第7話 Eランク

 ギルドを出たトシヤは街のメインの広場に出向いて屋台を巡ってひとまずは腹ごしらえ。いい感じの腹具合になったところで宿屋が寄り集まっている地区に向かって当面の宿を確保する。


(諦めの悪い連中だな。まだ付けてくるぞ)


 とりあえず1週間という契約で借りた一室の窓から外を覗いてみると、通りには所在なさげに佇むガラの悪い冒険者の姿が。


(このままいつまでも付き纏わられるのも面倒だから早いところ片付けておこうか)


 あっさりと結論を出したトシヤは、そのままいかにも街をブラつくような雰囲気で宿の外に出ていく。もちろん彼の背後にはヘタクソな尾行を続ける冒険者の姿。


 そのままトシヤは徐々に人気のない方向へとわざわざ道を選んで歩いていく。ちなみに彼のいでたちは左手にミスリル製のガントレット。これはプレートメイルを着用する剣士が両手の保護のために嵌めるパーツだが、サクラから叩き込まれた体術使いのトシヤにとっては攻撃時にコブシを痛めないという目的のほうがより重要。右手は魔法の発動に用いるので敢えて防具はつけていない。その他には腰にごく小型のナイフをぶら下げているのみという、パッと見ではいかにも新米の冒険者という風体。


 これはサクラの「剣はアイテムボックスからいつでも取り出せるんだから、わざわざ腰にぶら下げる必要はないよ。丸腰に見えるほうが相手も油断するしね」というアドバイスを基にしている。さぞかし彼を付け狙っている冒険者からしてみればいかにも軽装で絶好のカモに映っているだろう。


(人がわざわざ人気のない場所を選んで歩いているんだから早く仕掛けてこいよ)


 トシヤとしては大幅に到着が遅れている客人を待っているような気分。実は3年間ミッチリご先祖様に鍛えられたおかげで魔物との戦いよりも対人戦のほうが自信がある。その上初級~中級魔法だったら自在に使えるとあって、相手が多人数であっても

まったく恐れてはいない。


 何とかガラの悪い冒険者たちを誘い込むために裏道を進むトシヤ。あと300メートルも進むとスラム街に足を踏み入れるという街中で相当治安の悪い区域に差し掛かったところでようやく尾行していた連中が彼を取り囲む。



「おい、ガキ! お前は収納魔法を使えるそうだな。俺たちのパーティーに入れてやるからしっかりと働くんだぞ」


「そうだぞ! 奴隷のようにこき使ってやるから楽しみにしていろよな」


 わざとトシヤの目に入るように剣を握り締めながら気色悪い笑いを浮かべる冒険者たち。だがトシヤはといえば…



「お前たちがグズグズしているからこんな街外れまで歩いてきてしまっただろうが。くだらない御託はいいからさっさと奴隷にしてみろよ」


 自分を取り囲む冒険者たちに対してバカにするような上から目線で挑発を開始するトシヤがいる。こんな挑発ひとつで頭に血がのぼって我を忘れてくれれば儲けものという、トシヤからしたらごくごく当たり前の戦術のひとつ。だが冒険者たちはFランクの駆け出しにバカにされたとあってまんまと彼の挑発に乗って、顔を真っ赤にして襲い掛かってくる。


 ドサッ! 


 もちろんこれはトシヤの狙い通り。サッと体を開いて剣を避けると最初の男の右手を取って軽く捻り上げる。そのまま下方向に力を加えると、男の体は空中で一回転して地面に叩きつけられる。サクラから習った小手捻りが鮮やかに決まっている。


 グフッ!


 男の口から空気が漏れるような音が響く。だがそんなことにはお構いなしにトシヤは脇腹に爪先をめり込ませる。この蹴りは腎臓に深刻なダメージを与えて全身に耐えがたい激痛が駆け巡る。



「な、何だと!」


「何が起きたんだ?」


 他の冒険者たちがまだ状況を把握していない隙を突いてトシヤはスキル〔神足〕を発動。倒れた男が元々いた場所にわずかに開いた包囲網を抜けて距離をとる。そのまま振り返ると…



「アイスボール!」


 トシヤの右手からソフトボール大の氷の塊が飛び出していく。合計4発のアイスボールは狙い通りに冒険者たちの顔面を抉っており、鼻骨や頬骨にヒビを入れた模様。


 こうして戦闘開始から1分も経たないうちに5人をノックアウトしたトシヤは冷酷無比に男たちに告げる。



「おい、有り金と冒険者カードを出せ」


 ということでトシヤをいいように使ってやろうと企んだ悪徳冒険者パーティーは、ものの見事に成敗されてトシヤによって身包み剝がされる。ついでに彼らが手にしていた武器は片っ端からアイテムボックスに放り込んで完全無欠の一文無しに転落させておく。今頃きっと男たちの胸中には後悔の念が渦巻いているだろう。


