1.0.5.外界の開拓者 -3-

「デハ、明日カラ早速働イテ貰ウゾ」

「分かったよ。…あぁ、ところで。僕には脳幹通信とやらが使えないのかい?」

「必要無イダロ。永クハナイダロウシ…ヤナギンガ居ル。オイソレト仕込ム物ジャナイゼ」

「うーむ…そうか」

「デハ」


 一通りの事務作業を終えた所で、テレスクリーンがプツリと消えた。舞波は脳幹通信が体験できず…残念がっている様子だが、すぐに気持ちが切り替わったらしく、小さなため息をしたのちに表情を元に戻して俺の方へと顔を向ける。


「明日っていうけどさ、時間の概念が違うからね。呼びに来てくれるかな」

「あぁ、構わないが…」

「が?」


 ひとまず、俺の仕事も…舞波がやることも一段落がついた。別に、明日まで好きにしてくれて構わない…のだが。


「どうするんだ?これから」


 舞波を1人にしておくのは、妙に不安だ。俺はそう問いかけると、舞波は自らの体に目を向けて…そして、何とも言えない苦笑いの表情を俺に向けてこういった。


「んー…部屋でジッとしているよ。何かあったら、ヤナギンに声をかけるとするさ」


 ・

 ・


 舞波が部屋から出て行って…ようやく私服に着替える事が出来た俺は、明日の仕事に備えて装備品の類を洗濯し、諸々の準備を整えていた。


「……」


 防護マスクに防護服…ブーツにグローブ。レーザーガンに工具類。1度滅びた世界を探索するための品々…それらを綺麗にして、整備して、所定の位置に並べていく。それを終えると、ちょうど空腹を覚えて、俺は徐に部屋を出た。


(……本当に居るんだよな?何処にも行ってないよな?)


 部屋を出て…まったくと言っていいほど音がしない隣の部屋の扉をジッと見据えてから…ゆっくりと階段の方へと歩いていく。目的地は、アーチ橋を下った先の路地にある小さな商店。俺はいつものように橋を渡って階段を下り、暗い顔を晒して歩く人々の中へ紛れ込むと、これまた薄汚れた、暗い路地の方へと足を向けて奥へと入り込んでいった。


「ヤナギン」


 路地に入ってすぐ、路地を半分程塞いだベンチに腰かけている顔見知りの女に声をかけられる。モジャモジャの茶髪に不細工な面…だらしない小太り中年女。目的地の商店のオーナー…ローズだ。


「ローズか。よぅ、まだ弁当作れるか?あと、外に出てたから除染薬も。生憎昨日切れちまった」

「構わないよ。でも、その前に話そうじゃないか。なんだいさっき連れてた子は?この辺の子じゃないね?」


「追及されたくないみたいだね」

「そんなところだ。訳アリでね。暫くはお守りをすることになったんだ」


 そういいながらローズの隣…ベンチに腰をかけると、ローズは贅肉に包まれた目を細めて俺の方へ向けた。


「ほぅ…何処の子かは知らないが…あんなに汚れてない子は珍しいね」

「金になりそうだって?」

「あぁ。ありゃ大金に代わるね。昔のアタシみたいに」

「またそれか。俺が女と一緒にいりゃすぐそれだ。生憎、俺に欲はないんだぜ」

「知ってるよ。抑制剤が義務化された後の生まれだものね」


 ローザはそういうと、懐から煙草の箱を取り出して一本指へ挟み込む。


「しかし、懐かしい」

「何がだ。アンタにアイツ程の可憐さは見当たらないが」

「失礼ね。ま、これも何かのお告げかねぇ…ヤナギン。1つだけ聞いておきな」


 俺はいつになくシリアスな雰囲気を醸すローザの様子を訝りつつ、眉をピクッと動かして先を促した。


「アンタ、分離体って知ってるよね?」

「分離体。魂を分割して…片方を売って金にして、もう片方はってヤツか」


 ローザから突如として振られたのは、分離体の話だった。俺も知識としてしかしらないが…戦後の世で、余りにも惨い末路を辿る分離体が多かったものだから、近年じゃすっかり下火になった、体売りをしてる男女の金稼ぎ手法だ。


「強制しようにも、魂の分離はソイツでなければ出来ないものだから…裏でも稼ぎにできず

 …今も技術自体は残れど、使う者は極わずかだと聞いてる。それがどうかしたか?」


 俺が分離体について知っている事をローザに告げると、ローザはどことなく哀しげな顔を浮かべながら、手にしていた煙草に火をつけて、煙草を口に含めて…ふーっと最初の煙を吐き出した。


「分離体なのさ。別れた方が本当の体…この体は、売った金でこさえた素体。この体はわざとなの。アタシはね、さっきヤナギンが連れていたような…ああいう子を見ると、かわいそうに思えてくるのさ」

「……なるほど」

「こんな世じゃなければ、ちゃんと光があたるはずなのに…そうはならない。ただただ好き者に食われる位しか価値が無い世界になっちまってるんだ。ヤナギン、どういう仕事かは知らないけどね…頭に入れておきな。アノ子に闇は似合わないって…」

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