第11話 やりたくても、できないんだ

――曰く。

 ダンスジャンク――通称ダンジャン――を主催するアワジは、ダンサーのエンターテイメント能力を何よりも重視する。それは即ち、どのような条件下であっても観衆を楽しませられるかという事だ。

 故にダンジャンで使用される楽曲もダンスもオールジャンル。どんな曲が流れようとそれに合ったパフォーマンスができるダンサーをこそ高く評価しようというのである。


 そんなアワジの考えの元、ダンジャンにはある珍しいルールが設けられた。

 それはバトル構成についてのルールである。


 拓実に馴染みのあるバトルでは、Aチームの一人目が踊ったら次はBチームの一人目、それからAチームの二人目、Bチームの二人目というように、順に全ダンサーが出るというのが一般的だったのだが、ダンスジャンクでは、この「全ダンサーが出る」という縛りがないという。


 とにかく会場を沸かせた者が正義というのがコンセプトであり、その為にはバトルの構成も各チーム自由にやって良しという事らしい。例えば全ターン全て同じダンサーが出て、バリエーションを見せ付けても良し。また、誰か一人を温存してリーサルウェポンとするも良し。とにかくその結果、会場が盛り上がれば良いのだと。


「でも決勝では、必ずダンサー全員が出るってのが決まりなんだって。だからタックは決勝の一曲だけ踊ってくれればオッケーってわけ。ね、それなら問題なくね?」

 春親はずいと拓実に近付き言い募る。


「俺、絶対タックと出たい。だってあんた程のダンサーなんて見た事ない……あんたの打ち立てた連続優勝三十回って大記録も、まだ破られてないんだよ。ねぇタック、お願いだって。俺あんたと……絶対王者と組みてぇの」

「――っ」


――絶対王者。


 久々に耳にしたそのフレーズに、拓実の脳裏に当時の記憶が一層強く閃いた。

 熱狂渦巻くバトルフィールド。

 鼓膜を揺るがすダンスミュージック。

 腕に覚えのあるダンサー達が大勢集い、挑発し合ってギラついて……しかし一度バトルが終われば握手を交わしリスペクトを伝え合う、あのなんとも特別な空間。


 その中で、拓実はいつも中心に居た。

 他の参加者とは一線を画す存在だった。

 如何なる大会においても誰より熱狂を生み出していたのが、絶対王者の『タック』だったのである。


 春親の熱意に当てられたように、清史もまたグッと拳を握って言う。

「あぁそうだわ、そのルールがありゃ一曲踊れりゃ出場できる……なぁタック、こんな機会またと無ぇよ。あんたにとっても俺らにとっても……つか、俺らも切羽詰まってんだわ。エントリー期限は明日までだから」

「えっ……明日まで⁉ って、滅茶苦茶にヤバイじゃないか!」

 素っ頓狂に言う拓実に、春親はマイペースに「そうなんだよね」と頷いた。

「だからこのやばい事態にタックと再会できたのは、どう考えても運命なんだよ。つかこうなると、俺がずっと三人目を選べなかったのもこの為だったとしか思えねぇわ。ねぇ、タックだってまたバトルに出たいっしょ? なら俺らと組んでダンジャン出ようよ!」

「ああ、俺らの事助けると思って……頼む!」


 二人の若者は真剣に、真摯に訴え掛けてきた。その熱量と、ダンスジャンクなる大会の思い掛けないルールによって、拓実の体温はじわじわと上がっていく。

 拓実にとってダンスとは、輝かしい青春の象徴だ。それこそ絶対王者なんて異名が付く程、夢中になって打ち込んでいたのだ。音楽が好きで、それを自らの身体で表現し音の流れと一つになるのが気持ちよくて……更にバトルの緊張感は、拓実の心をこの上なく震わせてくれた。


――あの高揚を、もう一度味わえる?

――もう一度、フィールドに立って踊れるのか?


 そう考えると胸が焦げ付く。遠い昔に置いて来ざるを得なかった大切なもの、それを眼の前に差し出されたら手を伸ばさずにはいられない。例え誘ってきたのがほぼ初対面の若者達だろうと――いや、そもそも拓実は誰とでもチームを組むタイプだったので、そこには全く問題はない。


 兎にも角にも、踊りたかった。その想いが毎秒毎に膨れ上がる。踊りたい踊りたい、もう一度。そうして〝是非やらせてほしい〟という言葉が喉まで出掛かり――……だが。


「――……ごめん。やっぱり無理だ」


 拓実は首を横に振った。これに若者達は驚愕する。

「は、なんで⁉ 膝の事なら――」

「うん、そこはカバーできるかもしれないけど……仕事が、な」


 拓実はそう苦笑した。


 もしバトルに参加するならば――それもこの大会によってプロへの道を切り拓きたいとまで考えているダンサーのチームに入るなら、足を引っ張るわけには絶対にいかない。拓実も入念な準備をして臨まなければ。体力作りをして、踊り込んで、振り付けのアイディアを磨き直して……そうでなければ到底参加に値しない。


 だが、それにはかなりの時間が必要になるだろう。今の拓実の生活では、その時間を捻出できるとは思えない。狩谷が残業する限り拓実も付き合わなければならないし、狩谷の飲みの誘いだって断れない……冷静に考えたら、今の自分にはダンスに割ける時間なんて無かったのだ。


「仕事って……少しくらい融通利かねぇの?」

 春親は尚も納得がいかないという様子で食い下がる。そんな彼を清史が諫める。

「おい、無茶言うな。さすがに仕事に口出すわけにいかねぇだろ」

「でも――」

「うん、ごめんな」

 拓実は春親の言葉を遮ってもう一度謝罪した。そして財布から、スタジオ利用時間超過分として千円札を三枚程抜き取り、フロアに置く。すると清史が眉根を寄せ。


「や、金いらないって……つか、これじゃもらい過ぎだって」

「じゃぁ取っておいてよ。余った分は次回のスタジオ代の足しにでもしてくれればいいから。俺は大会には出れないけど、キミらが俺を覚えててくれた事も、チームに誘ってくれた事も嬉しかった。だから、こんな形で野暮だけど、応援させて」


 そう言って腰を上げる。これ以上留まっても、変に期待させるだけだ。ならば早々に立ち去った方がいい。

 すると春親が掠れる声で「タック」と呼んだ。其処には置き去りにされる子犬のような切なさがあり、ぎゅっと胸が締め付けられたが――こればっかりはどうしようもない。だって拓実は、もう学生じゃないのだから。


「それじゃぁ、いいメンバーが見付かるよう祈ってるよ」


 拓実は笑って手を振ると、二人分の悲しげな視線を振り切ってスタジオを後にした。

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