冒険64.総子の結婚式

 ===== この物語はあくまでもフィクションです =========

 ============== 主な登場人物 ================

 大文字伝子(だいもんじでんこ)・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。

 大文字[高遠]学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

 愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。階級は巡査。

 愛宕[白藤]みちる・・・愛宕の妻。巡査部長。

 青山たかし警部補・・・久保田警部補の後任。愛宕の上司。

 物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

 依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。

 小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京の企画室長。依田と結婚した。

 福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

 鈴木祥子・・・福本が「かつていた」劇団の仲間。後に福本と結婚した。

 久保田[渡辺]あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。

 橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

 渡辺副総監・・・警視庁副総監。

 金森和子空曹長・・・空自からのEITO出向。

 増田はるか3等海尉・・・海自からのEITO出向。

 青山警部補・・・丸髷署生活安全課刑事。愛宕の相棒。

 大町恵津子一曹・・・陸自からのEITO出向。

 田坂ちえみ一曹・・・陸自からのEITO出向。

 馬越友理奈二曹・・・空自からのEITO出向。

 右門一尉・・・空自からのEITO出向。

 服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。

 山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。

 みゆき出版社山村・・・伝子と高遠の原稿を担当している。

 本庄尚子弁護士・・・本庄病院院長、本庄虎之助の姪。

 幸田仙太郎所員・・・南部興信所所員。総子のことを「お嬢」と呼ぶ。

 中津健二・・・中津警部補(中津刑事)の弟。興信所を経営している。

 南部寅次郎・・・南部興信所所長。江角総子と結婚。

 江角総子・・・伝子の従妹。南部興信所所員。

 大文字綾子・・・伝子の母。

 江角真紀子・・・伝子の叔母。

 江角徹・・・伝子の叔父。

 天童晃(ひかる)・・・かつて、公民館で伝子と対決した剣士の一人。

 筒井隆昭・・・伝子の大学時代の同級生。伝子と一時付き合っていた。警視庁副総監直属の警部。

 久保田管理官・・・EITO前司令官。斉藤理事官の命で、伝子達をEITOにスカウトした。

 久保田警部補・・・あつこの夫。以前、愛宕の相棒だった。

 早乙女愛巡査部長・・・白バイ隊隊長。

 逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部と結婚。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

 草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。元ホワイトハッカー。

 藤井康子・・・伝子のマンションの区切り隣の住人。


 =======================================

 ==EITOとは、Emergency Information Against Terrorism Organizationを指す==


 午後2時。大阪。ハルカスに程近い、黄金ホテル大阪。

 南部寅次郎と総子の結婚式場。挙式を終え、披露宴が行われていた。

「お色直しが多いのはいいけれど、来賓は・・・質素ねえ。」と伝子の叔母、真紀子が言った。

「そうだな。こちらは綾子さんと伝子さんと学君。南部さんの親族はなし。」と、伝子の叔父、徹が言った。」

 伝子が「南部さん側、新郎側は興信所の社員さん。来賓は中津さんと本庄弁護士、と数名の取引先。寂しいわね。」と言うと、伝子のスマホが鳴った。テレビ電話だった。

「慶子か。」「先輩。中継して下さいよ。」「いいけど、こんなだぜ。今3回目の色直し中だ。今度は普通のワンピースだな。」

 案内係に案内されて、なぎさが伝子達のテーブルに着いた。「遅れました。すみません、おねえさま。お久しぶりです、江角の叔父様、叔母様。」

「あの頃とは随分違ったな。」「栄養失調だったのよ、おとうさん。」と真紀子は徹を窘めた。

 午後4時。

 披露宴は何事もなく終わった。伝子達は、総子が暴れるのではないか、とヒヤヒヤしたが、事件は起きなかった。綾子と伝子夫妻は、新郎新婦と同じ、このホテルに泊まることになり、なぎさは江角夫妻の家に泊まることとなった。

