第8話 真実を知る勇者

 人間国の王が所有する別荘。

 普段は人間王妃と魔族王妃が茶会をするだけの平和な空間。

 しかし今その場は混沌を極めていた。


(どういうことだ……俺達は相手国の王妃を殺そうとしたはず。確かに相手も死んでいるが……)

(何故俺達の襲撃した側に自国の王妃が倒れている……?)


 人間の暗殺者も、魔族の暗殺者も同じことを考えていた。


 暗闇の中での暗殺。顔をよく確認せず位置関係だけで相手国の王妃だと判断し殺害した。

 だが何故か相手国側の席に移動していた自国の王妃を殺してしまっている。

 加えて何故か標的の暗殺も成功している。

 不可解な点が多すぎるものの、現状を予測することはそれほど難しくなかった。


(両者が倒れているのは、きっと相手国も同じ暗殺計画を企てていたからだ)

(このままでは俺達は自国のトップを手に掛けた反逆者として処刑される……だがそれは相手も同じ)

(ならばいっそ騒いで有耶無耶にすれば、暗殺に成功したという結果だけが残る……!)


 思考が完了し、次の行動を決める。

 現場に飛び出し、声を上げよう。

 実行しようとした次の瞬間だった。


「全員一歩も動くな。人間も、魔族も、動けば即座に首を跳ねる」


 出かかっていた言葉を喉に詰まらせる。

 耳に届いた声はあまりにも重く、その声の主を見るために顔をあげることも叶わない。

 それは長年多くの生物を恐怖させてきた、魔王の声だった。


 魔王は茶会の席に近寄りしゃがむ。

 倒れ伏す妻の姿を見て、無念を悟る。


「これが最愛の妻を失った悲しみか。これは確かに……許せそうにないな」


 この感情はどこに向ければいい?

 妻を殺した者か? それとも殺しに至った原因を作った者か?

 感情のままに動けば、自分は多くの者を殺してしまうのだろう。

 それを理解すると同時に、気づくこともあった。


「…………魔王である我は、この恨みをどれだけの人間から向けられているのだろうな」


 心がある以上恨みの感情も生まれる。

 そして今脳裏に過った行動、それは妻が最も望まない復讐という行為だ。

 内なる思いを圧し殺し、口を開く。


「状況は分かった。貴様ら全員の目論見もな。……人間、貴様らの王の居場所を言え」

「え……あ……」


 鋭い眼光を飛ばし、問を投げかける。

 問われた人間が答えに詰まっていると、別の方から声が発せられた。


「その必要はない。私は既に来ている」

「ほう……そうか。これだけ早い到着ということはそちらも……」

「ああ。過激派の陰謀を知って馬を走らせたが……間に合わなかったようだな」


 悲哀を感じながらも無表情を作ろうとする様子が見て取れた。

 伊達に王を名乗っていないということか。


「この際はっきり言おう。我が妻を殺したのは我が同胞、魔族だ。そして信じるかは自由だが、人間国の王妃を殺したのは……」

「人間、だろうな。この状況を見れば疑う理由もあるまい……魔王よ、この度は誠に申し訳ない。そちらの王妃を人間国に招いたというのに、このような事態に巻き込んでしまって」

「それはこちらのセリフだ。今回のことは魔族を恨んでいる人間がいたからこその陰謀だろう。恨まれる理由を作ったのは魔族だ。そして貴様の妻もそれに巻き込まれた。謝るべきはこちらの方だ」

「……ふっ。まさか魔王との争いがこれほど平和なものになろうとはな。随分と丸くなったのではないか?」

「ああ……そうかもしれない。それもこれも、妻のおかげだ」

「それは……私も同じかもしれないな」


 人間の王は想像以上に思慮深い者だった。

 妻を殺され、戦争を持ちかけてきてもおかしくない状況。

 それでも冷静に荒事を避けるようこちらを気遣ってくる。


 確かに妻が和平の話を持ち出してきたのも頷ける。

 現に今、同じことを考えてしまったのだから。


「人間の王よ。もし叶うのなら、我が妻の願いを聞いてやってほしい」

「……その願いとは?」

「和平を結びたい。しかしただの和平では納得しない民も多いだろう。だから……子供同士を婚約させよう」


 妻がずっと心に留めていた人間との和平の方法。

 それを実現するには人間の王の協力が不可欠だ。

 その提案に対し相手は……。


「悪いが、息子には自由に生きてほしいと思っている」

「そう、か……」

「その方法で和平を結ぶとすれば決めるのは我々ではないだろう。――――近い未来、出会いの場を設けるだけに止めよう」

「……ああ。感謝する」


 相手の譲歩により機会は得られた。

 和平を結べるかは娘ら次第。

 ならば今できることは……勇者に好かれるよう教育を施すこと、か。


 今ならば分かる、妻もこんな気持ちで娘の教育に情熱を注いでいたのだろう。

 ならばその思い、受け継がせてもらおう。


 過去5000年の内で最も愛した女性の願いだ。必ず叶えるとも。







 魔王の話を聞き終わり、ふとつぶやく。


「そうか……母さんを殺したのは人間、か……」

「原因の一端は魔族にもある。恨みたければ止めはしない」

「――――いいや、恨むつもりはない。僕は……愚か者に育てられた覚えはないから」


 魔王の目を見て言う。

 すると魔王は小さく微笑んだ。


「ふっ……あの王の息子らしい」

「? いやそれより、なんで俺にこの話を聞かせてくれたんだ?」

「ああ、真相を教えたいという思いもあったが……それ以外にも一つ、頼み事があるのだ」

「頼み事?」

 

