第7話 ミレイの仕事

「はあ……マナミ、大丈夫かしら?」


 町から離れ、森に向かう道すがら。ミレイは溜息と共に、残してきたマナミのことを考えていた。


 ミレイにとって、マナミはまだ出会ったばかりの赤の他人だ。

 ここまで気にかける義理はないし、そもそも子供相手とはいえ見知らぬ相手を宿に残して外出するなど不用心にも程がある。


 しかし、そんな常識を持ちながらも、見捨てることは出来なかった。


(どうしても、あの子のことを思い出すのよね……アイナ……)


 ミレイは元々、とある名家の出だった。

 当時から、優秀な魔法スキルを持って生まれたことで将来を嘱望されていたのだが……一方で、ミレイの妹だったアイナにはスキルが備わっておらず、両親から酷く迫害されていたのだ。


 そんな現状が嫌で、何度も親に反抗しようとしたのだが……当時十三歳だったミレイには、親の意見を押し退けて妹を守り通すほどの力も気概もなかった。


 その結果、アイナは僅か十二歳で自ら命を断ってしまったのだ。


 そのことを、ミレイは今も後悔している。

 家を飛び出し、何者でもないただの“ミレイ”として冒険者活動をしているのも、それが理由だった。


(バカな話よね、マナミとアイナは似ても似つかないのに……ただ同年代の子供だからって理由で面影を重ねて、守ってあげたいだなんて。こんなことしても、贖罪になんてならないのに)


 内心で自嘲しながら、それでも、とミレイは拳を握り締める。


 切っ掛けは、情けない理由かもしれない。

 それでも、もう関わってしまったのだ。


 町を見ただけで瞳を輝かせ、サンドイッチを口にした時は涙さえ流した、素直で愛らしいあの子供に。


(物腰は丁寧なのに常識知らずで、親の愛情も知らない様子なのに人の悪意に鈍感で……有用なスキルをいくつも持ってる。あんな子を放っておいたら、確実に悪い大人の食い物にされるわ。それだけは避けないと)


 マナミが自分に対して遠慮していることは知っているが、もうミレイは意地でも保護して育ててやると決意を固めていた。


(そのためにも、この仕事は絶対に成功させないと!)


「おーい、ミレイ、遅れてんぞ」


「ごめん、すぐ行くわ」


 仲間の男冒険者に声をかけられ、ミレイはすぐに駆け寄る。


 今日、ミレイは臨時のパーティを組んで依頼を受けていた。


 内容は、ゴブリンが大量発生している森の調査、そして原因の一つであるキングゴブリンの討伐だ。


 ゴブリンが街道まで溢れかえっている理由は、キングゴブリンの出現が原因で間違いない。

 しかし、発生しても森の奥地で活動するはずのキングが、こんな町の近くにまで降りてきていることには、何か別の理由があるはずだ。冒険者ギルドは、そう考えている。


 故に、喫緊の課題であるキングゴブリンの討伐に加え、“真の原因”の調査までが今回の仕事だ。


 間違いなく、危険は大きい。しかしその分、見返りも大きなものとなっている。


 家を捨てた浮浪者同然の冒険者が子供を育てようなどと考えるなら、これくらいはこなさなければ話にもならない。


(大丈夫、今回のパーティメンバーはみんなベテランだっていうし、スターツの町を中心に活動しているそうだから土地勘もある。問題ないわ)


