第29話 花のクレープ屋さん


 連日の疲れで気絶するように眠った。


 明け方近くのことだ

 あまりにもうるさくて目覚めてしまう。

 そういえばデュークが昨日泊っていくとか言っていたな。

 しばらく離れていたから忘れていたが、デュークはいびきが酷い。


 賃貸はキッチンの大きさ優先で選んだため、生活場所はリッタと二人でも少し狭いくらいの部屋だ。

 三人となるとなかなかに狭い。

 冒険者生活に慣れていなかったら辛かっただろう。


 うるさい音の原因はデュークだった。デュークのいびきが酷過ぎて目が覚めてしまったようだ。寝起き特有の頭の痛さを抱えながら、少し風に当たろうと起き上がったところで、おそろしい光景を見た。


 普段早寝遅起きのリッタが起きていた。

 灯りもつけずにデュークの枕元に立ち、無表情で見下ろしている。

 リッタもデュークのいびきで眠れなかったのかもしれない。

 俺に気づいたようで、リッタがゆっくりと顔を向けた。

 大きな瞳がらんらんと輝いて見える。


「エル。今日の朝食はオーク肉が食べたい気分でごぜぇーます。ここに新鮮なヤツがいるじゃねぇーですか」

「いや。よく見てくれ。それはデュークだ」

 

 リッタはデュークを見下ろす。

 間が悪いことに、デュークのいびきが大きくなった。

 命の危機だというのに、竜の逆鱗を逆なでしている。

 そして、リッタがもう一度、猛獣の瞳で俺を見た。


「オークにしか見えねぇーです」

「確かにオークに見えるかもしれない。だがよく見るんだ。オークにしては、かわいいだろ」


 リッタは再度仔細に、デュークを観察している。くんくんと匂いを嗅ぎ、眉間にしわを寄せ、口元から垂れてきたよだれを拭いた。

 お腹が空いたのだろう。


「うるさい肉にしか見えねぇーです」

「うるさいのが原因だな。これはデュークだ」


 俺は彼の鼻を摘んだ。

 幸せそうな顔をゆがめ、ふがっふがっと苦しそうに手を振り回している。

 でもいびきは止まった。息の根も止まりそうだが。


「活き締めでごぜぇーますか?」

「いや別にこれは鮮度を保つための調理方法ではない」

「そうでごぜぇーますか……」

 リッタは悲しそうだ。

 本気で食べたいと思っている可能性もゼロではない。普段寝ている時間帯であるから、ぼーとしているのだろう。


 このままでは危険だ。狭い部屋でとんでもない惨劇が起きてしまう。

 リッタの手を引きキッチンに連れていく。冷蔵boxから飯を取り出す。

 リッタを座らせると、あーんと口を開けた。次々に飯を投入する。

「うめぇーです。でも眠い……」


 しばらく食べさせているとリッタがうつらうつらしてきた。

「リッタ。歯を磨いてくれ」

「うー」とリッタは目をつぶったままだ。

 仕方がないので後ろから抱きかかえるような形で、リッタの歯を磨いていく。

 リッタは毛づくろいをされる猫のようにされるがまま、力を抜いている。


 朝日が差して、デュークがのそりと起きた。

 寝ぐせがひどいことになっている。

 好きな人にはとことん好かれそうな無防備な様子だ。


「……おいおい。え? なんなの? いつもそんなことしてんのか?」

 デュークはリッタの歯を磨く俺を、にやにやと見る。

「はは~ん。なるほどなるほど。いやでも。それは。くくっ。やりすぎだろう」

 とデュークは、下衆な笑みで、したり顔を向けてくる。


 命の恩人に対し、なんて奴だ。

「飯抜きだ」

「なんでっ!?」

「嫌ならオーク肉の刑に処す」

「怖いよ!?」


……。


「デューク。来てくれて助かった」

 お礼を伝えるとデュークは、にかっと笑った。

「そろそろ行くわ。あいつら心配だし。じゃあな」

 とデュークは冷蔵ボックスに作り置きしてある飯をありったけマジックバックに詰め込み、竜に乗って北東へ向かった。

 明日も会えるかのような気軽さの別れだ。


 箒に乗り、花に見立てた試作品の砂糖菓子をアリシアがいる塔へ届ける。警備の人へ頼むと、怪訝な顔をしたが、たまたま通りかかったメガネの女性が受け取ってくれた。


 いつもより少し遅くなってしまったな。

 だが客の入りは多くないし大丈夫だろう、と俺は家に戻り、いつものように寝ているリッタを担ぎ『花のクレープ屋』へと向かう。

 

 『花のクレープ屋』の前に驚きの光景が広がっていた。

 朝から店の前には客がいたのだ。

 仕事前の人や、通学前の学生らしい。

 今までではありえない光景で、まだ夢の中なのではないかと思ってしまう。


 先頭にはシャルが並んでいて、俺たちの姿を見かけると、うれしそうにぴょんぴょん飛び跳ねた。


 近づくとシャルは頬を染め満面の笑みだ。

「エル君エル君エル君っ! エル君エル君エル君っ!」


 見て見てとばかりに身振り手振りでふんふんと腕を動かし、名前を呼んでくる。興奮のあまり言語化できてないようだ。リッタが寝ている分、喜びが全て俺に向かっている。我がことのように喜んでくれるシャルの頭に手を置くと、両手で手を握り返してきた。

