第25話 伯爵の推理

 「たまたま書物通りになった、そう思った。しかし3回目の『死に戻り』で再びクーデターを成功させた後も同じことが起こった。そのときあの書物が言っていたことは真実だったと確信した。つまりお前たち王族とこの国は運命共同体だということになるな」

 「何ですのそれ…。そんなこと、……初耳ですわ」

 明かされた衝撃の真実に恐れおののいた。

 まさか自らに流れる血にそんな秘密があったたんて思ってもみなかった。

 確かにこれは『呪い』と言って差支えがないものだった。


 「あの書物は大量の埃を被った書物の山の中に埋もれていたらしい。恐らく相当長い間誰にも読まれずにいたんだろう。恐らく王族の地位が確固たるものに確立したことにより、わざわざそんな言い伝えをする必要がなくなったから放置されるようになったんだろうな。それでもきちんと読まれて見識が広まっていれば、お前たち王族を殺そうだなんていうヤツは現れないだろうな」

 にわかには信じられない話ではあったが、実際に伯爵が経験したというのならば真実なのだろう。

 王族と国は運命共同体。私たちベラス一族がどうして王族と呼ばれこの国の君主として君臨しているのか。そんなこと一度たりとも考えたことなどもなかった。その裏にはこんな想像の斜め上を行く理由が隠されていたとは…。自らに流れる血が恐ろしくなった。


 「一体誰が何のためにこんな『呪い』をかけたのかは知らんが、この『呪い』によってこの国は今まで1000年に亘って滅亡せずに続いてきたんだろう。万が一国が滅びるような事態が起きたときには、この『呪い』の発動によって誰かに『死に戻り』が起き、国が滅びることを阻止しようという謎の力が働いている、と俺は考えている。そして今回その阻止役にどういうわけか選ばれた、ということだろうな」

 伯爵の推測に私は驚愕した。

 「阻止役に選ばれたって、どうして私たちなの?それに一体誰がこんなことをさせているの?」

 「さぁな。正直そんなことはどうでもいいが、こんな大がかりなことが出来るのは『神』とでも言ったところじゃないか?まったく迷惑な話だ」

 伯爵は苦虫を潰したような渋い顔をした。


 神様。それはこの国では王族のことを指すのが一般的だ。

 ベラス王国建国の父『ベラス一世』は神と契約を交わしこの地の『神』となることで、人間たちの安住の地となる国をこの地に建国したとする建国神話が語り継がれている。そのため『ベラス一世』の子孫であるベラス一族は神の血を受け継ぐ一族とされ神と同一視されていた。

 もちろんこれは事実ではなくこの国を治めるにあたりご先祖様たちが王族を特別な人間であるとするために生み出した作り話だと思っていた。何故ならこの国には他国のような宗教という概念が基本的に存在していない。つまり神様を崇めるという文化がないのだ。かつてはあったのかもしれないが、今となっては「あぁ、そんな設定あったね」ぐらいにしか思われておらず、国民からも王族は神の一族だから国のトップに君臨しているなどという話をしている者など誰一人としていないのが現実だ。

 ここに来て『神様』という言葉が出てきたことに衝撃を受けた。


 「だとしたら、王族の誰かが起こしているっていうこと?」

 「そんなことあるわけがないだろ?あくまで例え話だ。まさか本気で信じているのか?」

 少し呆れたように伯爵は私を見た。

 「じょ、冗談じゃありませんの!」

 慌てて否定した。このままではまた馬鹿にされてしまう。

 『まったく世間知らずの馬鹿王女は何でもすぐに信じてしまうんだな』

 嫌味のように口にする伯爵の顔が思い浮かんだ。


 「まぁいい。ところでお前、『どうして私たちが選ばれたの』と言ったな?」

 「えぇ、言いましたわ」

 伯爵は慌てて誤魔化そうとする私のことは無視して私が発したもう一つの疑問について口にした。


 「実は最初の頃、俺は『死に戻り』は俺一人だけで十分だと思っていた。お前も『死に戻って』いるということは知っていた。だが精々観察役か今回のことを後世に伝える役とかそういう直接関わりがあるものではないと思っていた。ところが実際はどうやらそうではないようなんだよ」

