第9話 お誘いは嬉しいけれど。

「んじゃ改めて……俺は海堂清史。で、こっちで白目剥いてんのが鳥羽春親ス」


 リノリウムの床に胡坐を組んで向かい合うと、ドレッド男子はまず自らと金髪男子の名前を告げた。それに拓実も「あっ、砂川拓実です」と頭を下げる。その律儀さが可笑しかったのか清史はフッと笑い、それから表情を引き締めて、話とやらを開始した。


「俺ら二人、ガキの頃からダンスやってて。初めてのバトルではあんたにボコボコにされたけど、以降は物凄い練習して、バトルにもガンガン参加して……今じゃ結構いい線いってる。最近の都内の大会は粗方優勝したし、界隈じゃそれなりに名前も通ってる」

「へぇ、それはすごいなぁ!」


 拓実は素直に感心した。そう言えば昔彼らと対戦した時、まだ子供だというのにその実力に驚かされたような気がする。それから彼らは研鑽を積み、見事実力あるダンサーとなったのだ。そう考えると感慨深く、拓実は称賛の言葉を並べるが、清史はひらりと手を振った。栄光の歴史を語っているというのに、彼はそれを鼻にかけるつもりがないらしい。


 こういう場合、積み重ねて来たものに興味がないか、更に高みを目指しているかのどちらかだが、清史の場合は後者であった。彼は瞳の奥をギラつかせながら話を続ける。


「ンで俺ら今二十一なんスけど、ダンスで食ってく道ってのを真剣に考え出してて。そしたら最近、いい話を聞いたんスわ。二か月後……七月に、AWAZY(アワジ)が主催するダンスバトルの大会があるって」

「アワジ――……って、あの⁉」


 その名前に拓実も思わず身を乗り出した。それはダンスをたしなむ者なら誰もが知る、海外有名アーティストのバックダンサーも務めた、超実力派の日本人ダンサーだ。

 少し前に帰国して、今ではダンススクールの経営やアーティストへの振り付け等、後進の育成に勤しんでいるというが……その彼が主催する大会があるだって? スケールの大きな話に、ぽかんと口を開けてしまう拓実である。


「アワジは有望だと思った奴はどんどん上に引き上げる。ストリートからスカウトされてプロになった奴だっている。今回の大会も、そういう才能発掘の為にやるモンらしいス。そこで目に留まれば、アワジのスクールの特別クラスに所属できんだって」

「えぇ、ってつまりは……プロへの道が確約されたも同然じゃないか……!」

「そういう事」


 清史はニッと笑って頷いた。


「まぁ、プロ目指すんなら他にもオーディション受けるとかやりようはあるんスけど、俺らはずっとバトルでやってきたから、バトルで道を拓くのが理想的で。だからこの大会には何がなんでも出場したい……けど、一つ問題があるんスわ。実はこの大会のエントリー条件が三人一組で――」

「あ、無理だぞ」

 拓実は清史の言葉を遮ってそう告げた。その先に続く言葉が予想できた瞬間に、すかさずに言い放つ。


「もしキミの話が、俺に三人目のメンバーになれって事なら絶対無理だ。悪いけど他を当たってくれ」

「って、なんでだよ! いくらなんでも断んの早すぎねぇ⁉」


 拓実のきっぱりとした拒絶の言葉に清史はすぐさま突っ込んだ。その勢いに敬語が剥がれ落ちてしまったが、口調が砕けてしまっているのはこちらも同じだ。故にそこは気にしない事として……拓実は自らの足へ視線を落とす。

「早すぎるって言っても、仕方ないんだ。検討の余地がないっていうか」

「っ、だからなんで――」

「実は俺、君らとバトルしてすぐにな、膝を壊しちゃったんだ」

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