 午後5時。ホテルと目と鼻の先の距離の江角家に着いた、なぎさは感動した。真紀子が、なぎさの為に、と『関東だき』という名前で知られる、おでんを煮込んでくれたからだ。確かに、おでんと随分味が違う。

「お父さんの転勤で、くっついて来て、大阪に根を下ろしたから、すっかり大阪文化に馴染んだけど、総子、バリバリの関西弁で驚いたでしょう?」となぎさに真紀子は尋ねた。「ええ。前々から違和感はありました。」

「総子はね、小学校1年から、こっち。だから、小さい頃は、伝子ちゃんがオムツを替えたこともあるのよ、『いっさ』。」

「そうですか。あ。私は、なぎさでいいですよ。おねえさまには、いつもそう呼ばれているし。」「おねえさま、って呼んでいるの?伝子ちゃんのこと。女同士のアレ?」

「いえ、尊敬です。年上ですし。他のメンバーにも、そう呼ぶ者もいます。あ。先輩って呼ぶ者もいます。」「みんなに好かれているのね。」

「それで、総子ちゃんは、同級生の影響ですか?」「本人は、『バイリンガル』って言っているけど、本当はイジメにあって、矯正したの。」「転校生イジメですか?」「そう。」

「地元の子供より関西弁、というか大阪弁になったわ。喧嘩も負けたことない。」

「まあ、そうでしょうね。おねえさまへの対抗意識も旺盛ですよね。」「姉妹みたいに育ったせいね。姉妹って、妹が姉に対抗意識持つものなのよ。大体そんなもの。綾子を見てて分かるでしょ?」「私は、あまりお話をしたことが無いんですけど、ある事件をきっかけに柔らかくなった、っておねえさまから聞いています。」

「さ、暖かい内に頂きましょう。おとうさーん。」自宅で畳職人をしている、徹が顔を出した。「今日は早めの夕飯だな。伝子ちゃんの話、たっぷり聞かせてくれないか。」

「喜んで。」と、なぎさは笑った。

 午後7時。白浜温泉のホテル。

 和風の部屋で、依田と慶子が寛いでいた。「昨日はアドベンチャーワールドに、とれとれ市場。今日は熊野古道。疲れたわねえ。やっぱり旅行も楽じゃないなあ。」と依田が言うと、慶子が「世界観が変わった?」と浴衣を脱いで、言った。

「また、子作り?」「ここはお部屋にも温泉風呂があるのよ。露天風呂も悪くないけど、昨日満喫したし、今は雨がざあざあ、だし。」「分かったよ。」

 依田が服を脱ごうとしたその時、時計の音がした気がした。おかしい。ホテルの部屋は和風ではあったが、時計はない。依田はスーツケースを開けてみた。見知らぬパンダの小さな縫いぐるみがあった。その隣には、小箱が。時限装置?依田は、脱いでハンガーにかけてあった服から、DDバッジを取り出し、押した。

「慶子ちゃん。服を着て。逃げるんだ。時限爆弾だ。」慶子は慌てて服を着た。

 二人が逃げようと部屋を出ようとした時、中居が入って来た。

「時限爆弾ね。解除します。」と、依田と慶子に言った中居は、あつこだった。数分後、時限装置を解除した。懐からガラケーを取り出し、「時限爆弾でした。解除しました。処分お願いします。」と、どこかへ連絡した。「そのガラケー。」

「そう、通称大文字システム。なるべくスマホを使わないように、って言われているの。盗聴防止に。依田さん、慶子さん、良かったわね。それとなく見守っていたの。後はEITOから処分しに来るわ。地元の警察が絡むと、何故依田さん達が狙われたか問題になるからね。」

