第12話: 偽物の登校
夏の朝、シノンは教室の窓際に座りながら、外の景色をぼんやりと眺めていた。蝉の声が響く中、彼の頭にはくるみのことが浮かんでいた。くるみがこの世界で抱える苦しみ、そして彼女の不安定な状態を思うと、心配が消えなかった。
クラスメートたちがいつものように教室で騒がしくしている中、シノンは窓の外に視線を向け続けていた。それでもくるみが一人で苦しんでいることが気にかかり、授業も頭に入らなかった。
すると、教室のドアが開き、視線を向けた瞬間、シノンは驚きで息を呑んだ。そこには、久しぶりに学校へ登校してきたくるみが立っていた。
「くるみ…」シノンは思わずその名前を口にした。
教室内が一瞬静まり返り、みんなが彼女に注目した。くるみは以前と変わらない表情をしていたが、シノンにはその背後に何か違和感が感じられた。彼女は少し無理をしているように見えた。
「おはよう、みんな。」くるみは小さな声で挨拶し、空いている席に向かって歩き始めた。クラスメートたちもその瞬間にざわつき始め、誰かがくるみに声をかけようとしたが、シノンはそれを制するように軽く手を挙げた。
「くるみ、こっちに来ないか?」シノンは彼女に優しく声をかけた。
くるみは一瞬立ち止まり、シノンの方を見つめた。彼女の目には微かな疲労の色が浮かんでいたが、彼女は静かに頷き、シノンの隣の席に座った。
「久しぶりだな…大丈夫か?」シノンは彼女に小声で尋ねた。
「うん、少しずつだけどね。前の私のやっていたようにしようと思うの。でも…やっぱり、ここにいるのが少し怖い。」くるみは苦笑いを浮かべながら、そっと答えた。
シノンは彼女の気持ちを察し、優しく言葉を返した。「無理はするなよ。俺がいるから、何かあったらすぐに言ってくれ。」
くるみはその言葉に安堵したようで、小さく微笑んだ。「ありがとう、シノン。本当に…感謝してる。」
授業が始まり、教室内は再び静かな空気に包まれた。シノンは教科書を広げながらも、隣に座るくるみの様子を時折気にしていた。彼女がここに戻ってきたこと、それだけでも大きな一歩だと思ったが、彼女が無理をしていないか心配だった。
昼休みが訪れると、クラスメートたちがくるみに話しかけ始めた。みんな彼女が久しぶりに登校してきたことに驚きながらも、暖かく迎え入れていた。くるみは笑顔で応じていたが、シノンにはその笑顔の奥に潜む不安が見え隠れしているように感じられた。
昼食を取り終えた頃、シノンはくるみを屋上へと誘った。二人きりで話せる場所が必要だと思ったからだ。屋上に上がると、夏の強い日差しが降り注いでいたが、風が心地よく吹いていた。
「ここ、ちょっと暑いけど、気持ちいいな。」シノンは笑顔で言いながら、くるみを屋上のベンチに誘った。
「そうね…風が気持ちいい。」くるみは目を閉じて風を感じ、少しだけ表情を緩めた。
「無理して学校に来たんじゃないかって心配してたんだ。でも、戻ってきてくれて嬉しいよ。」シノンは素直な気持ちを伝えた。
くるみは少しの間、言葉を探すように沈黙した後、静かに話し始めた。「少し無理してるかもしれない。でも、ここにいないと…前の自分からどんどん遠ざかってしまう気がして怖かったの。」
シノンは彼女の言葉に深く頷き、彼女の手をそっと握った。「君がどこにいても、俺は君のそばにいるよ。だから、無理しなくても大丈夫だ。」
くるみはその言葉に安堵したように微笑んだ。「…………ありがとう、シノン。本当に…ありがとう。」
二人はしばらくの間、屋上で過ごしながら、ゆっくりとした時間を共有した。シノンはくるみが少しでも心の安定を取り戻せるように、彼女のそばで支え続ける決意を新たにした。
夏の風が心地よく吹き抜ける中、二人の絆は静かに、しかし確実に強まっていった。
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