第5話 旅立ち


 そのまま呆然とした時間をどのくらい重ねただろうか。つとトシヤは立ち上がってイシュタルの亡骸に一礼してからログハウスに向かう。


(さすがにこのままずっとここにいるわけにもいかないし、自分の身の振り方を考えないといけないよな)


 などと考えつつログハウスに一歩足を踏み入れると、思いがけず彼に向かって声がかかる。



「トシヤはもう泣き止んだのかな?」


「ええぇぇぇぇぇぇぇ! サクラ様! ど、どうか迷わず成仏してください」


「私まで死人扱いするんじゃないよ! この通り、ちゃんと生きているんだからね」


「だってさっき俺の目の前で姿が薄くなって消えたはずじゃ…」


「ああ、あれはなんていうか、演出的な?」


「不謹慎が過ぎますよぉぉ! そんな演出なんて必要ないですから!」


「おや、せっかくだから私もモトヤ兄さんや美鈴ちゃんに合わせてみたんだけど、トシヤ的には気に入らなかったのかな?」


「気にいるとかいらないとか、そんな問題じゃありませんから! 一体どうなっているんですか?!」


 イシュタルの死という厳粛な場面を茶化されたような気がして、さすがにトシヤは少々業腹のよう。



「まあ、なんというか… 私はモトヤ兄さんや美鈴ちゃんとは違って現世に残る道を選んだんだよ。だからトシヤとまったく同じようにこの世に生きている人間だよ」


「だってサクラ様は5百年前に活躍した伝説の英雄でしょう」


「う~ん、当時色々ヤリ過ぎちゃってね、結果的にハイエルフと同じくらいの寿命になっちゃったんだよ。とはいってもまだたったの525歳だよ」


「あまりの情報量に頭の処理が追い付かないよ」


「実はね、トシヤがここに迷い込んだ時期というのはイシュタルが自分の死期を悟って龍の谷に向かう直前だったんだ。ああ、龍の谷っていうのは死を間近に控えたドラゴンが向かう場所のことだよ。そこで静かに死を待って土に帰っていくのがドラゴンの運命なんだ」


「えっ、それじゃあイシュタル様は…」


「たぶんトシヤが思っている通りだね。トシヤと出会ってイシュタルは最後の時間を一緒に過ごそうと考えたんだよ。それでね、近くに暮らしていた私を呼び出して事後の手配を頼んだんだよ」


「つまり俺のために龍の谷に行くのを諦めたってこと?」


「だからそれも私に託されたんだよ。私がイシュタルを龍の谷に連れていくんだ。明日には出発するからトシヤも準備をしておくんだよ」


「俺も一緒に行くの?」


「トシヤは龍の谷に入るのを認められていないからダメだよ。一番近くの街まで送っていくからそこでお別れだよ」


 ここまで告げると、サクラはイシュタルの亡骸をアイテムボックスに収納する。一瞬でイシュタルの巨大な亡骸が消えた光景にトシヤは目をパチクリ。



「イ、イシュタル様が消えちゃった…」


「こんなデッカイ遺体はいくら何でも持ち運べないからね。アイテムボックスに仕舞っただけだよ」


「アイテムボックス?」


「あれ? イシュタルの加護に含まれているはずだよ。トシヤは自分のスキルをちゃんと把握しているのかな?」


「えっ… ああ、本当にあった」


 久ぶりに自分のステータス画面を開いたトシヤは、スキル一覧に〔アイテムボックス〕という記載を発見して驚いている。



「本当にしょうがない子だよねぇ。使い方を教えてあげるから、ログハウスにある物品を自分で収納するんだよ」


「よ、よろしくお願いします」


 ということでサクラにあれこれ教えを乞いながら、トシヤはログハウス内の家具や蔵書、食器、生活必需品などを次々に収納していく。そして翌日の出発直前にログハウスを丸ごとアイテムボックス収める。どうやらかなりの容量があるアイテムボックスにらしい。



「準備はいいかな? もう二度とここには戻ってこないからね」


「最後にイシュタル様のために祈らせてください」


「うん、それはいいね」


 ということで二人並んで祈りの聖句を口ずさむ。これでもうやるべきことは残っていない。



「それじゃあ出発しようか。途中で適当に魔物を狩っていくからね」


「そんなことをしていたら街に着くのが遅くなるんじゃないの?」


「旅をするには先立つものが必要でしょう。魔物の素材を冒険者ギルドに売って旅の資金にするんだよ。トシヤも自分の度の資金くらいはしっかりと稼ぐんだよ」


「なんだかイヤな予感しかしないなぁ~」


 この予感は溶岩ドームを出た直後に的中することとなる。これまでは周辺にイシュタルの魔力が漂っていたせいで大型の魔物は近寄ってこなかったのだが、その魔力の気配がなくなった途端に格好の住処を求めて東の山からはベヒモスが、西の山からは7つの首をもたげたヒュドラがこちらにやってくるのが目に飛び込んでくる。



「サクラ様、ヤバいよ! とんでもない大物がこっちに来るよ!」


「まったく面倒な話だねぇ~。イシュタルがいなくなった途端にコレだよ」


 恐怖に引き攣った表情のトシヤに対して、サクラはただ単に面倒くさそうな顔をするだけ。これこそが伝説の英雄の真の姿なのだろう。SSS級の魔物が2体同時に姿を現したという緊急事態に際してもまったく動じる素振りはない。