 午後8時。黄金ホテル大阪。

 南部夫妻と大文字夫妻、大文字綾子が南部の部屋に集まっていた。「離婚?いい加減にしなさい。総子ちゃん、あんたが絶対に間違っている。」と、綾子は説教した。

「さっき、依田達が危うく時限爆弾で吹き飛ばされてしまう所だった、と連絡が来た。このホテルだって、安心は出来ない。総子。お前をEITOの準隊員にしたのは。大阪方面を守らせる為だ。調査員をする傍ら、『正義の味方』」を貫くんだ。私たちと合流するかどうかは事件による。正式に南部さんの妻になったんだから、南部さんに従え!夫を悲しませるような行動は、慎め!」

「伝子。私の部屋をお仕置き部屋に使いなさい。」「お義母さん、いくら何でもそれは・・・。」

 3人の説諭に、南部は「皆さん、ありがとうございます。総子。分かったな。じゃ、本来の仕事をします。」

 高遠と伝子、そして、綾子は南部の部屋を出た。「貴女たちも『本来の仕事』に励みなさい。子作りよ、婿殿。」

 翌日未明。

 泥のように眠っていた高遠達は、けたたましい非常ベルの音に目が覚めた。

「別館の方で火事が発生しました。新館のお客様は部屋で待機願います。」というアナウンスが館内に流れた。

 伝子と総子は別館に走った。途中にあった、消火器を持って。「総子。避難誘導を頼む。」「分かった。」

 別館に着くと、煙が充満しつつあった。消防車はまだのようだった。

「先輩。放火です。」と、金森が近寄って来た。「スプリンクラーが何故か作動しません。」「金森。ブーメランを持っているか?」「はい、ここに。」「スプリンクラーの横に投げてみろ。」「はい。」金森は言われた通り、投げてみたが、無反応のまま返って来た。それを掴んで伝子が投げる。返って来たブーメランを金森が投げる。また返って来たブーメランを伝子が投げる。数回繰り返す内、スプリンクラーの先頭部分が内側に外れ、スプリンクラーから水が噴出した。

 近くで見守っていた従業員に伝子は、「他の場所は?」と怒鳴った。「ご案内します。」と、従業員が怒鳴り返した。

 3人が、別のスプリンクラーの場所に移動した。今度はスムーズにスプリンクラーは水を噴出した。消防車が到着した。

「もう、新館には戻れません。本館の方から出ましょう。」そう言って、従業員は伝子と金森を誘導した。本館の裏口から出ると、他に誰もいなかった。

「ブーメランで、この拳銃が落とせるかな?」と、従業員は笑った。

「マッチポンプとは、よく言ったものだ。責任者クラスならともかく、スプリンクラーの場所をすんなり、煙の中を案内出来るのは不思議だったよ。あっぱれだ。」

「天下の大文字伝子に褒められるとは光栄だね。」その時、どこからかメダルが飛んできて、従業員の拳銃が跳ね飛ばされた。従業員は痛さに顔をしかめ、前屈みになった。

 金森が、すかさずハイキックを見舞った。

「総子、よくやった。」「流石、大阪支部やろ?これで、正隊員かな?」「まだポイント1だな。」金森は笑って、従業員を抱え上げて、走って去った。

 翌日午前7時。

 別館は、漸く鎮火した。本館ロビーで待機していた伝子に支配人が挨拶に来た。

「南部様。いつもお世話になっております。お尋ねの従業員ですが、当社の者ではありませんでした。従業員用の法被が紛失しております。また、今警察が調べていますが、防水設備に手を加えられたようです。大文字様、ご無事で何よりでした。EITOから連絡がありましたので、火事は事故として内々で処理致します。お泊まりの皆様にはモーニングバイキングをスペシャルメニューにしましたが、大文字様ご一行には、お部屋にロイヤルメニューをご用意致しました。どうぞ、お部屋にお戻り下さい。」と支配人は言った。

 伝子達が、部屋に戻ると、間違いなくロイヤルメニューだった。「朝からステーキか。食べたら、子作りだな、学。」

「体、持ちませんよ、伝子。あ、理事官が、万一の用意をしていて良かった、と言っていました。総子ちゃんのことは、ポイント1でいい、と笑っていました。」と高遠は報告した。