 「一人で十分ってどういうこと?それに、そうではないようだって、一体これまでに何があったんですの?」

 彼の言っている意味がよくわからなかった。

 ふぅと伯爵はため息をつくと詳細を語りだした。


 「例えば俺がお前やお前の兄弟姉妹を連れて安全圏に匿えばどうなる。王族は無事に生き残るということになるだろう。『死に戻り』はその作戦に失敗したとき次回に活かすために起こったと考えれば一応は理屈が通る。前回失敗したところがわかっていれば次回はそこに気を付けて行動すれば作戦は成功するはずだからな。そう考えると俺一人だけで十分この局面は打開出来てしまうということになる」

 「あっ!?」

 言われてみれば確かにその通りだった。彼一人だけで十分ではないか。

 ということは、『が阻止役に選ばれた』という彼の推測は間違っているということになる。正しくは『阻止役に選ばれた』だ。

 

 「……でもそれだったら私が『死に戻り』をしている意味って一体何なの?」

 彼一人で完結している物語に何故か私は意味なく巻き込まれている。そんな理不尽な状況に困惑した。

 私が『死に戻り』をしている意味って何なんだ?何の意味があるんだ?

 まさか何かの手違いでしたなんて言う悪い冗談ではないだろうな…。神様だって間違いを犯すことはあるだろう。まさかそんな天文学的に低い確率に私は当たってしまったのだろうか?

 何となくだが絶望感を感じた。


「安心しろ。言っただろ、『結局そうではなかった』と。お前の『死に戻り』にもちゃんと意味はあったんだ。だからそんなに落ち込む必要はまったくない」

 気を使っているのかそれとも励ましか。どちらかはわからないが今は彼のその言葉に縋るしかなかった。

 泣きそうになる気持ちに何とか耐えて伯爵に言葉の意味を問うた。


 「意味があるってどういうこと?本当に私は無駄死にを繰り返しているだけじゃないのよね?」

 「当然だ。安心しろ」

 まっすぐな目で私を見つめて伯爵はそう言った。

 その言葉は嘘ではない。彼の目は本気だった。


 「『死に戻り』を繰り返す中で俺はこれまで色々と確認をしていたと言ったことは覚えているか?」

 「えぇ」

 私が何度も死ぬことでいろんなことが確認出来たと彼はご満悦な表情で言っていたことを思い出した。


 「5回目の時、そして前回。お前が死んでからこの国で一体何が起こったと思う?」

 「えっ…?それは、……やっぱりクーデターじゃないんですの?」

 「そうだ」

 あっさりと彼は言った。何か特別な出来事でもあったのかと一瞬期待したのだが、そんなことはなかったようだ。

 私にでも分かる想定内の出来事。それに一体何の意味があるのだろう?

 とりあえずまだ話が続いているようなので黙って彼の話の続きを聞くことにした。


 「2回ともクーデターが起き、王族は全員死んだ。だから『死に戻り』が起き、今現在に至っているということはわかるな?」

 「…だから何だっていうの?」

 「3回目の時、俺はただ黙って王族が処刑されるのを見ていた。その結果国が滅びるという『呪い』があることを確信した。だったらその後も同じことをすると思うか?当然回避するために別の行動を取った」

 「でも結局王族はみんな殺されてしまったから国が滅んでしまったんでしょ?」

 「あぁ、確かに結果は同じだった。だがそこに至るまでの過程は違う」

 「過程?」

 5回目と前回、彼は一体何をしたというのだろう。

 聞くのが恐ろしく感じたが聞かなくては何も始まらない。腹を決めて彼の言葉に耳を傾けた。


 「5回目、そして前回、ともに国王と妃は早々と処刑された。しかしお前の兄弟姉妹は処刑されることはなかった」

 「えっ!?処刑されなかった!?」

 意外な結末に思わず驚きの声を上げてしまった。

 今まで処刑時に見た国民の怒りは相当なものだった。あの怒りを治められる方法なんてあったのだろうか?必死の命乞いにもかえって火に油を注ぐことになっていた。回避方法があったのであれば処刑される前に知りたかった、と心の底から思った。


 「本来なら処刑されるはずだったし、実際にその手はずで話は進んでいた」

 「じゃあ、何故取り止めになったの?」

 「俺がこう言ったんだ。『国王と妃が処刑されるのは当然のこととして、コイツもこのまま処刑していいのか?コイツ等は国民が何に苦しみ何を求めて、何を糾弾しているのかも知らないままということになる。何が悪かったのか、どうしてこんなことをしたのかということすら知らず、後悔も反省もなく『死』という救済を受けることになる。それでいいのか?』ってな。すると国民の間でやっぱり処刑はダメだという声が上がった。お前の兄や姉は直接まつりごとをしていたというわけではないが、間接的に関わっていたということに違いはない。ならせめて国民が置かれていた状況を理解させるくらいのことはさせるべきだ。そうすれば自らの行いに後悔と反省を持つのではないか?ということになったんだ」

 「それで処刑はされなかったと?」

 「そういうことだ」


 しかしそれが本当のことであったならばおかしくないか?

