第5話 スカーレット・ジャスティス降臨

 沖合では、ハルゼーとエクセルが敵の猛攻を受け、大破や撃沈する船が続出し、艦隊は瀕死の状態に陥っていた。


「これ以上は無駄死にだ、降伏するしかないのか」

 戦況を見つめるエクセルが苦渋の表情で拳を握りしめ「ここで、あの力が使えれば……」

 悔しそうに呟くエクセルに、セナは「あの力……」と口にして、エクセルの秘密を思い返した。


「確か、あの力は西の神域でしか使えないのだったな。それに、その力を持ってしてもこの多数の敵には太刀打ちできない」

 エクセルは肩を落として、うなずく。


 そのとき、直撃弾が艦に命中し、大音響と共にマストが倒れ始めた。エクセルとセナは身を屈め、目前に倒れてくるマストを何とかかわしたが、更なる砲弾が飛来し、船に命中して激しい振動と硝煙が立ち込める。セナは咄嗟にエクセルをかばいながら

「だめだ……もう、なす術がない」


 エクセルたちは呆然と敵艦を見据え、わずかに反撃の砲撃を放つが、次々と押し寄せる敵艦に対して何もできず、全滅は時間の問題だ。

 その時、戦況を激変する思わぬ事態が起こった。

 マスト上の見張りが叫ぶ!


「南から、赤の帆の帆船が近づいてきます! 」


 突如、パリスの南に伸びる半島の先から一隻の大型帆船が現れたのだ。

白亜の船体に真紅の帆を張り、その姿はまるで豪華客船のように優雅だが、船の側面にはずらりと砲台が並んでいる。


 エクセルがその船を見ると

「あれは……」と一瞬、言葉に詰まったあと、声を震わせ

「スカーレット・ジャスティス」


「まさか、殿下の言っていた精霊艦隊旗艦のスカーレット・ジャスティスなのか」隣にいるセナも驚くとともに

「しかし、なんて美しい船だ」

 突如現れた麗美な帆船にセナや船員たちは目を奪われた。


 スカーレット・ジャスティスは赤い帆をはためかせ、白波を立てて戦域へと突き進んでくる。船首には長い銀髪を風になびかせた、麗しい女神を彷彿させるビーナスが立っている。その後ろにフードを被ったルシファーがいるが、エクセル達には、はっきりと見えない。


 エクセルの背後に回り込もうとしていた五隻のヴァイキング船が、進路を変えてスカーレット・ジャスティスに向かって砲撃を開始した。


 しかし、ヴァイキングの砲弾はかすりもせず、ただ海面に間欠泉のような水の柱を上げるのみだった。一方のスカーレット・ジャスティスは、回避することなく砲弾の雨の中を、静かに優雅に進撃していく。

 

 そのままヴァイキングの船をひきつけると、スカーレット・ジャスティスの沈黙していた砲門が火を噴いた。

 一瞬の閃光が、船の周囲を包み込む!


 その一撃はヴァイキングを震えあがらせた。


 たった一度の砲撃で、突出していた五隻すべてが大破し、撃沈されたのだ。

 戦域にいた帆船群は敵味方問わず呆然として、何が起こったのか信じられない様子だ。


 その様子を望遠鏡で見ていたヴァイキングの提督が青ざめている

「あの船は……まさか。戦神インフェルノ・ルシファー率いる精霊艦隊の旗艦スカーレット・ジャスティス」

 突如現れた真紅の帆の帆船に提督は震える声で呟く

「伝説に記されている神船がなぜ、ここに」


 その後もヴァイキングの船が砲撃を試みても、スカーレット・ジャスティスには一発も当たらず、無傷のままである。さらにもう一撃、スカーレット・ジャスティスが斉射すると、二隻が撃沈され、四隻が大破する。


「圧倒的だ……」

 ヴァイキングの提督は言葉を失っていた。


 スカーレット・ジャスティスは、漂うだけのエクセル達の船の間を通り過ぎ、ヴァイキングの大軍の前に躍り出た。


 ルシファーに代って船首に立つビーナスが両手を広げると、敵のヴァイキングたちを指差し、最後にその指を自分の胸にあてた。

 ビーナスの動きを見たヴァイキングの提督は

「あれは、パリスを攻めるなら、私が相手をする。ということだ」青ざめた提督は、しばらく逡巡したあと。


「砲撃をやめろ! 我々……いや、人間が敵う相手ではない」

「降伏するのですか。敵はたった一隻ですよ」

 若い副官が進言するが、ヴァイキングの提督は、表情を強張こわばらせ

「全滅したいのか! それに……ルシファーは、我々ヴァイキングの守り神、アルテミス様だ……」


「アルテミス様! 」


「そうだ、かつて北海で暴れていたクラーケンの大群に我々の艦隊が全滅寸前のところを、あの白亜で真紅の帆のスカーレットジャスティスを先頭に精霊艦隊が現れて、お助けくださった伝説がある」

 

 それを聞いた副官を始め船員は驚き、すぐに停戦の司令が下され、ヴァイキングの全艦船が一斉に白旗をあげた。

 瀕死のハルゼー艦隊と、圧倒的多数のヴァイキングの艦隊の間に、一隻の優雅な帆船が静かに漂っている。


「小国パリスに、アルテミス様の御加護があるとは。ガイア教め、私をだましたのか。ハルゼーと、エクセル王子を討てる機会だと言っていたのに」

 ヴァイキングの長は悔しそうに呟いた。

すると、スカーレット・ジャスティスの周りに薄い霧が立ち込め、まるで幻のようにその船影は霧散して消え去っていった。

 

 ヴァイキング艦隊はパリスに正式に停戦を打診し、エクセル王子の船と、ヴァイキングの代表が接触し、停戦協定が結ばれた。

 アルテミスの加護が宿るこの地はヴァイキングにとっても友好の地、今後一切の侵略行為を行わないことを誓約したのである。


 エクセル王子は感動に打ち震えていた

「やはりルシファー様は、私たちをお救いくださった」


 さらに、ヴァイキングの代表に事情を聞いてみると、ラスタリア王国に駐留しているガイア教国の者が「エクセル王子がパリスに向かい、ハルゼー提督が単身で会合する予定がある。その機に襲撃せよ」と密告していたというのだ。


 とはいえ、今回の出来事はエクセル王子にとって、思わぬ収穫となった。

 ヴァイキングの首長が言うには、「我々ヴァイキングは、ルシファー様を狩猟と貞潔の女神アルテミスと呼んでおります。かつて北海に現れた怪獣を退治してくださったこともある、我々の守り神です。まさか、エクセル王子にアルテミス様の御加護があるとは……。今回は、敬愛する女神に刃を向けてしまい、大変後悔しております。そこで、この失態を贖うべく、今後はエクセル王子に、力添えをさせていただきたく思います」


「間違いなく、第一王子やガイア教の企みだな」

 セナが断言するが、この剣について第一王子やガイア教を問い詰めたところで、証拠はなく、すぐに否定されるだろう。


 こうして、停戦どころか、友好条約と軍事同盟が結ばれることとなった。

 ただ、エクセルには一つ気がかりなことがあった。以前、神海で自分を助けてくれたルシファーが、赤髪のメイドに似ているように思えていたのだ。しかし、先ほどの船にいたのは銀髪の美女であり、彼女とは随分と異なる。


「どちらが、本物のルシファーなのか……」

 エクセルは腑に落ちず、何か秘密がありそうな赤髪のメイドがさらに気になるのだった。

 

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