 午後1時。関西空港。

 ロビーで、高遠夫妻と大文字綾子を江角夫妻が見送りに来ていた。「なぎさは、方面本部に顔を出して、放火犯の事を聞き出すと言っていた。ありがとう、叔父さん叔母さん。」「総子達、紀勢本線で南紀白浜に向かうって言ってたけど、大丈夫かしら?時限爆弾。」「多分、大丈夫よ。」伝子と真紀子の会話に割って入って綾子が言った。「大丈夫よ、総子ちゃんは『正義の味方』だから。」

 江角徹が大きな声で笑い、皆も釣られて笑った。高遠と伝子は出発ロビーに向かい、江角夫妻と綾子は見送りロビーを後にした。

 午後2時半。羽田空港。

 福本と祥子が迎えに来ていた。「お帰りなさい、先輩。」二人は口々に言った。

 伝子と高遠は、火事のことを二人に話した。「油断出来ないな。」と伝子は呟いた。

 駐車場に行くと、何やら騒がしい。

 車の所に行くと、空港署の刑事が近寄って来た。「何かあったんですか?」と高遠が尋ねると、「空港署の前畑警部補です。今、自動車泥棒未遂犯人を逮捕したばかりです。自動車荒らしをした恐れがありますので、警備員の協力を得て、帰宅されるドライバーに確認をとっています。何か盗られたものはありませんか?」と応えた。

 福本が、自分の運転した車に異常がないかどうか調べて、祥子が搬送して来た伝子の車の車内をチェックした。二人が首を振ると、「そうですか。では、気をつけてお帰り下さい。」そう言って、離れて行った。そして、車に乗ろうとする、他のドライバーにも職務質問をしていた。

 伝子達が車に乗り込もうとすると、先日助っ人に来た、陸自の大町と田坂が、2代の車に滑り込むように乗った。「大文字さん。こんなものが・・・。」と大町が差し出したものは盗聴器だった。福本の車でも田坂が盗聴器を見付けた。

「ふむ。ご苦労様。出発しよう。」と伝子が号令をかけた。

 午後1時。伊勢神宮。

 依田と慶子とあつこは、白浜から、電車を乗り継いで、『お伊勢参り』に来ていた。

「まさか、伊勢神宮でも事件、起きないだろうな。」「そんな不吉なことは言わない方がいいわよ。」と慶子は依田に言った。

「もう表立って警護するから、大丈夫よ。」と、あつこは言った。

 参拝して、鳥居をくぐって、火除橋に戻って来た時に、あつこは言った。「どうやら待っていてくれたようね。」あつこは依田達を観光客の方に下がらせた。

 敵は忍者の格好をしていたが、本気だ。あつこはトンファーを出し、応戦した。倒しても倒しても、忍者は増えてくる。観光客は知らない、命を狙われていることを。忍者達が装備している短剣も刀も本物だ。あつこが倒されそうになった時、手裏剣が飛んできた。

「助太刀致す」と登場したのは天童だった。違う衣装の忍者も現れた。忍者ショーの事故という名目で葬り去ろうとした、敵の目論見は崩れた。気迫の違いで、天童達が勝ち、忍者姿で襲って来た者達は、その場で頽れた。天童は長波ホイッスルを吹き、走り去った。あつこはDDバッジを押した。

 あつこ達が車に戻ると、一人の男がいた。「筒井さん?」とあつこが驚いて言った。

「勾玉池の向こうの上空に、オスプレイを待機させてある。依田君達は、今後も狙われる可能性があるから、オスプレイで移動だ。宿の荷物や切符のキャンセルは警視、頼むぜ。行こう。」筒井は依田と慶子を伴って、走った。

 一方、忍者に扮した敵は、ジープでやって来た久保田管理官が、「ショーは終わりました。整然とお帰り下さい。」と観光客を遠ざけ、ジープでやって来た警察官達が、後からやって来たトラックに次々に敵忍者を放り込んだ。

