無気力社畜、魔王軍の履歴書を添削させられてみた!(2)

 翌夕、ゲート管理センターの会議室。窓は狭く、壁は白く、机は安い木目。夜勤者向けの仮眠室の手前にある、小さな多目的ルームだ。俺とヴァルとライナ、そして四天王改め“安全管理リーダー見習い”ドゥガルドが並ぶ。反対側には、以前名刺をくれた人事の女性と、現場の採用担当――夜間監視チーフの男が座った。チーフは無駄のない体つきで、目の下に薄いクマを携えている。


「本番は明日ですが、今日は“先行ヒアリング”です」

 人事の女性が笑む。「当センターは現場重視なので、最初に候補者の“逆質問”から始めます」


「最初に?」

 俺が思わず聞き返すと、チーフがうなずいた。


「質問の良し悪しは、現場理解の良し悪しだ。何を知りたがるかで、どこで躓くかがわかる」


 ライナが小声で俺の袖をつつく。「面接道、裏の型だな」

「そんな道はない」


 人事の女性が促す。「では、逆質問、どうぞ」


 会議室に短い沈黙が落ちる。ドゥガルドは一拍、目を閉じ、ゆっくり開いた。昨日書いた三行の志望動機が、彼の背筋の中に通っているのが見える。


「質問、三つに絞ります」

 低い声が、揺れずに出た。

「一つ、事故ゼロの定義。当センターで“事故ゼロ”は“ヒヤリハットの報告含む/不含”どちらでしょうか。数字の扱いを確認したい」


 チーフが口角をわずかに上げた。「含む。報告数は悪ではない。見える数は盾だ。隠すほうが悪い」


 ドゥガルドは頷き、二つ目へ。


「二つ、権限の境界。夜間のインシデント時、一次対応者が“手順に戻れない”状況――例えばマニュアルの未整備に遭遇した場合、誰の判断まで遡及できますか。連絡スキームと“起こしてよい上限”を知りたい」


「一次は当直リーダー、二次はチーフ、三次で管理官を起こせ。起こしてよい。躊躇した結果の悪化が一番高くつく。**起床の線引きは“影響範囲×時間”**で閾値がある」

 チーフが指で四角を描く。「一次の可決権は“安全確保まで”。復旧判断は二次。境界の言語化が仕事だ」


 ドゥガルドは三つ目の札を切った。


「三つ、訓練の頻度と測定。避難・退避の訓練は月次/四半期のどちらで設計されていますか。訓練のKPIはありますか」


「現状は四半期。ただし夜勤は人の入れ替わりが早い。月次に上げたい。KPIは“参加率”“実施時間”“シナリオ分岐数”“手順への復帰時間”。復帰時間が一番大事だ」


 会議室の空気が、ほんの少し温まる。良い質問は、相手の中に眠っていた言葉を引き出す。ヴァルが隣でわずかに頷いた。


 人事の女性がメモを置き、言った。

「ではこちらからも“逆質問”を。今の三つを聞いた“理由”は何ですか」


 来た。逆質問の逆質問。質問の目的を問うのは、現場者の癖だ。ドゥガルドは迷わない。


「定義が曖昧だと、秩序は続かないからです。事故ゼロの定義が“見えない化”だと、現場は沈黙を覚える。権限の境界が曖昧だと、判断が遅くなる。訓練が“行事”だと、手順に戻る力が育たない。続けるための土台を知りたい」