 「でもお兄様やお姉様たちが処刑されていないのなら国は滅びないんじゃないの?そうなれば当然『死に戻り』だって発動しないはずじゃないの?」


 そう。王族に生き残りがいれば、例え国の体制が転覆しても国が滅びるという『呪い』は発動しないはずなのだ。それはつまり『死に戻り』の発動もしないはずなのだ。

 なのに私たちの身には7度目の『死に戻り』が発動している。

 これは一体どういうことなのだろう?首を傾げざるを得なかった。


 「それはすべてが上手くいっていれば、という話だ」

 「?すべてが上手くいっていれば?」

 「……結局王族はみんな死んでしまったんだよ」

 「はっ!?どうして!?」

 処刑は回避されたはず。なのにどうして?


 もしかしてその決定を受け入れられない人に暗殺でもされてしまったのだろうか?だとしても、伯爵ならそれらの人物の行動を先回りして必ず阻止するだろう。だが『死に戻り』は起きている。

 まさか阻止に失敗した?だとしたら天才ガブリエル・フィードルを出し抜いた人間がいるということになる。未来を知っている伯爵はまさに鬼に金棒の無敵状態だ。それを出し抜ける人間なんてこの国にいるのだろうか?

 増々何故が深まった。


 「お前の兄姉は『自分たちは王族だ。王族の喜びは国民の喜び。自分たちの行動はすべて国民のためのものでもある。それを批難される筋合いはないし、わざわざそれを知る必要のない。そもそも自分たちとは住む世界が違う存在なんだ』と言って提案を拒否し自害という道を選びやがった」

 「自害って…、ウソでしょ……」

 当時のことを思い出したのか伯爵は苦虫を嚙み潰したような渋い表情を浮かべた。

 

 思い返してみても兄と姉は私よりも遥かに王族として生まれたことを誇りにしていた。王族として国民の上に立つ者としてはあれが普通なのだろうが、そのことが逆にこんなことになるなんて…。

 愚かだ。愚かすぎる。

 兄姉の愚かな言動にさすがのこの私でさえ頭を抱えた。


 「前回の世界でもやはり同じことが起きた。今度は自害しないよう慎重に拘束したつもりだった。だがその前にまた自害してしまったんだよ。『お前たち風情が自分たち王族に話しかけたり触れようとするなんて汚らわしい』とか最後にほざいていたな。最後まで自分たちは王族だって叫んでいたよ」

 王族としてのプライド、誇り。恐らく兄姉たちはそれを守ろうとした。最後まで王族という地位のままで死ぬという道を選んだのだ。

 結局伯爵を出し抜いたのは人間ではなく『王族としてのプライド』だった。彼よりも優れた知性を持つ人間がいなかったということに安堵する一方、『王族のプライド』という厄介な存在が姿を現した。


 「結局俺がお前の兄姉を連れ出したとしてもどうやっても『王族のプライド』とやらが邪魔をして自害という最期になる。そうなればまた国は滅びる。つまり俺一人が『死に戻り』を繰り返したところで結局何の解決も出来ないということがわかった。そこでお前の存在だ」

 「へっ?私?」

 突然の名指しに思わず間抜けな声が出た。

 「お前以外の王族を生き残らせるのは無理だということがわかった。そこで思い出したんだ。『死に戻り』をしているは俺だけではないということを」

 「どういう意味ですの?」

 意味深な伯爵の言葉に思わず意味を問い返した。



 「お前はやはり何の意味もなく『死に戻り』をしているというわけではなかったということだ。恐らくこの運命を止めるには必要がある。俺はそう確信した」



 「互いに力を合わせる!?」

 伯爵の意外過ぎる言葉に思わず耳を疑った。

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