 久保田管理官は、部下と交通整理をしてから、退去した。

 午後3時。南紀白浜空港。

 また、夫婦喧嘩が始まった。「大丈夫かな?」「大丈夫や。ウチは準隊員やで。」「そやから、大丈夫かな?って言うてんねん。依田さん達は時限爆弾仕掛けられたそうやぞ。」

「同じ罠仕掛けられてたら、アホやで。」と、二人は、空港を出て、タクシーを探した。タクシーは、依田達が泊まったホテルには行かなかった。

 午後3時半。

 羽田空港を出て、高速道路を福本の車と伝子の車は走っていた。ほぼ東京都に入った頃、伝子の車は福本の車と別れた。

 暫くして、あおり運転の車が現れた。いや、銃で撃ってきた。伝子は、総子から貰ったメダルを撃って来る相手にぶつけた。高遠がDDバッジを押し、長波ホイッスルを吹いた。遠くから白バイがサイレンを鳴らしてやって来た。撃ってきた車は、白バイに駐められた。パトカーもサイレンを鳴らしてやって来た。

「ちょっと、からかっただけだよ。」という犯人に。「お巡りさん。ドラレコの代わりに10台カメラ回したけど、証拠になりますか?」と高遠が言った。「勿論よ。」と、早乙女はウインクして応えた。

 午後5時。伝子のマンション。

「誘拐されたみたいだ、大文字。」開口1番、物部が言った。「誰が?」「総子ちゃん。」と栞が応えた。物部と栞は、高遠と伝子の代わりに、連絡係をしていた。

「依田達は予想通り、伊勢神宮で襲われたが、天童さんと東栄映画のエキストラチームに救出された。オスプレイで東京に戻る予定だ。で、南部さん達が、やって来ない、とホテルから連絡があった。」「分かった。福本達は帰宅させた、護衛付きで。物部達も帰宅してくれ。」伝子は田坂に目で合図した。

 物部夫妻は帰って行った。

「どうする、伝子、アンバサダー。」と、高遠は妻に尋ねた。

「犯人は連絡してくる。増田と金森の出番だ。」伝子はEITOベース用のPCを起動した。草薙が画面に出た。「アンバサダー。物部さんから、EITOが回収した盗聴器受け取ってくれました?」高遠が台所の5台の盗聴器を画面の前に持って来た。

「これですよね。」と、高遠が尋ねた。

「そうです。私のDDバッジですが、今は総子が持っています。エリア、特定出来ますか?その内、誘拐犯人から連絡があるでしょうけれど。」

 伝子が草薙に依頼したその時、伝子のスマホが鳴った。草薙は頷いて、通信を切った。」

「大文字伝子だな。」「やはり、空港署のお巡りさんでしたか。」「お前の従妹と旦那は預かっている。無傷で返す方法が一つある。」「何だ?」「今回を含めて、我々の計画を邪魔しないことだ。」「断る。それに、計画でなくて計略だろ?」

「分かった、交渉決裂だな。明日、午前10時。ここに来い。」「ここ?どこだ、そこは?」「南紀白浜。」「白浜のどこだ?パンダのいる所か?」「どうせ、お前らはどうにかして場所を突き止める。この二人の命と、お前の命が交換だ。金は要らないから用立てる時間も要らない。」

 電話は切れた。

「ある意味、今までで一番手強い相手だな。」「イクサの前のメシはいかが?」隣の藤井は、沢山のおにぎりとおかずを運んで来た。」「いつから?」と、高遠が尋ねると、「さっきからずっと。玄関開けっぱなしだったわよ、高遠さん。」と、藤井は笑った。

 午後7時。

 一緒におにぎりを食べながら、伝子は事件の概要を話した。藤井は黙って聞いていた。覚悟して臨む武士を送り出す家族のようだった。伝子は、母親の綾子を叔父夫婦に預けてきて良かった、と思った。

