第4話 パリス沖海戦

 水平線に、おびただしい数のヴァイキングの帆が連なっている。ブルー・ホライズンの船首にエクセルとセナが並んで、行く手を見つめていた。

 彼らの視線の先にはハルゼー提督の旗艦が、大軍に向かって進んでいく様子が見える。


「三十隻以上の敵に、こちらはガレオンが二隻に、キャラックが六隻ほどだ……」

 セナの深刻な表情に対し、エクセルは話題をかえ

「ところでセナ、お前は王の直属で、俺の部下ではないのに、なぜ付いてくる? 勝ち目はないと言っているのに、そこまでの義理はないはずだ。」


「今、王はご病気で、実質、俺はフリーで剣の腕もなまりそうなところだった。そこで、トラブルメーカーの殿下についくれば実戦に立ち会えると思ってな」

 セナが冗談のように言うと エクセル溜息をついて苦笑いした。


 エクセルは再び水平線の敵をにらみ

「相手は大軍だ。ハルゼー提督は敵の側面に回り込んで手薄の箇所をついて分散させ、孤立した船を各個撃破する作戦だろう」

 セナも黙ってうなずいた。 

 北から攻めてくる敵艦隊に対し、ハルゼーは東に迂回し敵の端を狙っている。少ない戦力を考え、分散しないように進撃していく。

 しばらくして、砲撃の轟音が響き、戦端が開かれた。


「近い敵船は船体を狙い、遠い敵は帆を狙え! 」 

 砲撃手が大砲を放つと、すぐに先込め式の大砲を六人の装填手達が、火薬の装填、玉込めなどの作業を連携して行う。この装填間隔を少しでも短くすることが戦況を優位にし、自らの生死に直結する。


 エクセルやハルゼーのクルーは練度が高く、敵より早く次弾を撃ち放つため、なんとか敵を押しとどめている。


 しかし、圧倒的な敵の数には抗えず、次第に被弾し劣勢に追いこまれていく。さらに左舷から主力の艦隊が迫ってきた。

「操舵手、面舵いっぱいだ! 」


 船が急旋回するとともに、帆船の帆が外側に大きく傾き、船体が斜めになる。帆船の側面には砲台があり、先に敵に側面を向けて射撃位置を確保するための操船が重要だ。風を読み、敵とのせめぎあいが続く。


 先頭の味方のキャラックが大破したが、こちらも突出してきた敵の二隻を大破させた。

 セナが砲撃の水しぶきをあびながら、甲板の上から戦況を見渡し

「さすが、ハルゼー提督の艦隊だ。機動性も高い」


 ハルゼーは孤立した敵艦船を狙い、中央に突出しないよう敵の側面に回り込もうとする。一方、数に勝る敵は艦隊を分散させてハルゼーの背後に大きく迂回して回り込み、退路を断とうとしている。


「背後に回られれば、囲まれて全滅する! 一度、後退して背後の敵を迎撃する」

 やむなくハルゼーは、艦隊を転進させる


「いそげ! 敵が集結する前に突破する」

 さらに、味方の一隻が轟沈し船足が止まる。そこに、背後に回り込んできた敵の快速船が二重三重に集結する。


「いくらなんでも数が違いすぎる。ブルー・ホライズンだけなら逃げられる。速度なら負けない」

 セナが戦線を離脱するようエクセルに進言すると、ハルゼー提督の旗艦からも手旗信号で、自分が敵をひきつけて囮になるので王子はその間に逃げろ、と伝えてくる。しかし、エクセルは断固として拒否する。


「民を見捨て逃げるなど、できない」

「撤退も重要な戦術だ。無駄死にはするな、生き延びて敵を討つ機会を待つのだ」

 セナも苦渋の表情で言うが、エクセルは撤退の指示はださない。


 その間にも敵が迫り、砲撃が次第に激しくなる。

「エクセル王子、さらに味方の二隻が大破しました」見張りからの報告は絶望的なものばかりだ。


「さすがに、この数を相手では無理だ。ハルゼー提督の船もかなり損害を受けている。このままでは全滅だ」

 エクセルは自身が降伏し捕虜になると手旗信号で伝えると。


『絶対に、やめろ!』と伝えてきた。セナも同感なようで

「敵はそれで済ますはずはない。ここまでの大艦隊を送り込んできた、海賊崩れのヴァイキングだ、パリスの街を蹂躙するのは間違いない」セナが剣の柄を握り

「こうなったら、敵を一人でも道連れにしてやる。敵の船にぶつけてくれ。俺が乗り込んで皆殺しにしてやる」


 しかし、激しい弾幕の中、避けるのが精一杯で近づくともできない。こうして、もたついている間に、背後に数隻の敵艦が塞いでくる、


「囲まれる………」

 エクセルは成す術がなく、覚悟を決めようとしたいた。


 そのころ、ルーシーは一人密かに、街はずれの小さな入り江に来ていた。さざ波の海辺にたつと、声高に叫んだ。


「ビーナス! 」


 次の瞬間、入り江に一隻の大型帆船が具現化する。美しい白亜の船体と真紅の帆が雲の合間からの陽光に照らされ、神秘的な輝きを放っていた。


「ルシファーさまーーーーー! 」甲板から涙声で叫ぶのは、ビーナスだった

「待っておりました」


 すぐに、船から光の桟橋が伸び、ルーシーはメイド服の裾を両手で持ち上げ、膝より下を露わにしながら駆け上がる。


「行けるか」

 いつもの口調に戻った彼女に、ビーナスは力強く。

「もちろんでございます」

「でるぞ! ここからはルーシーでなく、ルシファーだ。あの艦隊を相手にする」 


 ビーナスは、沖で激しい砲撃戦をはじめている艦隊を見据え

「人間の小競り合いですか。あの程度の艦隊、ルシファー様にはゴミ、カス、ウンコです。お手を汚すだけでございます、放おっておかれれば」


「いや……見つけたのだ」

 どこか口元の緩むルシファーに、ビーナスは疑るような目つきで。

「見つけたって、あの金髪、碧眼の王子ですか。でも、そんなに嬉しそうに」


「うっ……嬉しい訳ではない! あやつには、借りがあるのだ」

「借りですかぁ……」

 ビーナスはジト目で見つめると、ルシファーは赤くなって


「なっ! なんだその目は。私は神だ、人間なんぞ、なんとも思ってないわ。そもそも、敵のヴァイキングは以前、世話を焼いたことがあるからな」


「世話ですかぁ……でも、ルシファー様が人間の味方をするとは。でも、ここで身を晒してよいのですか。異世界の神が出るとややこしくなりますよ」

「確かにそうなのだが、不測の事態だ。このままだとエクセル達は全滅する」


 焦るルシファーにビーナスは、肩を落として

「はいはい、わかりました。異世界の神が現世に降臨して、人間の艦隊を相手にすると騒ぎになります。オーデルや、あの邪悪な気配が警戒するでしょう。今回はしかたなく船は出しますが、ルシファー様ご自身は身バレしないようにしたほうが良いですよ」

 御託を並べるものの、なんとか同意してくれたビーナスに、ルシファーは笑顔になり。


「わかっている。とにかく早く行くぞ! 」

「それでは、ルシファー様の素性がばれないように、僭越ながらルシファー様の前に私が立ちます」


「ああ、それでいい」

 ルシファーはフードをかぶり、ビーナスの後ろに隠れるように座った。


 すぐにスカーレット・ジャスティスの帆が一斉に張られる。

 静かな入り江に風が吹き、白亜と真紅の帆船が沖に向かって優雅に動き始めた。

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