サファイアの煌めき
「未来にする予定のことを話すときは、be going to を…」
長々とした英語の授業が、右から左へと抜けていく。輝姫は自分が船を漕いでいるのを自覚しつつも、起きようとせずそのままにした。今の内容はすでに知っているし、復習すればわかるからである。意識が完全に落ちた。
ゴホゴホ、と咳の音が聞こえた。慌ててその音がした方に駆け寄る。
「師匠、大丈夫ですか!?」
背中をさすろうとした手がピシャリと払われ、驚いて目を見開く。今までこんなに邪険にされた事はなかった。
「近づくな…!」
口を押さえていた手には、血がついている。しかし彼の険しい表情に、近づく事はできなかった。
「くそ、こんな時に…風の精霊よ、我が身を彼の地へ!さようならだ、コウキュラス。」
師匠の姿が風に包まれて、高く舞い上がる。伸ばした手も、あと少しだったのに届かなかった。
「師匠ー!」
最後に、サファイアの瞳が煌めいて___消えた。
カシャン、と音がして顔を上げると、机の近くにペンが落ちていた。確か、英語の先生のものだったはずだ。名前はなんと言っただろうか。輝姫は前から三番目なのに、なぜここまで飛んでくるのだろう。
「…?」
とりあえずもう一度寝ようと顔を伏せると、先生の怒号が響き渡った。
「二度寝をしようとするなー!」
しかし輝姫はすでに寝ており、その声が届く事はなかった。クラス中がしんとしている中、輝姫の寝息が聞こえていた。そして輝姫に名前すら覚えられていない先生は、その姿にプルプルと震えていた。
師匠が消えて、初めて一人で街に降りた。隣に誰もいないと少し心細い。
「あら〜!あなたは、ラファエル様のお近くに付き纏っていた子供ではありませんこと?ラファエル様はどうなされましたの?」
ぐっと唇を噛んで、俯く。この女性だけには師匠ラファエルも不調を言うことがなかったし、知っている人にも硬く口止めをしていた。
「師匠は…」
言い淀んでいると、女性はクスリと笑った。
「あら〜、捨てられてしまいましたのね〜!役立たずだからですわ〜!」
甲高い声が耳を貫く。眉を顰めていると、女性も同じように眉を顰めた。
「なんですの、その表情は!このイザベラ様に向かって無礼な!だからラファエル様に捨てられるのですわ〜!」
ほーほっほっほっと高い声で笑う。その声に誰かの高笑いが重なって聞こえた。二つの笑い声のデュエットが頭の中で渦巻いた。
輝姫は女の高笑いに飛び起きた。先生ですら起こすことができなかったというのに。意識が浮上してきてから二つ目の高笑いは朱音の声だったことに気が付き、ホッと息をつく。
「ん〜…朱音?どうしたの、そんなに笑って…」
目覚めの悪そうな輝姫の声に、朱音はやっとのことで笑いを収めた。笑いすぎて涙目になっているのを、そっと拭う。
「だって、先生が怒鳴ったのに輝姫全然起きないんだもん!しかも先生、それに何も言えなくなっちゃって!プルプル震えてたんだよ〜!普段高飛車で理不尽なこと多いし、おかしいのなんのって!」
どうやら、普段の先生に対するストレス発散になったらしい。よくわからないが、輝姫は朱音がよいのならよかった、とホッとした。先生がいるのにこんなことを言ってもいいのか、と周りを見渡してみるとすでに先生はいなくなっており、教室の中は完全に休み時間の雰囲気になっていた。
「で、また夢見たの?」
輝姫は目を見開いて、朱音を見た。朱音はしてやったり、という顔で笑っており、輝姫はそれに気づいて頭を抱えた。
「鎌をかけられたわ…えぇ、まぁそうね。実は…」
輝姫は、先ほど見た二つの夢を話した。透馬と朱音は顔を見合わせた。高笑いのくだりでは、朱音は恥ずかしいやら悲しいやらで真っ赤になって顔を伏せており、透馬は笑いを堪えるのに必死だった。
「厨二病?」
前回と同様に、朱音がつぶやく。透馬も今回は、それを違うとは言えない。輝姫は違う、と叫びたかった。ラファエルと話した事は絶対にあるし、彼は現実に絶対にいたのだ。
「まぁでも違うか。輝姫がそんなこと考えられるわけないし。なんならあの文芸部の小説と違ってストーリーも面白いし。」
「ひどい!」
朱音の酷評に、輝姫は思わず叫んだ。しかし、これからは夢に関して話しやすくなった。朱音と軽く口論を繰り広げる中で、輝姫はそっと安堵した。
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