 ミレイ一人でも、キングゴブリンなら一対一で勝てるのだ。

 その上で、今は仲間が三人いる。

 前衛剣士の男二人と、斥候役の女性一人、加えて魔導士の自分がいれば、大抵の脅威は退けられるだろう。


 そんな自信を胸に、森に入った四人のパーティは、比較的すぐにゴブリンの群れと、それを率いるキングゴブリンに遭遇した。


「カバー頼む!」


「ああ、任せとけ! 」


「二人とも、キングにばかり気を取られないでよ!」


 実際に戦闘を始めてみると、ミレイ以外の三人は見事な連携で互いの死角をカバーし合い、ゴブリンの群れに対処していた。


 臨時参加のミレイとしては、果たして自分は必要だったのかと少し首を傾げるところだ。


「まあ、報酬を分けて貰うんだから、その分の仕事はしないとね……!! 三人とも、離れて!!」


 仲間にカバーして貰いながら作って貰った時間で、十分に魔力は練り上げた。


 後は殲滅するだけだと杖を掲げるミレイに反応し、仲間達が距離を取る。


「《サンダーレイン》!!」


 ミレイの杖から放たれた黄金の輝きが空に昇り、無数の雷槍となって降り注ぐ。


 自身を中心として、周囲一帯を薙ぎ払うこの魔法により、ゴブリン達はそのほとんどが打ち倒された。


「よし、ナイス!!」


「後はキングだけだな!!」


 配下の過半を失い、形勢は完全にミレイ達へ傾いた。


 キングもそれを自覚しているのか、やや逃げ腰になっており……後は倒すだけというところ。


 しかしそこで、キングの挙動が変わった。

 何かを警戒するように、周囲を見渡し始めたのだ。


「……一体、何?」


 ミレイ達も空気の変化を感じ取り、身を寄せあって警戒心を高めていく。


 ピリピリとした空気の中、キングゴブリンも、ミレイ達も何もせず、ただじっと息を潜める。


 その時──森の中に、獣の咆哮が響き渡った。


『オォォォォォン!!』


「っ……!! みんな、伏せて!!」


 ミレイの絶叫とほぼ同時に、視界の全てを黄金の光が埋め尽くす。


 ミレイと同じ、雷の魔法。しかしその威力に天地の差があることは、誰の目から見ても明らかだった。


 森の木々が炎を上げる暇もなく灰となり、空気さえも焼け焦げて刺激臭が漂う。


 大地に着弾した雷閃が爆発し、その中心にいたキングゴブリンが消し飛んだ。


 衝撃によって、離れた場所にいたミレイ達すら耐えきれずに吹き飛び、周囲の地面や無事だった木々に叩き付けられる。


 そんなミレイ達の前に、一体のモンスターが現れた。


『グルルルル……』


「ひっ……!!」


 誰の声か、引き攣った悲鳴が漏れる。


 そこにいたのは、黄金の獅子だった。

 雷を操り、万物を焼き滅ぼす災厄の化身。


 雷獅子、ライガルガ。危険度Sランクの化け物だ。


 一対の角からバチバチと雷光を走らせるライガルガに睨まれ、誰も動けない。息をすることも出来ない。


 襲われれば、全滅だ。


 誰もがそう確信する中、ライガルガは静かに唸り声を上げ……そのまま、森の奥へと去っていった。


「……ふぅ」


 緊張から解放され、ミレイは息を吐く。

 助かったと、そう思いながら体を起こそうとして……動かなかった。


「……え?」


 自身の体を見下ろして、目を見開く。


 砕け散った岩の破片が、槍のようにミレイの体に突き刺さっていたのだ。


「けほっ……!!」


「っ、ミレイ!?」


「大丈夫か!?」


「ミレイ!!」


 どうやら、ミレイ以外のメンバーは無事だったらしい。一斉に駆け寄ってくる。


 しかし、彼らがミレイの傷を見た瞬間、悲痛な表情で目を逸らした。


「これは……ダメだ、助からない……」


「なんでだよ!? ポーションは!?」


「この前使ったばかりで、補充出来てない! それに、これではポーションを使ったとしても、もう……」


「そんな……!!」


 彼らの声を聞いて、ミレイは歯を食いしばる。

 死ぬ。こんなところで。

 襲われたわけでもなく、たまたまそこにいたら巻き込まれてしまったというような事故で。


(そんなの、嫌……!!)


 自分が死んだら、マナミはどうなる。

 頼れる者など他にいない中で、一人で宿に残っているマナミを想像し……そこに妹の影が重なって、涙が溢れた。


 何とかしようと手を動かしたミレイは、自身のポーチに入ったポーションの存在を思い出す。


 通常のポーションでは助からないと、仲間達は判断した。それが間違いだとは思わない。


 それでも、ここで使わずにいつ使うのだと、ミレイは自分の判断でポーションを取り出す。


 その意思を汲んだ仲間達が、悲しげな表情で緑の液体を傷口にかけ……驚愕の声が上がる。


「なっ、傷口が……塞がっていく!?」


「ただのポーションに、ここまでの効果があるわけが……まさか、ハイポーション!?」


「ハイポーションならもっと色味が青くなるはずだ、これは間違いなく普通のポーションで……でも、この効果は……!」


 よく分からないが、どうやら自分は助かりそうだ。


(良かった……)


 それを自覚し、ミレイはそっと目を閉じるのだった。

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