 翌日10時。白浜。

 増田と金森は張り込みをしていた。草薙が特定したエリアは別荘地エリアで、今無人なのは、1軒だけだった。前畑と名乗った男は、南部と総子を連れて出てきた。部下は10人ほどだった。

 伝子がオスプレイから縄梯子で降りて来た。素顔だった。

「今日はワンダーウーマンじゃないのか?」「既にノーメイク、見ているじゃないか。女のノーメイクは全裸も同じだ。スケベ。」「妙な理屈だな。槍術をやったことはあるか?」「得意じゃないんだが、どうせ他の選択肢はないんだろ?」「その通り。」前畑の部下は、槍を伝子に渡した。

 伝子は一旦、槍を増田に渡し、鉢巻きをし、増田から槍を受け取った。

 死闘は2時間半続いた。強い。伝子は初めて戦慄を覚えた。相手の息が乱れないのだ。

 南部が声を上げた。

「大文字さん。この前教えた呼吸法や。ゆっくり、やってみるんや。あんたなら出来る。あんたの素質は天童から聞いている。」

 勝負は一瞬だった。前畑は膝を突いた。「1本。それまで!」と南部は叫んだ。

 10人の部下は、大人しく、正座した。警察のジープが数台やって来た。次々と警察官は逮捕連行していった。「待ってくれ。」と、伝子は連行される前畑に言った。

「俺の名前は前畑真之介。あんたらが言う『死の商人』の一人だ。負けた腹いせに言わないのも選択肢だが、いいだろう。どうで、俺はがんで、長くはないんだ。教えてやるよ。『ギャンブル』。そのキーワードしか知らない。後はあんたなら何とか出来るさ。うっ!!」前畑は目のめりに倒れた。吐血をした。やって来た、あつこが救急車を呼んだ。

 南部は前畑の脈を取り、伝子に首を振った。

 南部夫妻と伝子と高遠は、あつこ、増田、金森と共にオスプレイに乗り込んだ。

 福本邸。

「祥子。終わった。松下達や東山さんに連絡をしてくれ。」「良かったな、英二。」と、福本の叔父の日出夫が言い、「良かったわ、明日はサチコを散歩に連れて行けるわね。」と、福本の母の明子が、犬のサチコの頭を撫でた。

 物部のマンション。

「高遠からだ。終わったってよ。俺たちの新婚旅行に間に合ったな。」と、物部は栞に言った。

 池上病院。南原の病室。

「南原さん。高遠さんから連絡が来ました。終わったそうです。帰りに、ここに寄るそうです。」「やっぱり、先輩は無敵ですね。」「先輩は無敵です。」「良かったね、お兄ちゃん。」廊下に通りがかった、院長の池上葉子の姿があった。3人の様子を見て、微笑んで去って行った。

 久保田邸。

 久保田警部補が電話を受けて、胸をなで下ろしていた。

 愛宕邸。

 みちるが、避難していた山城と服部に泣きながら報告をしていた。

 大阪。江角家。

 なぎさが江角夫妻と綾子に報告をし、帰り支度をした。「じゃ、帰ります。」「気を付けてね。あ。これ。総子から預かっていたの。」と、真紀子は、なぎさに『ビリケンさん』のストラップを渡した。

 東京。依田のアパート。引っ越し準備をしている慶子に依田が電話の内容を報告した。手伝っている、大家の森に慶子は抱きついた。

 伝子のマンション。青木とひかるにLinenを送った高遠は、大きなあくびをし、入って来た藤井に笑われた。

 モール。喫茶店アテロゴ。倉庫の整理をしている辰巳に、編集長山村がスマホの画面を見せている。

 EITOベース。理事官、草薙たちがジュースで乾杯をしている。

 丸髷署。青木警部補達の前で署長が乾杯の音頭を取っている。

 オスプレイの中。総子が『今は・・・』と突然歌いだした。

 伝子も途中から唱和した。

 ―完―


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