「それじゃあトシヤに選ばせてあげるよ。どっちがいいかな?」


「え~と、それは一体どのような意味なのでしょうか?」


「わざとらしく敬語で喋ってもムダだよ。どっちを相手にするのか早く決めるんだよ」


「デスヨねぇ~」


 どうやらトボケても無駄なよう。サクラはしきりに「早く決めろ」とせっついてくる。



「そ、それじゃあヒュドラのほうで」


「本当にいいんだね」


「ベヒモスよりはまだマシな気がします」


 サクラに念を押されて自信なさげに答えるトシヤ。トレーラーサイズのサイを巨大にしたような怪物のベヒモスよりは、7つ首のヒュドラのほうがくみやすいと考えたのだろう。


 だがそれは実際に戦闘が開始されると大間違いだったことに気が付く。



「こ、こい!」


 やや腰が引けながらもモトヤから託された魔剣フラガラッハを構えるトシヤに対して、ヒュドラの7つの首が一斉に巨大なあぎとを開いて炎、氷、毒、稲妻、岩の弾丸、水流を吐き出して攻撃してくる。



「ワワッ、マズい!」


 トシヤはヒュドラの苛烈な攻撃に逃げ惑うだけで精一杯。


 一方その頃、サクラはというと…


 ギュオーーーーン!


 空気が震えるような雄叫びをあげたベヒモスがサクラ目掛けて猛烈な勢いで突進開始。その巨体がサクラを跳ね飛ばすと思われたその瞬間、ベヒモスは大きな弧を描いて宙に打ち上げられる。そのまま後方5回転をして頭から地面に激突。目にも留まらないサクラによる一撃で顎下の骨が粉砕されて、脳天から地面に叩きつけられた衝撃で頭蓋骨が粉々という悲惨な状態。全身をビクビク痙攣させてすでに戦闘不能。


 一瞬でベヒモスを片付けたサクラに対して、トシヤは相変わらずヒュドラの攻撃に手も足も出ずに逃げまどっている。もちろんサクラが一撃でベヒモスを仕留めたことなど気にしている余地もない。



「うわぁぁぁぁ! 助けてぇぇぇ!」


「まったくしょうがないねぇ~。トシヤはもうちょっとデキル子だと思ったんだけど全然ダメダメだよ」


「さ、サクラ様ぁぁ! どうかお願いしますぅぅ!」


「助けるのは一回限りだからね。しっかりと倒し方を覚えるんだよ」


「何でもいいから早く助けてぇぇぇ!」


「ヒュドラっていうのは一般的には首を残らず一気に斬り落とさないと倒せないって言われているんだけど、実は別の倒し方があるんだよ」


「説明はいいから早くその倒し方をやってぇぇ!」


「本当に手がかかる子だねぇ~。よく見ているんだよ」


 トシヤを庇うようにヒュドラの前に立つと、少しだけ腰を沈めて右手を後方に引いて構えるサクラ。そして裂帛の気合いと共に前方にダッシュしたかと思ったらヒュドラの胴体に拳を叩きつける。



「ご臨終パ~ンチ!」


 途方もない破壊力を秘めたサクラの一撃がヒュドラの胴体にクリーンヒットすると、7つの首は同時に口から血を吐きながら苦しみ出す。例え首は7つあっても体内に血液と魔力を循環させている心臓はひとつ。サクラのパンチはたったの一撃でヒュドラの心臓を破裂させている。しばらくの間のたうち回って苦しんでいたヒュドラはやがてピクリとも動かなくなっていく。



「モトヤ兄さんと私に武術を習ったんだから、この程度も魔物はしっかりと倒してもらわないと困るよ」


「ゴメンナサイ、恐怖が先立って何も出来なかったよ」


「そもそも剣が届かないんだったら魔法を打ち込むなりなんなり遣りようがあったはずだよ」


「頭が真っ白になって魔法の魔の字も思いつかなくなっちゃったんだ」


「経験不足だね。これからはもっと実戦経験を積んで適切に対処できるようにしていくんだよ。こればっかりは自分で経験を積むしかないからね。私からは何も言えないよ」


「はい、頑張ります」


 サクラから色々と指摘されてトシヤは落ち込み放題。実際に何もできなかったのだから、桜の言葉を素直に聞き入れるしかない。



「さてと、倒した魔物はアイテムボックスに仕舞っておこうかな。とはいえこれだけの高ランクの魔物だと王都のギルドにでも行かないと買い取ってもらえないんだよね」


「とんでもない怪物だもんね」


「何を他人事のように言っているのかな。いずれはトシヤもこのレベルの魔物をひとりで倒せるようになってもらわないとね。少なくとも私と血の繋がった子孫だったらね」


「善処します」


 トシヤにしても明らかに人間の限界を超えたごサクラの真の姿を目にしたのは初めてだけに、自分がこのようなとんでもないレベルにまで到達できるのか半信半疑の部分がある。というよりも絶対にムリという感情が湧き立ってくるのが人として当然に思えてくるのも致し方なし。



「さて、それじゃあ街まで行くよ。ちょっと急ぐからね」


「わかりました」


 こうしてイシュタルの元を離れた第一歩をトシヤは歩み始めるのだった。



  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「面白かった」


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「早く投稿して!」


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