1.0.3.外界の開拓者 -1-
「ハンドラー…?」
俺の部屋のテレスクリーンにハンドラーの姿が映し出されて舞波に話しかけた直後。舞波はポカンとした顔を浮かべてそう呟き…そして、俺の方に目を向けた。
「俺と脳幹通信してた相手さ」
目を向けられ、言葉にできない問いを投げかけられた俺は、そう言いながらベッドの上に腰かける。テレスクリーンに映ったのは、白いハイネックシャツを着て、白髪をパッツンと切り揃え、細い目をした不気味な女。真っ赤な瞳と…細い目を強調するような、赤いアイライン…再びハンドラーを見た舞波は、その容姿に圧倒されているらしい。
「つまりは雇い主。舞波の素体も、あの場を保全する機器を用意したのもハンドラーさ」
ハンドラーは俺の言葉を聞いて、その病的に白い肌をした頬を僅かに歪ませた。
「ソノ通リ。マサカアンナ場所ニ人ガ居ルト思ワナカッタ。ソレデ興味ヲ持ッタンダ」
「あぁ、ありがとう…ございます。ハンドラーさん?」
「ハンドラー。ソウ呼ベ。言ッタダロウ?舞波ノハンドラーヲ務メルト」
「は、ハンドラー…」
「ソレデイイ。サテ、舞波。ソノ体トアノ廃村ヲ守ル機器ハ高インダガ…」
「勿論!…この恩は何かで返させて欲しいのですが…まだ、僕は…」
「アァ、イイ。舞波。マズハ疑念ヲ晴ラソウ。適当ニ座ッテクレ」
ハンドラーの言葉を受けて、舞波がその場に腰をおろす。床は真っ青で…毛の長いカーペット敷き…そのまま座っても、まぁ、少しの間なら十分だろう。
「スマナイナ。敷クモノモ椅子モ無クテ」
「い、いえ…」
「おいおい、それ俺のセリフじゃねぇの。ま、確かに何もねぇけどもよ」
「煩イ。事実ヲ認メテ謝ッタダケダ。懲リタラ机ト椅子位ハ用意シテオケ」
俺は何処となく解せない気持ちになりつつも、黙って肩を竦めて先を促す。ハンドラーもそんな俺の様子を見て俺の意図を汲み取ると、視線を舞波の方に向けて口を開いた。
「マズ、舞波ノ居タ世界ニツイテ確認サセテクレ」
「はい」
「舞波ガ居タノハ、日本ト言ウ場所ラシイナ」
「はい、そうです。日本の…」
「イヤ、細カク言ウ必要ハ無イ。私モ、ヤナギンモ、知ラナイ土地サ」
「そ、そうですか…」
「ダガ、昨日一晩伝手ヲ辿ッテミテ、ドウイウ所カハ分カッタ」
「え!?」
ハンドラーの言葉に驚いた声を上げる舞波。今の言葉は、彼女がこれまでこの世界で聞いたどの言葉よりも嬉しい言葉なのだろう。彼女の目の色が希望の色に満ちていく一方で…
「日本。聞クニ…コウナラナカッタ世界。ソウ言ウベキダロウナ。規律ノ下デ暮ラスンダ。生マレテカラハ父母ノ下デ育チ…学校デ知識ヲ学ビ、他人ト接シテ成長シ…成長シタラ己ノ希望スル仕事ニ就イテ働キ金を得ル。ソノ金ハ生活費ダケデハ使イ切レナイ事ガ殆ドデ…人々ハ好キナ何カニ金ヲ回ス。ソウダナ?」
ハンドラーは淡々と調べた内容が書かれたメモに目を落としながら、その内容を告げていく。告げられた内容は、俺たち地下で暮らす人間には、俄かに信じがたい内容だった。まるで高層ビル群に住んでる連中じゃないか。働くということを除けば…
「そうですね…大体は、合ってます。僕は、学校…高校に通ってたんです」
「デ、気ヅケバ、アノ廃村ニ居タト」
「はい。どうもその前の記憶があやふやで…記憶にある、日本での…最後の日は、本当に何でも無い1日だった。朝起きて、学校に行って…部活に励んで家に帰ってって」
「んー、いろいろ聞きなれない言葉が出てきたな」
「ヤナギン。横ヤリ余計ダ」
俺が再び口を閉じると、ハンドラーは舞波に目を向けた。
「舞波。コノ世界ハ違ウ。3度モノ核戦争ヲ終エタ後…支配階級ハ上に突キ抜ケソウデナイ者達ハコウシテ地下ヘ追イヤラレタ。営ミノ為ノ仕組ミハ、歪デ不完全ナ機械ト支配階級ガ勝手ニ決メタ法律デ縛ラレテイル。ソウシテ人ノ生キ死ニスラ支配ノ手ガ入リ切ッタ今。最早人ニ愛ハ芽生エナクナッタ。舞波ハサッキ、ヤナギンニ、男ニシテハ…ト言ッタロウ?」
「え?はい。言ってましたね」
「ソノ意味、ヤナギンハ、ワカラナイダロウ」
「え?嘘!?」
「その通りだ舞波。何だ、あれ、ジョークか何かだったのか?」
「……そう、なんだ」
「地下ト地上。コウナッタ後。人ハ他人ヲ愛サナクナッタ。男女ノ境目ハ曖昧ニナッタ。ダカラ、舞波。ソノ手ノ冗談ガ通ジルノハ、私ノ様ナ者ダケサ」
「……なら、ハンドラーは支配階級…ってことですか?」
「ンー、チョットチガウ。私ハ、地下人デモ、ビル人デモ無イ」
テレスクリーンの中で、表情を一つ変えず説明を続けていたハンドラーは、ここにきてようやく目元に力が入る。刹那、細く…真っ赤な双眼がギラリと光ったような気がした。
「私ハ…我々ハ、核戦争ノ前マデ時代ヲ戻ソウト活動シテイル【レジスタンス】サ」
久しぶりに聞いた気がするハンドラーの宣言…演説。
「目的ハ、死ノ世界トナッタ地上ノ回復…奪還。目指スノハ…正ニ、舞波ノ居タ日本トイウ国ヲ作ル事。ダカラ…斑 舞波。想像出来ルダロウ…?私ガ、舞波ニ金を投ジタ訳ヲ…」
ハンドラーは細くなっていた目をカッと見開き、三白眼になった瞳を、ポカンとした表情の舞波へと向けた。
「斑 舞波。オ前ハ外デモ平気ダロ?ソノ力ヲ生カシ、スカベンジャー業ヲ手伝ッテ欲シイ。ソノ見返リニ…我々ハ舞波ノ身ノ安全ト廃村ノ保全。元ノ世界ヘノ帰還方法ヲ探シテヤル」
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