第6話 冒険者ギルド
「サクラ様、いよいよお別れだね」
「そうだね。トシヤはこれからどうするつもりなんだい?」
「しばらくの間は冒険者として暮らしていくつもりだよ」
「フムフム、それもいいかもしれないね。私が教えたことをしっかりと生かして立派な冒険者になるんだよ」
イシュタルが住処としていた溶岩ドームを発ってから最寄りの街までの間という約束でトシヤは桜と行動を共にしていた。その間にちょっとした魔物の討伐方法などをアドバイスしてもらった以外は基本放置のまま街に到着しており、今日はついに桜が龍の谷に向けて出発する日を迎えている。
「サクラ様、これまで色々と面倒をみてくれてありがとう。心から感謝しているよ」
「まあね、子孫のために一肌脱ぐのも先祖としての役目だからね。そうだ! トシヤのひとり立ちを祝してこれをあげるよ」
桜はアイテムボックスから取り出した一振りの刀を手渡す。
「ずいぶん変わった形の剣だね。見た感じ細くて頼りない気がするけど」
「本当にトシヤは見る目がないねぇ~。これは皇帝オーガの角をドワーフが手作業で削り出してから高温で焼き入れして鍛え上げた刀なんだよ」
「刀… 確か日本に関する本に出てきたような気がするけど」
「そう、これこそが日本の侍が手にしていた武器なんだよ。切れ味を追求していった結果こういう細身の仕上がりになっているんだ。だから切れ味は天下一品。特に鬼族や巨人族といった人型の魔物には抜群の相性だよ」
「そうなんだ! これが日本の武器か。ありがとう、大事に使うよ」
「ちなみにその刀の銘は〔鬼斬り〕だよ」
「おにぎり🍙? 面白い名前だね。お米を丸めた食べ物でしょう」
「そっちじゃないよ! 鬼を切るから鬼斬りなんだよ」
トシヤは受け取った刀を鞘から少しだけ引き抜いてみる。すると象牙色に輝くいかにも切れそうな刃が姿を現す。
「なんだか触れただけで切れそうだよ」
「間違ってもゴブリン相手に取り出すんじゃないからね。大物を相手にする時だけ限定で鞘から抜くようにするんだよ」
「わかったよ、本当に何から何までありがとう」
「気にしないでいいからね。それじゃあ私は行くよ」
「僕の分までイシュタル様を弔ってね」
「わかったよ、トシヤの分までしっかりと祈っておくから」
こうしてサクラは街の門をくぐって何処ともなく去っていく。トシヤはその後ろ姿に手を振って見送っていたが、足早に街道を進む桜の姿はあっという間に見えなくなっていく。
「あ~あ、行っちゃったよ。本当はもうちょっと色々教えてもらいたかったけど、こればっかりは仕方がないな。それにサクラ様も『これ以上はあれこれ言わないから、自分で考えて行動するんだよ』と言ってたし、これからは誰にも頼らずにひとりで生きていかないといけないんだな」
独り言のように呟くと心の中に何とも言えない孤独感が湧き上がってくるが、トシヤは頭を振って自分を弱くする感情を打ち払う。
「それじゃあ冒険者ギルドでも行ってみるか」
門の手前から引き返してトシヤは街の中心部にあるギルドへと向かうのだった。
◇◇◇◇◇
「ようこそ、冒険者ギルドへ! 本日のご用件をうかがいます」
「昨日この街に着いたばかりで右も左もわからないんだ。どんな依頼があるのか適当に紹介してもらえないかな」
トシヤは冒険者登録カードを取り出してカウンター嬢に預ける。
「トシヤ=アマギ様ですね。Fランクの依頼ですと、街中の仕事や低ランクの魔物の討伐がメインになります」
ギルドの規定で15歳まではEランクが上限となっている。トシヤは勇者パーティーに所属していた当時何の実績も残していない。さらにその後の3年間は溶岩ドームで引き籠もり生活を送っていたせいもあって現在は最底辺のFランク。実際の仕事といえばドブ攫いや建築現場の手伝いの他にホーンラビットや下水道を住処とするウエアーラットの討伐程度。
「やっぱり大した依頼はないみたいだね。ひとまず現金が欲しいから討伐した魔物の買い取りをお願いしたいんだけど」
「それでは奥にあります買い取りカウンターで手続きを承ります」
「ありがとう。そちらに並ぶよ」
今度は買い取りカウンターに並ぶトシヤ。2組しか先客がいないので、すぐに彼の順番がやってくる。
「いらっしゃいませ。本日はどのような品の買い取りでしょうか?」
