第16話: 影を落とす存在

その日、学校に少し異様な空気が流れた。噂が広がるのはあっという間で、休み時間にはどの教室でも一つの話題が飛び交っていた。


「草野よもぎが、出席停止から戻ってくるらしいよ。」


草野よもぎ――隣のクラスに所属する、不良として有名な生徒だ。短気でトラブルを起こすことが多く、問題児として何度も学校を騒がせていた。しかし、しばらく前に大きな事件を起こし、学校から出席停止処分を受けていた。その彼が、今日から再び登校するというのだ。


シノンのクラスでもその噂は広がり、教室内はざわついていた。シノンはその話を耳にしながら、隣のクラスの動向が気になっていたが、くるみのことを考えると、不安がさらに膨らんでいった。彼女がまだ完全に落ち着いていない状況で、よもぎのような存在が再び学校に戻ってくることで、何か悪い影響が及ばないか心配だった。


授業が始まる前、廊下に足音が響き渡る。その音が教室に近づくにつれ、シノンはドアの方に目を向けた。ドアが開くと、そこに立っていたのは、草野よもぎだった。


彼は身長が高く、短い黒髪にピアスをしていて、制服の着こなしも乱れていた。その鋭い目つきと冷たい表情が、彼の内面を物語っているようだった。教室内が一瞬静まり返り、誰もが彼の動向を見守っていた。


「よう、久しぶりだな。」よもぎは軽く笑いながら、教室に足を踏み入れた。


誰も彼に声をかけることなく、よもぎはそのまま隣のクラスへと向かっていった。彼の姿が見えなくなると、クラスメートたちは小声でざわつき始めた。


「本当に戻ってきたんだ…」「また何か起こすんじゃないか?」といった声が飛び交い、教室の雰囲気は一気に緊張感を帯びていた。


その時、シノンは隣に座るくるみの顔をちらりと見た。くるみは少し不安そうな表情を浮かべていたが、視線をそらさずに前を向いていた。彼女もまた、よもぎの存在に不安を感じているのだろう。


「大丈夫か、くるみ?」シノンは静かに声をかけた。


くるみは微かに頷き、小さな声で答えた。「うん…ただ、少し驚いただけ。でも、気にしないようにする。」


シノンは彼女の強さに少し感心しつつも、内心で彼女の安全を気にかけていた。よもぎが何か問題を起こさないことを願いつつ、彼はクラスメートたちが再び平常心を取り戻すのを待った。


授業が始まり、時間が経つにつれて教室の緊張感は少しずつ和らいでいった。しかし、シノンの胸にはまだ不安が残っていた。よもぎが再び学校に戻ってきたことで、これから何が起こるのか分からない。彼は心の中で、くるみを守るために何ができるかを考え続けていた。


昼休みになると、教室の外で再びざわめきが起こった。どうやらよもぎがクラスを出てきたようで、廊下で誰かと話している様子だった。その声が、シノンの耳にも届いた。


「おい、お前ら、ちょっとこっちに来いよ。」よもぎの声は低く、威圧的だった。


シノンはその声を聞いて立ち上がり、廊下に向かおうとしたが、そこでくるみが彼の袖を引いた。「シノン、やめて。あまり関わらない方がいいわ。」


くるみの言葉にシノンは一瞬立ち止まり、彼女の心配そうな表情を見つめた。彼女の言う通り、今は無理に介入しない方がいいかもしれない。シノンは深呼吸をし、くるみの手を軽く握り返した。


「分かった。」シノンは静かに言った。


くるみは安心したように微笑み、シノンの言葉に頷いた。二人はその場で廊下の騒ぎを見守ることしかできなかった。


よもぎの存在が学校に戻ってきたことで、これまでの平穏が崩れる予感がした。シノンは、くるみや他のクラスメートたちを守るために、これからも目を光らせ続ける決意を固めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る