第6話 語る魔王
「ふむ。これが?」
お菓子が焼き上がり、クララに振る舞った。
そして約束通り、魔王へのお裾分けに来ていた。
「ああ。あの子がお母様の味と言ったシフォンケーキだよ。もちろん毒なんか入れてないから安心してくれ」
「問題ない。毒だろうと薬だろうと我には効かん」
「さすが魔王……」
皿を持ち、フォークで切り分け、ホイップクリームをつけて口に運ぶ。
2、3度の咀嚼。飲み込み、口を開く。
「ああ確かに、懐かしい味だ。我ではこの味は再現できなかった……」
「ん? 魔王もお菓子作れるのか?」
「5000年も生きていれば、知識くらいは当然ある」
「……ならクララに作ってやればよかったのに」
表情に大きな変化はないが、口調は物腰柔らかだ。
本当に敵対する意思はないらしい。
「これで思い残すこともない。条件も全て整った、か」
「魔王? 条件って何のことだ?」
独り言のような呟きに、リスタは発言の意味を問う。
「勇者の器よ。少し、昔話を聞いてくれるか? 我の妻の話だ」
「それは別に良いけど……そういうのは娘に、クララに話してやったほうが良いんじゃないか?」
クララの母親の昔話。
興味がないわけでもないが、結局は他人事。
そう思っての返答だったが、
「否、娘には話さない。それにこれは……貴様の母の死にも関わる話だ」
「っ……それは確かに、聞くしか無いな」
ずっと知りたかった母の死について、何故魔王が知っているのかは分からないが、聞かないという選択肢はない。
手近な椅子に腰を据え、話を聞く体勢を取る。
「では、話そう」
◇
◆
サタン・ウィル・デモニア。
魔王として5000年の時を生きた。
人間とは幾度も争った。もちろん勇者とも。
勇者は魂を別の肉体に宿らせる能力を持っている。
その魂こそが初代勇者と呼ばれる存在で、二代目以降はただの器に過ぎなかった。
勇者は肉体を換えて何度も魔王に挑んだ。
しかしその勇者の行いは、ある意味争いを止めるためのものであった。
勇者が魔王に挑む内は、他に魔王を打倒しようとする者は生まれないから。
もしも勇者の存在が消えれば、人間社会は魔王を滅ぼすために軍事行動を起こさなければならなくなる。
それが人間社会の思想だった。
世間を納得させるために、人間国は勇者をバックアップする。
最早人間と魔族は、民を納得させる建前のために争っていた。
しかし時代が進むに連れ、人間の思想は移り変わった。
排他的思想から、平和的思想へ。
元々争いに悲観的だった人間国は勇者の出撃ペースを減らし、やがて止めた。
そうしてできたのが今の時代、人間と魔族の両者不可侵という暗黙の了解だ。
そして人間に社会があるように、魔族にも社会がある。
貴族が有力な魔族社会では、魔王にも妻が必要だった。
寿命の無い魔王にとって妻など先立つだけの存在、死にゆく姿を何度も看取ってきた。
最早形だけの結婚、妻に対する感情は希薄だった。……否、希薄にしていた。
それ故、魔王の子が生まれることは一度もなかった。
そんな中、唯一我の心を動かした女性がいた。
エイラ・ウィル・デモニア。
彼女は奇妙な女性で、まるで心の内を見透かすかのように語りかけてくる。
魔王の血族は相手の心の声を聞くことができる。
しかしエイラに魔王の血は流れていない。
にも関わらず、全てを悟られる。
その理由を聞くと、彼女はこう応えた。
「女なら、愛する男のことはなんでも分かるのですよ。もちろんあなたの5000年間の寂しさも分かります。孤独という名の地獄を生きてきたあなたを、せめて私の短い生涯の間だけでも癒やして差し上げたい」
そうして我は久方ぶりに愛された。
生まれて初めて、愛したいと思える女性に出会えた。
「子を作りましょう。あなたの理解者を作るのです。そうすれば私が居なくなっても、あなたへの愛は失くなりません」
その考えに深く共感してしまった。
長年の孤独で感覚が麻痺していたが、どうやら我は愛に飢えていたらしい。
そのエイラとの間に生まれた子供はクララと名付けた。
◆
「子育てとはこれほど……」
「ええ……こんなに難しいものだったのですね……」
クララ・ウィル・デモニアが3歳を迎えた年。
魔王とその妻は頭を抱えていた。
「クララがご飯を食べてくれないのです……このままでは栄養失調の恐れが……」
「それは……困るな」
長年生きてきた魔王も初めての子供。
娘の健康を我が身以上に気遣ってしまう。
そして魔王には私的な悩みもあった。
「だがお前はまだ良い。我がその子に近づくと全力で逃げられるのだぞ……」
厳格な魔王の姿はどこへやら。
今や夫婦揃って子煩悩を極めていた。
「それは愛が足りないのですよ、魔王様。愛されたいなら愛さなければなりません!」
「ううむ……しかしお前は愛してくれたが……」
「それは私が愛されたかっただけですので」
「ぬぅ……」
気恥ずかしさに悶えながら、幸せに悩む。
魔王にとって初めての感覚をエイラは与えていた。
「お互い考えましょう。クララの食事のことはお任せください」
「ああ……すまないが頼む」
魔王の手前、妻としての責任を強く感じ発した言葉。
ただ普段の食事はプロの料理人に任せている。
プロの料理がダメで、ほぼ素人の自分の料理を食べてくれるとは思えなかった。
「料理の工夫じゃ足りない。もっと根本的に……食材から……あ」
呟き、思考を整理する。
魔族の国の土地は養分が薄く、植物の育つ土地が数少ない。
普段の料理は肉が多く、野菜は数も種類も少ない。
つまり根本的に食材から見直すならば、国の外へ目を向ける必要がある。
「人間の国なら、何かヒントがあるかも?」
◆
長距離移動魔法『ゲート』。
それを用いて魔族の国から人間の国に接近した。
護衛なしの単独行動、魔王妃のお忍び来訪であった。
しかしエイラは知らなかった。
人間の国には結界があり、魔族が侵入すると人間にしか聞こえない警報が鳴ることを。
「街に人がいない? どうしましょう。お買い物ができません……」
人間は既に魔族の侵入を知り、避難し終えている。
ただ一人だけ、街を歩く人間がいた。
その人はエイラに近づき、声をかける。
「ごきげんよう。観光かしら?」
突然人間語で話しかけられ一瞬驚く。
人間の国に来たのだから言語が違うのは当然だ。
エイラは使い慣れない人間語でゆっくり話す。
「……お買い物に来ましタ」
「まあ! 良いわねお買い物!」
楽しそうに笑う人間の女性。
しかし、続けて申し訳なさそうに言う。
「でもね、お店はついさっき全て閉店してしまったの」
「何故でしょうカ?」
「貴女が来たから。人間の国はね、魔族が侵入してきたとき人間にしか聴こえない警報が鳴るようになってるの」
「! そうなのですカ……ごめんなさイ」
自らの過ちを教えられ、エイラは謝罪する。
人間にとって魔族は警戒する対象、そして自分が魔族であることを知られた。
自分が無事で帰られるのかも不安になり、俯くことしかできない。
対して、女性はなおも優しく語りかける。
「それでよかったらなのだけれど、お店が開くまでうちに遊びに来ない?」
「え……?」
「ダメかしら?」
「ええと……ダメではない、デス」
罠かもしれない、という思考に至ることなく承諾してしまう。
それは目の前の女性の人柄がそうさせたのか。
本能的に、この人間は敵ではないと思されたのだった。
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