 聞くと、魔王は優しげな顔から真面目な顔に変わる。

 纏う空気も重苦しく、まるで人でも殺しそうなくらい怖い目付きに。


 やがて覚悟を決めたように魔王は口を開く。


「勇者の器よ。我と命を賭して戦ってくれ」

「!?」


 突然の申し出に飛び上がりかける。

 出会ったばかりで、つい先程まで平和に長話をしていた。

 しかし魔王は、勇者との平和な関係を望んではくれなかった。


「なんで……戦う必要がある。あんたの目的は人間と魔族の和平だろう」

「そうだとも。それが我と亡き妻の願い。だが綺麗事だけでは和平は成り立たない……5000年、我は魔王として世界に恐怖を強いてきた。魔王が潰えなければ、世界に平和は訪れないのだ。そのせいで……妻は死んだ」


 魔王は後悔を語る。

 まるで自分が死ぬために戦いを望んでいるようだ。


「だから魔王はここで死ななければならない。勇者が勝とうが我が勝とうが、それは絶対だ」

「じゃあ、あんたは勝ったとしても自決して相討ちにするってのか?」

「いいや違う。我が勝った場合でも魔王は死ぬが、我は生き残る」

「? 話が見えないな。どういう意味だ?」


 要領を得ない口ぶりに理解が追いつかない。

 すると魔王は自身の秘密を明かした。


「魔族の寿命は最も長命な種族でも1000年。しかし私には5000年の魔王としての記憶がある。何故だと思う? 勇者の祖先を知る貴様なら、分かるのではないか?」

「ご先祖様? って言われても……まさか」

「そうだ。我は魂を別の体に乗り換えることができる」

「四天王が言ってた次期魔王ってそういう意味かよ……」

「ザハールのことか。魔王の継承が何たるか奴には伝えていないがな」


 おかしいとは思っていた。

 魔王城に来てから遭遇した四天王の一人が言っていた"次期魔王"という単語、それに対し魔王は5000年を生きたと言っている。

 長年継承されていない魔王の継承者が何故決められているのか、その答えを知らされた。

 つまり次期魔王とは魔王という称号を得るのではなく、継承者こそが魔王デモニアの器ということ。


「あんたの考えは分かったよ……けどクララはどうする? 勇者だけが生き残ってもクララは喜ばないだろ。両親を失ったあの子の心の傷を埋められるのか?」

「その傷は遅かれ早かれ開かれる運命にある。ならば治りの早い今のうちに傷つけるべきだ」

「……そうか。なら僕からあんたに言えることは何もない……ご先祖様。憑依許可」


 これ以上話し合っても無駄だと感じ、対話を放棄する。

 自分の意識を奥に仕舞い、体の主導権を明け渡した。


「む。読心を弾いたか。来たな勇者よ」

「魔王よ。お主は相変わらず、心が読めるくせに理解はできんのじゃな」

「……そうさな。まったく同意見だ」


 悲しげに呟く両者。

 それを振り払うように構える。


「さて始めようかのう。ワシとお前、どちらが勝っても魔王が死に勇者が生き残る」

「そしてこの戦いの勝者が、世界を平和に導いた英雄となるのだ!」


 長年平和の時代を生きた魔王と勇者。

 最終決戦の火蓋が切って落とされた。







 ……………………。

 …………。

 ……。


 どれだけの時間が経過したのだろう。

 リスタが父にお菓子を届けにいってから帰ってこない。

 二人の元に行くべきか、ずっと悩んでいた。

 きっと父も喜んでいる、そう思うのに何故か酷く胸騒ぎがして。

 怖くて動けなかったけど、意を決して父の元へ向かうことにした。


 最上階の玉座の間、そこに父は居る。

 ゆっくり階段を登り、最上階にたどり着く。

 すると玉座の間の門前から向かってくる人影を見つけた。


「りすたさま。おそかった」

「ん……ああ。すまない」

「おとうさま、よろこんだ?」

「そう、だな……うん。喜んでいたよ」

「?」


 歯切れの悪い回答、どこかテンションも低い。

 何度か対面してきたけれど、今のリスタはどこかおかしい気がする。

 するとリスタは静かに質問してきた。


「クララ。聞いても良いか?」

「なに?」

「父のことをどう思っている?」


 どこか縋るような目つきで聞いてくる。

 どんな答えを求めているのかは分からない。

 自分の父への感情を人間語で表しきれる自信もなかった。

 だから伝わるか分からないけど、正直に答えた。


「えと……こわい、です」

「そうか……」

「でも……かぞく、ひとりだけ。えと……けいあい敬愛? してる、です」

「…………そうか」

「リスタさま? 泣いてる?」

「ああすまない。なんでもない……ことはない、か」


 自分の言葉が傷つけてしまったのか? と不安になり駆け寄る。

 どれだけ見つめてもリスタは俯いたまま雫をこぼす。


「……本当に、すまない」


 何故謝罪されているのか分からない。

 そこで気づいた。

 先程感じていたリスタに対する違和感。


 今まで心を読む力でリスタの思考を読めていた。

 人間語ゆえに完全理解はできなかったが、それでもリスタの感情だけは伝わってきた。

 けれど何故か、彼の心は読めなくなっていた。

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