第7話 想い合う母達
近辺の建物より一際大きな居城に招かれた。
絢爛な廊下を渡り、応接間と思われる部屋で席に座るよう促される。
それに従うと女性は目の前の机上に皿とティーカップを添えた。
「あの、こちらのもてなしは?」
「え? シフォンケーキと紅茶だけれど、甘いものはお嫌い?」
「いえ……いただきまス」
見知らぬ人間の出した食事、毒を警戒すべきか?とも考えたが招かれるままについてきた時点で今更であることに気づいた。
覚悟を決めてフォークを手に取り、ケーキを口に運ぶ。
「あっ美味し……」
「ふふっありがとう。お菓子作りの腕はちょっと自信あるの。息子も喜んで食べてくれるから」
自信げに語る女性はなんだか可愛らしかった。
その様子を見てか甘い菓子に絆されてか、私は緊張が緩んだ。
この人なら相談に乗ってくれるかも、と思ってしまった。
「やはり子供はお菓子が好きなのでしょうカ?」
「そうだと思うけれど、貴女にも子供が?」
「娘が一人。けれど最近ご飯を食べてくれなくて、今日は食材を探しにこの街へ来たのデス」
「あらあら。そうだったの……」
悩みを打ち明けると、女性は悩んでくれた。
私に共感して、私のために考えてくれた。
そして閃いたような素振りで提案をくれる。
「では教えて差し上げましょうか? このシフォンケーキのレシピ」
「え……っと。あの、こんなに優しくしてもらって良いのでしょうカ? 私はその……魔族ですシ」
「じゃあ魔族の貴女は人間とは仲良くできない?」
「そんなことハ……」
はっきりとは言えなかった。
私は魔王妃で、魔族の代表とも言えてしまう。
けれど私の思いは魔族の総意じゃないから、軽々に物を言えない。
すると彼女が唐突に打ち明けた。
「実はね。私は勇者の母親なの」
「勇者の……エッ!?」
心の底から驚いた。
勇者の母と魔王の妻、宿敵も良いところだ。
それでも勇者の母は柔和な笑みで私に言う。
「でも正直ね、立場とかどーでもいいの。人間とか魔族とか以前に、私は個人的に貴女を気に入っている。今大事なのは友達になってくれるのかそうでないか、ただそれだけよ」
きっぱりと言い放ち、求めるような目線を送られる。
勘違いでなければ彼女は私に委ねてくれているのだろう。
彼女との関係性を決める権利、それを私に与えてくれている。
「私も、お友達にしていただけますカ?」
「もちろん。けど王都に来てもらうと皆がびっくりしちゃうから、今度は別荘でお会いしましょう?」
優しく微笑み、手を差し出してくれた。
慈愛溢れるその姿が眩しく映る。
私は目を伏せながらそっと手を握り返す
◆
人間の国から帰還した夜。
私は夫、つまり魔王に今日の出来事を話した。
「勇者の母はとても優しい人だったわ」
「そうか……お前が無事なら良かった」
私の安否を気にかけてくれる魔王、それ自体は嬉しい。
けど今話したいのはそこじゃない。
「国王である勇者の父とも会って、本当に良くしてもらえた……ねえ、和平を結べないかしら。暗黙の了解なんかじゃない、正式な和平を」
「……難しい、だろうな。人間の長が友好的だとしても全ての人間がそうではない。我々魔族は人間に恨まれて当然のことをしてきた。そして逆もまた然り……」
「そう……よね。でも行動を起こさなければずっと……」
夫の言うことが理解できないわけじゃない。変化を恐れる気持ちも分かる。
それでも私は今のままで良いとは思えなかった。
夫には止められると思ったから、無断で行動を起こすことにした。
それから私は定期的に勇者の母、ユースティアナの元に通った。
「ではユースティアナ様のご家庭は料理人を雇ってないのですか?」
「ええ。あの子の母として、食べるものは全て私が用意しようと思ってね」
「なるほど。私も見習ってみようと思います」
名目は"お友達とのお茶会"。
人間語も上達し流暢に会話できるようになって、一層仲良くなれた気がした。
それに仲良くなるだけでなく、彼女は私の相談にも真剣に乗ってくれた。
「いつかは終わらせなければ恨みの連鎖は終わらないと思うから……だから私は私のできる範囲で人間との和平を試みたいのです」
「へぇ、いいわね。私に協力できることがあったら何でも言ってね」
「じゃあ……勇者君はどんな女の子が好みですか?」
「あらあら。面白いことを考えるのね」
一番に思いついたのは政略結婚だった。
魔王の娘と勇者の結婚、人間と魔族が和解するのに十分すぎるきっかけをくれると思ったから。
それでも娘と友人の息子の気持ちは蔑ろにしたくないので無理強いはしない。
本人たちの意思で結婚しなくては、本当の和平になり得ないとも思っている。
だからあくまでお互いの好みに合わせて教育してみるだけ。
勇者の好みは礼儀正しい女性。
しかし人間と魔族の礼儀マナーにはかなり差がある。
だから礼儀を教えるというより、物覚えの良い素直な子になって欲しいと願いながら教育した。
幸いにも娘の好みはお菓子を作れる優しい男性。
勇者の母親がお菓子作りが得意な彼女でよかった。
そうして日々を過ごした何度目かのお茶会。
人間の王妃、ユースティアナとの面会は彼女の別荘で行われていた。
お互いに護衛を外で待たせ、二人だけの空間で行われる密談。
いつも美味しいお菓子を用意してくれて、レシピを教わりながらティータイムを友人でもある彼女と楽しむ。
至福の時間と言っても過言じゃない。
けれど今日ばかりは、陰鬱な気持ちを隠せない。
「今日は元気がないわね。何かあったの?」
「いえ、少し寝不足でして……お気遣いありがとうございます」
寝不足なのは嘘ではないが、それが原因ではない。
これから起こることを考えると嫌な気持ちにもなる。
いつもと比べ静かな茶会。
気のせいでなければユースティアナの口数も少ない気がする。
そんな彼女が真剣な顔で口を開いた。
「ねぇエイラ」
「? なんでしょうかユースティアナ様」
「私はエイラのことを尊敬しているわ」
突然の言葉に意図を図りかねる。
素直に喜んで良いものか迷わされる。
「えっ……と、ありがとうございます? でも何ですか突然?」
「貴女は人間の私と友達になってくれた。私を疑うことなく何度も人間の国へ足を運んでくれて……私が話を持ちかける前に人間と魔族の和平を望んでくれた」
改まって言われると照れ臭い。
しかし言葉を重ねられるごとに不穏さを感じてしまう。
まるで何かの予兆を伝えているようで。
そして彼女は締めくくる。
「……だからお願い。私が居なくなっても、変わらない貴女でいて欲しい」
「? それはどういう……」
直後、部屋は闇に包まれた。
真っ暗闇の密室で何も見えない。
しかし驚きはない。
「ああ……あっという間でしたね。幸せな時間というのは……」
こうなることは事前に知っていたから。
この闇は私でもユースティアナ様でもなく、私の護衛が引き起こしたもの。
護衛の密談をたまたま耳にして、彼らの作戦を把握した。
これから何が起きるのか分かっている。
私はそれを阻止しなくてはならない。
だからあとは心に決めていた通り動くだけ。
立ち上がり、静かに歩みを進める。
テーブルを沿うように歩き、立ち止まる。
その位置はユースティアナが座っていた背後。
立ち尽くし、時間が経過するのを待つ。
「ぐっ……」
背後に気配を感じた瞬間、衝撃が体に走る。
背部の痛み、体表に伝わる暖かな液体、体の奥底が冷える感覚。
背後の気配が消え、耐え切れず座り込む。
数秒後、光が差し込み闇は晴れる。
そして驚愕する。机を挟んだ対面上に彼女がいることに。
そして彼女も同じように、血を流し座り込んでいることに。
「ユースティアナ様……何故……」
「エイラこそ、なんで私の席の後ろに……ああ、なるほど」
理解したような口振りのユースティアナ。
内心では私も分かっていた。
元々知っていたのは私の護衛のユースティアナ暗殺計画。
それを阻止するために彼女の席の背後に立って庇った。
傷つくのは私だけだったはずなのにユースティアナも同じように傷ついている。
相手側に何が起こったのか、考えずとも分かる。
「そっか……考えることは同なんですね……魔族も、人間も」
「本当ね……なんて、愚かなのかしら……」
人間を恨む魔族、魔族を恨む人間、それらが望むのは全面戦争だろう。
戦争の引き金を引くため、私達は命を狙われた。
恨みを晴らすために新たな恨みを生む行為、これが愚か以外に表す言葉があるだろうか。
しかし、それでも私は……。
「それでも私は……愚かな人間を許します。そうしないと、愚か者はいつまでも生まれ続ける」
「そうね、私も……あとは託しましょう。私達の望みは、きっと子供たちが叶えてくれる……」
「ええ……そうなってくれると……嬉しいですね」
朦朧とする意識の中、理想の未来を思い描く。
我が子らが手を取り合い、両種族の架け橋となる姿を。
………………。
…………。
……。
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