 まだ起き上がれずに地面でノビている男たちは放置して、トシヤはその足でギルドに向かう。



「ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件ですか?」


 営業スマイルでトシヤに声をかけてくるカウンター嬢。だがトシヤがここに来た目的は彼女の想像のはるか斜め上をいっている。トシヤは男たちから取り上げた5枚の冒険者登録カードをカウンターに並べる。



「ついさっきコイツらに襲われた。全員返り討ちにしてやったから、たぶんまだスラムに近い辺りで寝ていると思う」 


「えっ、トシヤ=アマギさんはまだFランクですよね。そんな人がなぜDランクのパーティー… それも5人もまとめて返り討ちに出来るんですか?」


「実はちょっとだけ魔法が使えるんだ」


「ああ、なるほど、そうでしたか」


 魔法というフレーズを聞いたカウンター嬢は意外にあっさりと納得する。とはいえ彼女だけで決済できるような話ではない。冒険者同士のもめごととなるとギルドマスターが事情を聴取する必要がある。カウンター嬢は慌てて上席の職員に事情を告げている。



「トシヤ様、ギルドマスターが話をお聞きしたいとのことですのでご案内いたします」


「なるべく短めにしてくれよな」


 という経過で、現在トシヤはギルドマスターの部屋でソファーに座らされている。



「トシヤ=アマギ、Fランクの冒険者だな。私はこの街のギルドマスターを務めるマディソンだよ」


「はぁ、はじめまして」


「記録によると君は3年前勇者パーティーに所属していたとあるが、それは事実かね?」


「はい、ですがクエスト中に殴る蹴るされてパーティーを追放されました」


「そうか、それは気の毒だったなぁ~。どうもあの勇者は評判が悪くてねぇ~。君にとっては不幸だったようだね。ところで追放されて以降今まで冒険者ギルドには君に関する記録が一切残されていないんだが、どこで何をしていたんだい?」


「山に籠ってひたすら修行していました」


「ひとりでかい?」


「はい、ずっとひとりでした」


 いくらなんでもイシュタルやご先祖様の件を口外するのはマズいし、仮に喋ったとしても誰も信じてくれないというのはトシヤにも理解できている。



「そうか… 聞くところによると魔法も使えるそうだな。これは将来有望な若者がこの支部にも誕生してくれたようだ」


「いえ、それほどでもありません」


「謙遜しなくていいよ。こう見えても私は人物を見極める目を持っている。さて、話は本日の件に移るが、君がDランクパーティー〔ユリアスの軛〕に襲われたというのは事実かな?」


「はい、人気のない場所で突然取り囲まれて剣で斬り掛かられました」


「ふむ、ひとりに対して相手は5人。どう見ても先にケンカを吹っ掛けてきたのはあの連中のようだね。ヤツらは冒険者仲間の間でも非常に評判が悪くてねぇ~。今回の件でギルド追放になるだろう」


「自分としてはこれ以上ヤツらが絡んでこなければどうでもいいです。もし仮にまた目の前に現れたら…」


「現れたらどうするつもりだい?」


「死んでもらいますよ」


「ずいぶんあっさりとスゴイことを言うもんだね」


「殺さないと殺されると学びましたから」


 ギルドマスターはてっきり勇者パーティーを追放された際にトシヤがこのような物騒な考えを抱くようになったのだろうと勘違いしているが、実際には溶岩ドームで暮らしていた折にご先祖さまたちから口を酸っぱくして言われていたこと。この世界では命の値段が恐ろしいほどに安い。だから何かあった際には相手を殺してでも生き残らなければならないのが当たり前となっている。



「まあいいか、ともかくあの連中の処分は私に任せてくれ」


「はい、お任せします」


「それから君は大量のワイルドウフルを納入してくれたようだね。あれは君が自分で討伐したのかい?」


「はい、あの程度の魔物だったらいくらでも狩れます」


「なるほどね。どうやら君の実力はFランクどころではないようだ。今日からEランクに昇格させるから、カウンターで手続きしてくれ」


「ありがとうございます。用件は以上でしょうか?」


「ああ、色々とご苦労だったね。今後の活躍に期待しているよ」


 こうしてトシヤはギルドマスターの部屋を出ていく。カウンターに顔を出すと、ニコニコ顔のカウンター嬢が出迎える。



「おめでとうございます。トシヤ=アマギ様は本日付でEランクに昇格いたしました。こちらがEランクの登録カードです」


 今までの鉛色の冴えないカードに変わって水色の登録証が手渡される。そこには大きく〔E〕という文字が印字されており、ギルドが公式にトシヤの実力を認めた証となっている。



「本来ならもっと上のランクでもいいのかもしれないのですが、15歳以下の方は規定でEランクが上限となっておりますのでしばらくはこのランクで頑張ってくださいませ」


「はい、ありがとうございます」


 こうして朝にギルドに顔を出して午後には昇格という前例のない快挙を仕出かしたトシヤであった。



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