシードがリュージにそう投げ掛けた。先程までの和やかな雰囲気とは違い、その瞳は真っ直ぐにリュージを捉えている。アクアマリンの中に映るリュージの表情は、少しだけ困惑した色を映していた。


「そういうわけじゃない。お前さんを素直に受け入れてやれないのは、俺自身の問題なんだよ」

「リュージさん自身の問題ですか……それは、私が男だから、ですか?」

「性別や偏見からお前さんを受け入れてやれないんじゃない。なんって言ったら良いんだろうなぁ……」


 この世界来てから、同僚だった男が同性を好いているのを何度か見ているし、相談に乗ってやったこともある。そもそも、この世界には同性愛を禁止するものがない。元いた世界ではまだまだ厳しい道であったことは承知しているが、だからといって偏見など持ち合わせていない。


「トラウマに近いのかもしれんな」

「トラウマ、ですか」

「俺には相手を幸せにしてやることができないんだよ」


 少し高くなった空を見上げ、昔を思い出す。あのときはもっと肌寒い季節で、今にも雪が降りそうな空だったことは今でも覚えている。


「今も昔も仕事人間なんでな、どうしてもそっちを優先して二の次にしちまった……」

「軍人なら、任務や人命救助を優先して然るべきです。リュージさんは間違ってはいない」

「ありがとうな。あいつもそう言ってたんだよ」


 当時の嫁も、そう言って捜査ばかりのリュージをたててくれていた。そんなリュージ自身も、刑事なのだから事件や捜査を優先するのは当たり前だとそれに甘えていた。


「まぁ、結果は当然の如くってな」


 ある日、珍しく定時で自宅へ帰れば、いつも待っていてくれるその姿は消えていた。1枚の紙と、彼女に贈った指輪と共に。


「俺は、お前さんを幸せにはしてやれんよ」

「私があなたを幸せにするから良いんですよ」


 さも当然のようにそう言い切るルシードは、一切の迷いなくリュージを見据えている。その視線があまりにも真っ直ぐで、直視することができずにリュージは思わず目を逸らしてしまう。


「お前さんは若いねぇ」


 それに比べ、老いた自分のなんと臆病なものか。


「私はあなたを置いて行きはしないです。嫌だと言われてもお側にいるつもりですから」

「その自信はどこからくるんだ?」

「リュージさんへの愛故に、ですかね」


 恥ずかしげもなく愛を口にする。そんなルシードに、リュージはたじたじだ。段々と逃げ場を失い追い詰められている感覚すら感じてきている。


「俺の方がお前さんを先に置いて逝くぞ……」

「そのときは一緒にお供します」

「馬鹿野郎、お前さんはもっと長生きしろ」


 そうは口で言っていても、一瞬喜びに似た感情がリュージの中に生まれてしまい、自分も中々に大概だと失笑する。


「私の命は生涯あなただけに捧げます。どうか、この命尽きるまでお側にいることをお許し下さい」


 今の言葉はルシードが将軍の職に就いた際、リュージに向けて言ったものだった。


「だから、あなたが居ない世界では、生きる意味も理由もないんですよ」

「重たい男だなぁ」

「自覚しています」


 ヤマトの店でもその愛の重さとやらを認知させられたばかりだというのに、どこまでもその上を行くルシード。折れてやる日も近いのかもしれないと、リュージは変わらず見つめてくるルシードに向き直った。

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