0.0.3.ぶらり廃村巡りの終着点 -3-

「改めまして…僕の名前は斑 舞波だ。日本って所に住んでいたはずなんだが…気づけばこうなっていた」


 目の前の少女は、そう言うと改まって頭を下げた。俺はそれにつられて頭を下げるが…彼女の告げる日本という地名には、ピンと来るものが無い。


"日本…知ってっか?"


# > 知ラナイナ


 脳内でハンドラーと言葉を交わす。ハンドラーが知らなければ、大昔に存在した国…地方…というわけでも無さそうだ。俺は肩を竦めて見せると「次は君の番だよ?」と言いたげな視線を向けてくる少女の目を見て、ゆっくりと口を開いた。


「俺はヤナギンだ。ヤナギン・シュトリーツェル。生憎…俺の知識に日本って国だか、地域だか…そう言うのは無いな」

「くっく…そうか。それなら不思議な物だね。君は…ヤナギンは、完璧な日本語を操ってる様に聞こえるのだけども。君の常識じゃ、それは何語なんだい?」

「別に…連邦語とでも言おうか。斑には悪いが…俺は学が無くてな。そっちの思った通りの返しが出来るか怪しいんだ」

「全然。話しぶりを聞く限りは、随分と思慮に富んでる様に聞こえるがね。まぁ…お互いがお互いを奇妙に思う今、そのくらいの謙虚さが必要なのかも知れないな」


 不思議と会話が弾む。俺は脳内に飼ったハンドラーが黙ったままなのを良い事に、この奇妙な異形の少女の事を知ろうと、思いつく限りの質問を投げかけてみようと思った。


「で…斑よ」

「斑ってのは苗字なんだ。名前で呼んでくれるとありがたいな」

「…舞波よ。さっきの、1週間だの1年だのってのは、一体なんだ?」

「あぁ…こんな事を説明する日が来るとも思わなかった。まぁ、単に時間の区切りの事なんだが…くっくっく…奇妙だね。君達にはそう言うのが無いのかい?」

「あぁ」

「なら…君は、ヤナギンは今何歳?と聞かれてもダメかな?」

「あぁ。答えられない」

「不思議だね。見るに、僕が知ってる人類以上に発展した様子に見えるのだが…あぁ、そうだ。時間の概念自体はあるんだよね?1分が60秒…1時間が60分。24時間で1日って」

「微妙に違うな。秒自体はあるが…全部80区切りだ。1分が80秒。1時間が80分…25時間で1日さ」

「へぇ…なんだか別世界…並行世界に紛れ込んだみたいだよ。いや、実際そうなのかな?」


 目の前の少女は、そういって口を閉じると、ジッと俺の体を見つめて目を細めた。ジッと俺の格好を凝視して…聡明らしい彼女は何かを得るのだろう。俺は彼女の好きな様にさせている間、マスク越しに目を動かして、周囲の様子を確認する。


"なぁ、この子の事…どう思うよ?"


# > 不思議ダナ。敵意モ感ジナイ。本当ニ、本心デ会話シテイルト感ジルナ


 窓越しに見える空は青く…淡く優しい光が廃墟と化した病室に差し込んでいた。その光が廃墟中の埃をキラキラと輝かせ…そうして醸成された雰囲気が、異形の…黄金と植物によって動けなくされた少女の姿を彩る。


"信じてみっか?…まぁ、信じた所で得られる物が何かって話だが…"


# > 好キニシロ。任セル。コノ女ハ、ヒトマズ保留ダ。其ノ内、体ノ黄金ハ取ッテモ良イガ


"それ、やるなら俺以外に任せるぜ"


# > ナラ、仕事ニ戻レ。マダ、探索ハ終ワッテナインダ


"へーへー…"


 互いに口を閉じたことで生まれた静寂の間。俺は脳内でハンドラーと言葉を交わして、何となくこの先の事について方針が決まると、ゆっくりと体を動かして、そっと椅子から立ち上がった。


「おっと…もう、行ってしまうのかい?」

「もしそうだとしたら、止めないのか?」


 椅子から立ち上がっただけ…それだけなのだが、目の前の少女の眉が悲し気に垂れ下がる。


「止めるだけの権限が無いからね。僕には…」


 自分の気持ちと現実の違いが良く分かってる少女だ。俺は幼さと相反するしっかり者具合に目を丸くすると、フッと鼻を鳴らして…防護スーツのポケットからブイを取り出した。


「目印さ。何も、これで終わりって訳じゃない。俺も仕事があるもんでな」


 そう言いながら、俺は手にしたブイを少女の目の前の床にドン!と突き刺し…彼女の顔をジッと見据えてこう告げた。


「また来る」


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