第七話「仮入部」
早いもので、私が猫池中学校に入学して二週間が経った。
「なるべく目立たない」という私の目標は、維持できているような、そうでないような。
たったの二週間で、私の周りでは小さな事件やトラブルがいくつも起きている。
クラスメイトの神崎さんのスマホがなくなった件。
生徒会に持ち込まれた、照山先生の「施錠確認し忘れ疑惑」。
ついでに、実はここ数日、生徒会に持ち込まれた細々とした事件や「謎」の解決を手伝ったりもしていた。
と言っても、どれも大したことのない、日常の「謎」ばかりだ。
誰それの持ち物が無くなった、だとか。
校長室にあったお茶菓子が消えた、だとか。
放課後の誰もいない教室に幽霊がいた、だとか。
どれも些細な事件なので詳細は省くけど、まあ、機会があれば語りたいと思う。
そもそも、生徒会の手伝いなんて、「目立ちたくない」という私の目的と矛盾する行動だ。でも私は、どうも「謎」というものを前にするとモヤモヤして、それを晴らしたくなる性分らしい。
小さな頃に「こども探偵みらいちゃん」を演じていたせいなのか、それとも私が本来持つ性格なのか。
生徒会長のリョウマ先輩には、私のそういった性癖――生まれ持った行動の癖が見抜かれているようだ。
リョウマ先輩は「目立ちたくない」という私の目的を理解してくれているので、積極的に「手伝ってくれ」とは言わない。けど、「こんな謎があるぞ」と、私の目の前にエサをぶら下げて、私が見事に引っかかるのを期待している節がある。
悪い見方をすれば、都合よく使われている、ともとれる。
やっぱり、このままじゃ駄目だよね。
――と、そんなこんなで迎えたある日のこと。
「ねぇねぇ、桜井さん。桜井さんは部活には入らないの?」
「えっ?」
お昼休みも終わりに近付き、次の授業の準備をしていると、隣の席のハヤトくんがそんなことを言ってきた。思わず「なんのこと?」といった感じで、キョトンとした表情を返してしまう。
「ほら、今日から仮入部期間だから」
「ああ」
そういえば、入学から二週間後に各部活の仮入部期間があるという話だった。すっかり忘れてた。
だって、部活なんて入る気、全くないんだもん。
「私は特にいいかな」
「ええ~? せっかく色んな部活を体験できるんだよ? 行こうよ~」
「えっ、一緒に?」
「うん、一緒に」
途端、教室の色んな所から刺すような視線が飛んでくる。
特に、派手な女子代表の馬頭さんは、「視線だけで殺されそう」な勢いで私のことをにらんでいた。
ハヤトくん、いい加減にそういうところ、気付いて!
「ええとさ、藤原くん。他にも誰か誘わないの?」
「え、なんで?」
「ほら、仮入部期間中って、一週間の間に色んな部活を見学したり体験したりするわけでしょ? でも、全部の部活は回れないじゃない?」
「そうだね。うちの学校、部活の数は多いもんね」
――ちなみに、うちの学校は運動部と文化部がそれぞれ十、つまり全部で二十の部活動がある。
「仮入部期間に回れるのは、精々五つくらいがいいところじゃない? だったら、興味がある人を集めて、何人かのグループで行動して、自分が仮入部できなかった部についてお互いに情報交換できたらいいと思わない?」
「おお、なるほど!」
早口でまくし立てると、ハヤトくんはなんとか納得してくれた。
ふう、ほとんどその場で思い付いた口から出まかせなんだけど、なんとかなるもんだね!
とはいえ、今から人を集めるとなると、ちょっと大変だ。予め入る部活が決まっている人は、もう向かってしまっているし、帰宅部と決めている人の姿は既に教室にはない。
残っているのは……。
教室を見回すと、よりにもよって馬頭さんと目が合った。
すっごいにらみ返されたけど、ハヤトくんにバレないように彼を指さし、馬頭さんに「ほら、今の話聞こえてたでしょ? チャンスだよ?」と目配せする。
――きちんと意図が伝わるかどうかは、ちょっと怪しいけど。
でも、馬頭さんは少しだけ驚いたような表情を見せると、ちょっと照れ顔になりながらこちらへやってきた。どうやら上手く伝わったらしい。
「あ、あのさぁ、ハヤトくん」
「馬頭さん? どうしたの?」
「え、え~とさぁ……」
この期に及んで照れるな馬頭!
……というか、ほぼ初めて彼女の顔を間近で見たけど、随分と化粧が濃かった。
別に、うちの学校は化粧禁止ではないけど、中学一年でこんなに濃く化粧をする必要はない。成長期の過度な化粧やスキンケアは、かえってお肌に悪かったりもするのだ。
私、子役時代に芸能界のお姉さん達にメイクも仕込まれてるから、こういうの見ると、ちょっと気になるんだよね。
「あ、あたしも一緒に部活の見学に行っても、いい? ハヤトくんのことだから、文化部だよね?」
「うん、いいけど……。馬頭さん、演劇部とか合唱部って興味ある?」
「もち! ありありのありだよ!」
馬頭さんがガッツポーズしながら元気よく答える。
……これだけ分かりやすいリアクションしてるのに、ハヤトくんには彼女の気持ちが伝わってないっぽいのが、なんというか、気の毒。
教室に残っていた他の生徒にも、彼女の喜びようは伝わってるのにね。
――さて、これだけ騒いでいると、さすがに他のクラスメイトにも「ハヤトくんが仮入部仲間を探している」ということは広まってしまうわけで。「私も私も」「俺も俺も」と立候補者が続出して、最終的に十人近くのグループになってしまった。
(ヨシ! これなら、もう私はいらないな! 後は任せたよ、ハヤトくん!)
等と思いながら、一人こっそりと教室を出ようとする。
が、いきなり何者かに後ろから襟首を掴まれた。見れば、馬頭さんが必死の形相で私を引き留めていた。
「ちょっ!? ど、どうしたの馬頭さん?」
周りを気にしながら、ヒソヒソ声で馬頭さんに尋ねる。すると、意外な答えが返ってきた。
「ハ、ハヤトくんと二人きりだと何話していいかワカンナイ! あんた、手伝ってよ!」
「ええっ!? なんで私が」
「おねがい!」
顔を寄せ合ってヒソヒソと会話する私と馬頭さん。というか、「二人きり」ではないよ?
当のハヤトくんはのんきにも、「あれ? 桜井さんと馬頭さん、いつの間にそんなに仲良く?」等と言っている。君が元凶だよ!
「今までにらんだりしたのはあやまるから! おねがい~!」
「……別に、にらまれたことは怒ってないからいいけど。分かった、それとなくアシストするだけだよ?」
「マジ!? ありがと~! え~と、サクライチャン?」
「なんで疑問形……?」
馬頭さん、さては私の名前すらろくに覚えてなかったな?
はぁ、こんな人の為に何かしてあげようなんて、私ってこんなにお人よしだったっけ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます