第4話 力を魅せる勇者

 僕は母さんが大好きだ。

 それは今も昔も変わらない。


 勇者の僕は人々を守るためにも日々鍛練に励む必要がある。

 そんな忙しい毎日の中にも癒しはあった。


 それは午後3時のティータイム。


「今日はシフォンケーキを焼いたわ」


 母さんは料理上手で毎日お菓子を作ってくれる。

 母と交流できるこの時間が毎日の楽しみだった。


「ねぇ。リスタは将来どんな女の子と結婚したい?」

「? えっと……礼儀正しい、お淑やかな女性」


 母さんみたいな人、とは恥ずかしくて言えなかった。

 それでも好きで、一緒に居たくて……。


「勇者としての鍛練も大事だけど、息抜きも大事よね。だから……お菓子作り、一緒にしてみない?」


 誘ってくれたことが嬉しかった。

 勇者としての責任よりも優先してしまうほどに。


「したい、です」


 母さんと共に過ごす時間は幸せだった。

 幸せな時間はあっという間に過ぎ去った。

 幸せな時間は、長くは続かなかった。


「リスタ。母さんは事故で死んだ」


 あっという間に過ぎ去って、二度と帰ってくることはなかった。


 癒しが消え失せ、ただ空虚に鍛練をこなすだけの日々。

 毎日訪れる午後3時。

 僕にお菓子を作ってくれる人はもういない。

 でも代わりに、母のレシピは残されていた。


 手書きのレシピを見て手を動かす。

 お菓子を焼き上げ、甘い香りのそれを一口放り込む。


「はは……母さんの味だ」


 お菓子を作り、食べている間だけは母と一緒にいるように感じられた。

 いつもは感じない塩味が、お菓子の味を台無しにした。







 気づけば母との思い出に耽っていた。

 なぜ今思い出したのか、それは暇を持て余しているからだ。

 なぜ暇を持て余しているのか、それは現在魔王城の地下にされているからだ。


 事の経緯を説明すると、まず僕は人間の国に侵入してきた魔族の令嬢・クララに魔王城へ招待された。


 先行する少女について行くと周りの魔族からは奇異の目で見られた。

 それは当然だ。魔王城に人間がいるのだから。

 そして魔王軍の幹部らしき男に止められた。

 クララと男が口論していたが、魔族語が分からない僕はただ眺めるしかできなかった。

 そして話の末、僕は男に腕を引かれ、気づけば檻の中に入れられていたというわけだ。


(さてさて、どうしたものか)

『まんまと小娘の罠に嵌められたようじゃな』

(罠……ではないと思うけどな。言葉は分からんけどあの子は弁解してくれてたように見えたし)

