平穏の欠片

 何度か夢は見たものの、それはラファエルとの修行でもなんでもなく、街で買い物をしたり、噂話を聞いたりといった些細なものだった。その中には戦争という不穏な単語も入っていたが、輝姫はあまり気にかけなかった。

「明日は林間学校だね〜。夜はキャンプファイヤーだっけ?」

放課後、朱音はキラキラと瞳を輝かせながら林間学校のしおりを見ていた。しかし明日の天気予報は雨である。それを知らないゆえの純粋な瞳である。

「そうね…でも朱音、明日の午前中は雨よ?」

とりあえず言ってみるが、朱音の熱意はそれだけでは燃え尽きない。

「いや、午前中だけだもん!それに、キャンプファイヤーは室内でもでき」

「なわけないだろ?」

それまで静かに聞いていた透馬がすかさずツッコミを入れた。間違っていないどころか正論なので、輝姫は介入しないことにした。それに、二人の会話は聞いていて面白い。

「乙女の夢が壊れた!」

「乙女の夢も何もあるか!」

「ひどい!私が乙女じゃないっていうの!?」

「んなこと言ってない!乙女の夢以前に危ないだろうが!」

「だから夢なのよ!」

いつも通り透馬が言葉に詰まり、二人の掛け合いは終わった。透馬は、朱音に口で勝てない。文系なのに、とよく揶揄されているが、それはそれ、これはこれ。

「まあ、無事に火がつくことを願って今日は帰ろう?」

結局輝姫の声で、今日は早めに家路につくことになった。

 林間学校では、班に分かれて小さな山の中を歩き回っていくつかの文字や数字を探し、表に書き込むという単純なゲームを最初にやることになった。輝姫、朱音、透馬は同じ班なので、地図を一緒に覗き込んだ。何個か印がつけられており、そこに文字や数字が書かれているとのことだ。

「輝姫、一番近いのがどこにあるかわかった〜?」

地図を読むのが苦手な朱音は、最初から輝姫に投げていた。輝姫は輝姫で、引っ掻き回されないなら良いと失礼なことを考えたりもしていた。

「えぇ。」

にっこりと笑って歩き出す輝姫の後ろに、朱音と透馬が続く。朱音は視力が良いため、すぐに見つけられるだろう。透馬は朱音が確認し忘れたであろうところを見る係だ。草の根を踏み分けて歩いていると、輝姫は突然立ち止まった。

「わっ。」

ぶつかりそうになった朱音が急停止して声を漏らす。その後ろの透馬は、少し遅れて歩いていたために被害を被らなかった。

「どしたの?ここら辺?」

朱音が瞳をキラキラさせて聞いてくるのに苦笑しながら、輝姫は頷いた。

「そのはずよ。」

くるりと周りを見渡して、木の上の方まで確認する。数秒そうしていると、朱音が声を上げた。

「あった!」

輝姫と透馬は走って朱音の方へと向かった。朱音が指さしていたのは、輝姫の方からは見えず、木の裏側となっていたところだった。くすんだ白いプレートに、文字が書かれている。

「えっと…や?」

何やら小さい気もするが、とりあえず輝姫は表の中に書き込んだ。現在地を確認して、書き込む場所が間違っていないかを確かめる。七文字あったが、それらは輝姫の地図を読む力と朱音の視力ですぐに見つかった。あどべんちゃあ、つまり冒険。雨は降っていないが朝から霧が出ていたので湿気が高く、紙は少しだけフニャリとしている。一度書けば消すのが難しいため、輝姫は本当に丁寧に、何度も確認してからそれぞれの文字を書いていた。

「なんかありきたりだね…」

朱音が思わずと言ったふうに呟いた。確かにありきたりな答えだが、言わないということが暗黙の了解だ。

「まぁまぁ。」

透馬は苦笑しながら地図を覗き込んだ。あと少しでゴールが見えてくる頃だ。

「一位なんじゃない、もしかして!」

朱音は持っていた腕時計を確認して、叫んだ。制限時間は三時間だが、今は1時間半ほどしか経っていない。

「本当ね。一位はキャンプファイヤーを一番前の列で見れるらしいわ。」

飛び上がって喜んでいる朱音を微笑ましく思いながら、輝姫は紙の一番下を見た。朱音には聞こえていないようだが、これを知ったら喜びすぎて転んでしまうかもしれないので、林の中である今はやめておこうと決意した。

「見えてきたよ!すぐそこだ!」

透馬の声に紙から顔をあげると、少し先に古い木の建物が建っていた。そして、先に着いているグループはまだいない。

「一位だー!」

朱音が唐突に走り出し、透馬と輝姫はその後を必死に追いかけていった。透馬が輝姫のことを気にかけながら走ってくれたのは、とても嬉しかった。

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