「色々あるんだけど、とりあえずこんなモノでどうだろう」
トシヤはアイテムボックスからここまでの道中で討伐した魔物を取り出していく。数が最も多いのは狼型の魔物。これは毛皮がそこそこの値段で売れるので冒険者ギルドとしてはどれだけ数があっても大喜びで買い取ってくれる。ただし一般的な冒険者はこの狼型の魔物を仕留めた際には金になる毛皮や牙を剥ぎ取ってギルドに持ち込むのが通常。だがトシヤは時間停止型のアイテムボックスに討伐した魔物をそのまま放り込んでいるので1体が丸ごと取り出されている。それが全部で十数体ともなればちょっとした山が出来上がる。
「ちょ、ちょっとお待ちください。これ以上はカウンターに並びきれません」
「えっ、あと7~8体くらい残っているんだけど」
「もしかして収納魔法の使い手ですか? それにしてもスゴイ容量ですね」
「ああ、実はそうなんだ。とりあえず今出してだけでいいからいくらになるかな?」
「え~と、状態がいいので1体につき銀貨5枚、そこから解体にかかる手数料を差し引きますので銀貨4枚となります。全部で12体ですので金貨4枚と銀貨8枚ですね」
「まあいいや。その金額で買い取ってもらいたい」
「はい、承りました。しばらくお待ちください」
買い取り担当の男性係員が書類を記入して買い取り額相当の金貨と銀貨を用意している間にトシヤは周囲の状況に注意を傾ける。耳に入ってくる冒険者たちの会話を聞いていると、あまりよろしくない企みがなされているよう。
「おい、あの小僧は収納魔法の使い手だとよ」
「こりゃぁ~たまげたぜ! そんな便利なガキがひとりでもいたら商人の荷物輸送だけでも大儲けじゃねぇか」
「なにがなんでもあのガキをウチのメンバーに引き入れようぜ」
「だが素直に言うことを聞くか?」
「その時は力尽くで思い知らせるんだよ。散々殴りつけて俺たちに逆らえないようにしたら、あとは奴隷のようにこき使ってやればいい」
以前勇者パーティーに所属していた折には、別のパーティーからこのようなあからさまな敵意を向けられる機会はなかった。勇者パーティーの一員という後ろ盾があってトシヤ自身外部からの敵意に注意を払う必要そのものがなかったといえる。その分内部のパーティーメンバーからあらん限りの敵意を浴びたのは何とも皮肉な話。
(本当にどこにでも良からぬことを考えるクズはいるんだな。精々注意させてもらうよ)
無機質な目で荒くれ冒険者の会話を聞いているトシヤの表情はイシュタルの死を目の前にして大泣きしたあの時とは別人のよう。それはここ3週間にも及ぶサクラとの旅の成果でもある。
道中の森を抜けるまで繰り返し魔物からの襲撃を受けたトシヤとサクラ。もちろんサクラが仕留めようと思えば瞬殺して終わりなのだが、トシヤの手に負える相手と判断した場合は一切手を貸さずに見ているだけというスパルタぶり。もちろんこれは魔物との実戦でトシヤを鍛えるための桜の親心が絡んでいる。
こうして来る日も来る日も命を懸けた戦いを繰り返していくうちに、自ずとトシヤの肝が据わってくる。
これまでトシヤに足りなかったのは実戦経験だけで、3人のご先祖様から3年間みっちり鍛え上げられた剣技、体術、魔法のどれをとっても相当なレベルに達している。
「お待たせしました。こちらに受け取りのサインをお願いします」
「これでいいかな」
男性係員は書類に記入された見慣れない文字に目をパチクリ。そこには漢字で〔天城俊哉〕と記されている。実はトシヤはミスズから日本語を習うまでは拙いながらもこの世界の文字の読み書きはギリギリ可能といったレベルだった。それが3年の間にすべて日本語教育で上書きされた結果、この世界の文字をほとんど忘れている。日常会話は何とかなるのだが、脳内の思考すらも日本語で行われるようにミスズの手で魔改造されている。
(さて、小金も手に入ったし屋台で腹ごしらえするか。その後は当面の宿屋も探さないとな)
小金を手にして陽気な表情を装ってギルドを出ていくトシヤ。彼の後ろを5名のいかにもガラの悪そうな冒険者がついてくるのは言うまでもないことであった。
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