『まったく……リスタは相変わらず甘いのぅ』


 脳内でご先祖様と会話しながら今後のことを考える。

 するとそこへ、見知った顔が檻の前に現れる。

 僕を檻に入れた魔族の男だ。


「聞いたぞ。貴様勇者らしいな」

「なんだ。人間の言葉喋れるのか」


 会話ができると知り、少しだけ安堵する。

 手違いであると伝えられれば出してもらえるかもしれない、そんな甘い考えを抱きながら。


「何故勇者がこんなところにいる? 返答次第では私の剣の錆にしてくれる」

「何故って……お菓子を作りに来た」

「バカか貴様は。どこの世界にお菓子作りのために敵地へ侵入する勇者が居る」

「ここに居るんだよなぁ」


 力が抜けるような会話をしながらも、魔族の男は帯剣から手を離さない。

 確かに自陣で敵を見かけたら警戒したくなるのも分かるが、どう説明すれば分かってくれるか。


「いやなるほど。姫を菓子などという甘言で惑わし魔王城に侵入したわけか。大方魔王様の暗殺にでも来たのだろう?」


 男は勘違いしたまま自身の予想を述べる。

 男が出した回答を、僕は聞き逃すわけにはいかなかった。

 彼の放った最後の言葉だけは認めてはならない。 


「……あんたらと一緒にするなよ」

「ふむ……どういう意味だ?」

「僕の母さんはさ……事故で死んだらしい。でもそんな話信じると思うか? 母さんには刺殺痕があったんだぞ?」


 王の息子であり勇者の僕、その母はつまり王妃。

 王から伝えられた王妃の事故死。

 それを信じられなかった僕は母の死因を調べ、遺体の状態を知った。


「僕はな、魔族に殺されたものと思っているよ。それでも事故死にしたのは魔族との関係が悪くなれば今の平和が終わるからだ」


 父が母の死因を事故死にしたのは、きっと母のためだ。

 母の死がきっかけで魔族と争い何人もの犠牲が出れば、母は悲しむから。

 その考えには同意するけれど……僕自身が納得できるわけではない。

 そのせいで八つ当たりまがいのことまで口走ってしまう。


「実はお前が犯人で、その剣で僕の母さんも殺したんじゃないのか?」

「喧嘩を売っているのか? であれば遠慮なく買うぞ」

「あんた程度の実力で何が買えるんだよ」

「挑発だけは一丁前だな。では少しだけ見せてやろう。私の剣を……」


 言いながら魔族の男は深く構え、力を入れる。

 瞬間、目にも止まらぬ斬撃が風圧となって身に届く。

 いつの間にか鞘に戻された剣、最後まで差し込み音を鳴らすと、鉄格子の檻がバラバラになって落下した。


「私は剣の腕のみで四天王最強まで上り詰めた。次期魔王とまで言われているのだ。しかし貴様はどうだ? 覇気もなく、底が浅い、一目で分かるその弱さ。勇者として未熟過ぎるのだよ」


 見下すように煽る男。

 余程勇者と争いたいのか、その目は血走っている。

 しかしそのような煽り文句では響かない。


「それがどうした? 僕が弱いのなんか当たり前だろ」

「なに?」

「逆に聞くけどさ、剣士の実力ってのは剣そのものの強さで決まるのか?」

「私をバカにしているのか? 剣士の強さは腕前で決まるものだ。どんな剣だろうと最強の剣士として君臨し続ける、私にはそのわざがある」

「だろ? それと同じだよ。器だけ見て勇者の実力を測ろうだなんて浅はか過ぎる」

「貴様……さっきから何の話をしている?」


 要領を得ない会話に男は苛立ちを見せた。

 どのみちこの男は言葉だけでは納得しないだろう。

 なら説明に会話など意味をなさない。


「何って、あんたが勘違いしてるみたいだからさ。分からないなら見せてやるよ。――――ご先祖様、


 言葉にし、現象は起きる。


 肉体の主導権の引き渡し。

 その対象は、僕の体に住まうもう一人の人格。


「久方ぶりの生身の肉体……現代は平和すぎて叶わんのぅ。お陰でリスタも中々体を貸してくれんわ」

「纏う空気が変わった……? この威圧、貴様は……誰だ?」


 次期魔王を名乗るだけあって、敵の変化を察知する程度の目はあるらしい。

 しかし無知、勇者を敵と知りながら、その勇者の実態を知らされていないようだ。


「誰じゃと? 妙なことを聞くのぅ先程から名を呼んでおったろうに。わしは勇者の血族に代々受け継がれし魂、直接的に言うのなら――――初代勇者じゃよ」

「初代勇者……初代勇者だと?」


 解答を得て、繰り返す。

 目はさらに鋭くなり、口元を歪ませ、口角を上げる。

 男は興奮するかのように笑ってみせた。


「面白い……! 私の剣で勇者の血を途絶えさせてくれるわ!!」


 抜刀。明らかな戦闘の意志。

 静止の言葉をかける間もなく襲いかかってくる。


 檻を斬ったのと同じように、男は瞬速の斬撃を繰り出す。

 先程よりも早く、激しく。

 床が、壁が、天井までもが斬りつけられる。

 10秒間にも及ぶ幾重もの剣戟。

 それが勇者の身に届くことは一度もなかった。


 攻撃を中断し、息を切らしながら男は問う。


「はっ、はっ……どうして、当たらない……」

「ぬるい。この程度で四天王最強じゃと? やはり魔王軍も平和ボケしとるようじゃな。のぅ? 魔王よ」


 勇者の言葉に反応し、勇者の目線の先を魔族の男は追う。

 そこには自身が忠誠を誓う対象が居た。

 遅れながらも男は跪く。


「魔王様っ!」

「下がれザハール。貴様の敵う相手ではない」

「ではわしも下がるとしよう。今は魔王と戯れるつもりもないでな」


 そう言って初代勇者であるご先祖様は肉体の主導権を手放す。

 一瞬の脱力、体が倒れてしまわないように、すぐに力を入れ直す。

 主導権は元の人格、リスタへと引き渡された。


「ありがとう、ご先祖様」


 感謝を述べ、目の前の存在に集中する。

 気配を消すことを止めたのだろう。

 圧倒的存在感、誇示するかのように、魔王は前に出る。


 勇者リスタ、魔王との初の邂逅。

 重々しい空気の中、言葉を交わす。


「初めまして、だな。勇者の器よ」

「初めまして魔王。あんたが……クララの父親だな?」

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