 小さな手だ。


「う、うれしっ! う、ううう、うれしぃっ!」

 シャルの魅力が溢れていて笑ってしまう。メイド達の気持ちがわかってしまうな。

 その横でドランが腕を組み、なぜか涙をこらえながら頷いていた。

 俺は待ってくれていたお客さんに頭を下げる。


「少々お待ちください。今準備しますね」

 昨晩、最低限を準備してから寝ていてよかった。


 丸い鉄板に熱を加える。手をかざし適温を感じたところで、生地の素を垂らした。

 ジューっという小気味よい音が鳴る。

 すがすがしい朝の屋台に甘い香りが満ちていく。


 さっきまで騒がしかったシャルがおとなしくなっていた。じぃーと作る過程を見ている。まるで作る過程も楽しむかのように。目で見て匂いで感じて、音を聞いて楽しんでいるようだ。


 生地を円形に広げた。ひっくり返すと丁度よい焼き目。

 調理台の元に置き、丸いホイップと昨晩作ったアイスを4か所に並べる。チョコソースで模様付け。くるくると巻いていく。

 すくって食べられるように焼き菓子を乗せた。

 わぁ、とお客さんたちから歓声があがる。


 新作のアイス入りのクレープ。

「あり、ありがとうっ! うぅっ! あり、ありがとうっ!」

 シャルに渡すと諸手をあげて喜んだ。

「シャル。いつもありがとう。本当に感謝している。学校も頑張れ」

「うんっ! またねっ!」

 とシャルはぶんぶんと腕を振って、食べながら学校に向かった。


 その後も馴染みの客とは軽く会話をし、初めてのお客さんには好みのトッピングを聞いていった。

 客足は途絶える気配がない。

 リッタに接客をしてもらい、クレープを作ることに集中する。


 驚くほどの盛況さに、途中生地がなくなることを覚悟した。せっかく来てくれた客に無駄足を踏ませるのは、本当に申し訳ない。

 何とかしなければと思っているとそこに、ユキナとユキネがやってきた。


 ユキネの肩をガシっと捕まえる。

「エルさん、こんにち……は!?」

「あらまぁっ! エルさんユキネの肩を掴んでどうしたんですか?」


「悪いユキナさん。今日だけユキネさんを貸してほしい。想像以上にピンチだ」

「私はかまいませんが」とユキナはユキネを見て笑った。「ユキネは男性に免疫ありませんので、手加減してあげて下さいね」


 ユキネの肩から手を離すと、その場にへにゃへにゃと座り込んでしまう。

 顔が真っ赤で胸を押さえて呼吸している。

 配慮が足らなかったと反省しながらも、率直に助けを求める。

「クレープの生地の素やクリームを作っている間、クレープを作って販売してほしい。材料切れになりそうで」

 二人は快諾してくれた。


 それからもお世話になった人たちが続々と顔を見せに来てくれた。昼には仕事をひと段落終えたメイド達やギルドでお世話になった人たち。昼過ぎからはミルキーベルのニコライと観光ギルドのミネットが訪ねてきた。


 夕方にはシャルが来て、楽しそうに店を手伝ってくれる。

 冒険者、街の人々やカーター君も来てくれて、みなクレープを注文し、笑顔を見せてくれた。

 こんなにうれしいことはない。


 来てくれた客の中には、ドランの店で花を買う人もいた。

 ドランは泣きながら、よかったでちゅねと赤ちゃん言葉で花に話しかけている。


 閉店間際にはアリシアのいる塔でお菓子を受け取ってくれたメガネの女性が来た。

 名をルリ・アズリアというらしい。

 彼女はアリシアの手紙を持って来て、深々と頭を下げた。


 かわいらしい色の袋に入った手紙を見る。


 真ん丸の文字で感謝がつづられていた。

 試作品の感想が書いてある。

 べた褒めだった。

 また再会を楽しみに待っています! という最後の文字を読み顔をあげる。


「アリシアはとてもとても喜んでいました。お知り合いですか?」

「えぇ、まぁ彼女が本当に小さい頃のことです。どうやら覚えていないようでした」


「迷惑でなければ、またお菓子をお願いできますか? お代は払いますので」

「いえ、お代はもう十分に受け取っています。こうして営業できていますから」

 ルリは驚いたように目を見開き、そして聖母のように微笑んだ。

 それだけで伝わったようだ。


「警備の者には、信頼を置ける人だと伝えておきます。いつでもお待ちしています。それと……アリシアは近いうちに、あなたに会いに来ると思いますよ」

 姉のような笑顔でルリは微笑み、もう一度深々とお辞儀をして帰っていった。


「エルの料理は皆を前向きに、笑顔にさせるのでごぜぇーますね。前を向く勇気を与える者。まるで神話の勇者じゃねぇーですか」

 リッタが満面の笑みで言った。

 それは勇者パーティーを追放されたことへの皮肉だろうか。


 ただ一つ言えることがある。

 料理が好きで本当によかった。

 こんなに多くの笑顔に出会えるのだから。

 

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いつもありがとうございます!

読んで頂けることが大変励みになっております。

この話で第一章は終わりになります。

私的なことで大変恐縮ですが、異世界レシピを第30回スニーカー大賞応募するため、9月末尾まで投稿を一旦休みます。

沢山の方に読んでいただけているので、毎日投稿したくて仕方がないのですが……。

それまでは既出の話が更新されると思いますが、誤字脱字の修正のみになります。

大筋は変えませんのでっ。


10月からはシャルの話を描いていこうと思っています。

エルの方はいよいよ移動式の屋台も購入して、クレープ以外の提供もしてこうかと。

つまりクレープ屋さんの営業時間が少なくなって……お菓子好きの同志と思っていたシャルの初めての反抗期(笑)か!?


第一章よりはスローライフっぽくしていく予定であります。


本当にいつもありがとうございます!

もし少しでも面白いと思って頂け★で評価も頂けると、うおおっとなって全私が喜びます…。

それではまた。

皆さんにまた出会えることを願っています。

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