第15話 TS唐変木直人2

 ワンボール。ツーストライク。空が追い込まれる。


 スリーストライクになると、アウトになる。ファウルを打てば延命できる。


 ワンボール。ツーストライクはピッチャー有利のカウント。


 ツーボール。ワンストライクはバッター有利のカウント。


 今はワンボール。ツーストライク。ピッチャーは見せ球で三振を取りにいくことのできるカウントだ。


 空は負けん気が強い。ツーストライクに追い込まれたら、意地でも打ちにいくことを雨雲忍に見抜かれていた。アウトコースギリギリの速球が投げられる。いや、速球じゃない。ちょとだけスライダーのかかった変化球がキャッチャーのミットめがけて投げこまれた。


 結果は三振。空の振ったバットが空中を斬る。


「コラッ。今のは変化球だ」


 唐変木直人が怒る。


 雨雲忍は素知らぬ顔。


「これは草野球だ。ちょっとだけストレートに変化が加わったくらい。許してくれ」


「ストレートのストライクだったら空ちゃんに打たれていた。忍ちゃんの危機管理能力の勝ちだね」


「うるさい。林。黙れ」


 大地林が横槍を入れる。白薔薇高校の代表がスライダーをストレートと言ったら、それはストレートなのだ。鶴の一声で、ストレート系の変化球は使っても大丈夫になった。フォークやナックルなど遅い球は禁止。


 1回の表。負け犬軍団はストレートとスライダーの前に三振を量産し、三者三振に倒れた。1回の裏。白薔薇高校の攻撃は初めて見る顔の先輩が打席に立つ。負け犬軍団の副リーダーがピッチャーを務め、いきなり打たれる。TS状態かつストレート縛りでは、思うように速球が投げられない。スライダーの投げ方を知らない。まあ、草野球で最初から負けるつもりだから良いのだけれども、あっという間に3人にヒットを打たれて、満塁のピンチになる。


 1回の裏。白薔薇高校の4番は大地林だった。


「ボク様ちゃんのチャンス到来ー」


 副リーダーがフォーボールになって押し出しの1点を取られないように、頑張ってストライクを取りにいく。


 バシッ。バシッ。バシッ。三球三振。100キロ前後のストライクど真ん中を、三球とも、かすりもせずにアウトになった。


「ボク様ちゃんの負けー」


「運動音痴だぁあああ!?」


「青野くん。策士は人を操って指示を出すから運動能力は必要ないのだぜ」


「すっごい弱点を発見した……」


 策士である大地林は運動ができない。スポーツ全般が苦手だった。


 なんやかんや草野球は楽しく進行した。1回に3点の先制点をゲットした白薔薇高校は勢いづき、かつ、ピッチャーの雨雲忍が130キロのストレートとスライダーを駆使して三振の山を築いた。


 9回の表。負け犬軍団の最後の攻撃。バッターのDHは飛行空。10対0と負け犬軍団は負け越していた。


「どうしても雨雲先輩からヒットを打ちたい。何か手はない? 海人」


「空は攻撃、攻撃、攻撃の攻撃重視の戦い方だからな」


 昔から空は剣道で攻撃ばかりするスタイルだった。野球でも、何としてでもヒットを打って勝ちたい、という攻撃重視のバッティング。ここは10点差がついているのでランナーをためて、コツコツと点を返す場面だ。ヒットやホームランだけではどうしようもない。


「ホームランが打ちたい」


「無理だ。雨雲先輩の球をヒットにするのは難しい。だから雑草魂だ」


「雑草魂?」


「そう。ファウルで粘ってフォーボールで出塁するんだ」


 海人は空に攻撃ではなくて守備を教えた。からめ手を教えた。草野球では10点差がついているので、もう負け試合だが。普段は強敵に勝つには、ピッチャーと野手の守備力がモノを言う。0対0のロースコアゲームから少ないチャンスで点を取り、勝つのがスモールベースボールだと教えた。


「空。攻撃ばかりが戦いじゃない。守備を固めるのも立派な戦略じゃないかな? 特に強敵相手は……」


「強敵……雨雲忍……先輩」


 空は呟き、打席に入っていった。何かを掴んだらしい。バッティングでも専用武器でも空のオリジナルの手ごたえを、彼女は、感じているように思えた。


 2球ファウルで粘って、空は出塁した。4球ボール。フォアボールだ。


「代打。唐変木直人先輩」


 1時間近く、9人のアンダードッグを女体化していた唐変木直人が能力を解く。男のまま、打席に立つ。くたくたに疲れていた。


「ホームランを打つぜ!」


「バッター三振」


 審判が大きな声で言った。唐変木直人は1球ボール球を混ぜられて、最後のスライダーで三振した。


「代打。坂道絆先輩」


「はいっ。頑張ります」


 雨雲忍のストレートをなんとか当てて、凡打。1塁の空は2塁に進塁して、坂道絆は1塁でアウトになった。


 ツーアウト。2塁。1点を取るチャンスだ。


「代打。僕」


 海人が打席に入る。


「海人。雨雲忍先輩から1点をもぎ取ってくれ!」


 2塁の空が応援する。


 アンダードッグのメンバーも全員が応援する。ツーアウト。2塁。ヒット1本で1点を取るチャンスだ。


「さて」


 海人に野球の能力はない。野球の知識はあってもバッティングはうまくない。しかし、130キロの速球を投げる雨雲忍から1点をもぎ取る打算はあった。


 いくらピッチャーが良くても、キャッチャーが下手くそならば三振にならない。


 2球でツーストライクに追い込まれる海人。次、雨雲忍はアウトコースぎりぎりのスライダーを投げると予想できた。


 治安維持部の大地林の前で超能力を発動する。


 『女性洗脳』の能力をピッチャーである雨雲忍、ではなくて、キャッチャーである白薔薇高校の名もなき2年生に発動する。


 海人は思いっきりバットをフルスイングする。空中を切る。


 そして、キャッチャーがボールをこぼす。


「振り逃げだ!」


 ツーアウト。ツーストライク。空振り。キャッチャーがボールをこぼして振り逃げが成立する。海人は懸命に1塁へ目指して走った。空は3塁を回る。


 キャッチャーの洗脳を解き、白薔薇高校のキャッチャーは落としたボールを手に取って1塁へ投げる。セーフ。海人はぎりぎりセーフになる。そして、すかさず3塁を回った空がホームベースに突進する。


 白薔薇高校の1塁ファーストがホームに返球する。


「セーフ!」


 セーフを告げる審判。


「やったぁあああ!!!」


 10対1。


 1点が入る。三振の山をつくった雨雲忍から、フォアボール、凡打、振り逃げのコンボで、ヒットを打たずに1点を掴み取る。やった。雨雲忍に一矢報いた。


 そして、海人の後続のバッターがアウトになり、9回表、試合は終了する。


 10対1。


 白薔薇高校の勝ちで草野球は終わった。負け犬軍団が焼き肉を奢ることになる。


 作戦通り、と海人は内心、思った。

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