 チーフが短く笑った。「いい。続けるを先に言った候補者は久々だ」


「では、もう一つ」

 人事の女性が視線を落として資料をめくる。「あなたが“最初の90日”でやることを、30/60/90で言ってください」


 俺は膝の上で指を折る。昨日の夜、ホワイトボードで組み立てた骨格。ドゥガルドはその順序で答えた。


「0–30日:観察とログ。現行手順の差分を記録。ヒヤリの語彙を統一します。夜間巡回に同行し、逸脱の発生点を地図に落とす。“起こす閾値”を実地で確認。

31–60日:小さな是正。巡回ルートの左右を固定、退避合図の位置を標準化。**“手順に戻る”**合言葉を掲示。月1訓練の試行。

61–90日:標準化。可視化テンプレを配布、当直交代時のチェックシートを運用開始。KPIを“復帰時間”中心に整備し、四半期会議に提出」


 言い切ってから、ドゥガルドはわずかに呼吸を深くした。チーフはうなずき、人事の女性がペンで丸をつける音がする。


「では、失敗談を。壊したことは?」

 チーフの声は淡々としているが、そこにだけ鋭さがある。ドゥガルドは一瞬目を伏せ、すぐに上げた。


「城門を早く落としすぎたことがあります。短期の勝ちに傾き、退避路の確保が遅れました。結果、味方が狭窄で滞留し、復帰時間が伸びました。対策は**“手順に戻る会”を設け、勝利報告の前に“退避と補給”の確認を必ず行う。自分の弱みは短期勝ちへの傾き。対策は定例の言葉**です」


「言葉で戻す、か」

 チーフはそのまま目を細める。「部下に“怖い”と言われたら、どうする?」


「“場の張り”を“静める力”に翻訳します。距離の管理は数字にします。声量をデシベルで測り、指一本で合図に切り替える。“怖い”の内訳を聞き、怒鳴り声ではない張りを覚える」


 ライナがテーブル下でガッツポーズを作る。威圧の再定義、事前練習通り。


「では、こちらからの最後の逆質問」

 人事の女性が微笑む。「“休憩”をどう設計しますか。夜の現場は、休憩が後ろに回りがちです」


「休憩は権利。手順に戻るための中継地。当直交代のチェックシートに休憩時刻を入れ、ズレは“事象”として記録する。休まなかった“善意”は美徳ではなくリスクと伝えます」


 会議室の空気がひとつ抜け、俺は胸の内で小さく拳を握った。就業規則斬りの精神は、ここでも武器になる。


「こちらからは以上です」

 人事の女性が顔を上げる。「最後に、質問はありますか」


 ドゥガルドは頷き、言葉を選んだ。


「退避合図の色は、現場で橙で統一されていますか。光は三度で通じますか。合言葉はありますか。もし未設定なら、**“手順へ”**を提案します」


 チーフは笑った。「橙、好きだ。三回も好きだ。合言葉はまだない。“手順へ”、悪くない」


 短いやり取りのあと、人事の女性が資料を閉じた。「今日は良い逆質問でした。明日の本番、今日の“意図”をそのまま持ってきてください。質問は攻撃ではなく、橋だと私たちは考えています」


 退室して廊下に出ると、夜勤に入る人たちが無言ですれ違っていった。蛍光灯の下、反射バンドが小さく光る。ドゥガルドは拳を握って、ほどいた。


「征服の問いしか持たなかった頃、私は“命令”しかできなかった。橋の問いを持てば、連携が生まれるのだな」


「逆質問は、関係設計だ」

 ヴァルが端的に言う。「名詞×数字で橋脚を打ち、合言葉で手すりをつける。落ちないための橋だ」


「面接道、本日の型を復習しよう」

 ライナが指を三本立てる。

「一、定義を問う(事故ゼロとは)。

二、境界を問う(権限の上限)。

三、続け方を問う(訓練の頻度と測定)。

これぞ“三逆の型”!」


「名前の癖が強い」


 センターを出ると夜風が湿っていた。自販機の灯りが歩道に白い四角を落としている。俺は缶コーヒーを三本買い、一本をドゥガルドに、一本をヴァルに、最後をライナに渡した。


「明日は本番。持ち帰って、寝て、朝に提出だ」

「休むことは義務」

 ドゥガルドは缶を握り、「手順へ」と短く言った。


 帰り道、ヴァルがふいに口を開く。

「中村。逆質問テンプレを、他の求職者にも配れる形にしよう。“三逆の型”の下に、悪手も並べて」


「悪手?」

「調べれば分かることだけを聞く、待遇だけを執拗に聞く、敵対的な問い――“御社の弱みは?”と投げつける形、責任の押し付け。“ミスしたら誰が責任を取る?”ではなく、“ミスが起きないよう、どの手順が盾になる?”と問う」


「なるほど。盾を探す問いにする」

 俺はスマホのメモに走り書きした。

《逆質問の型》

・定義(例:事故ゼロ=ヒヤリ含むか)

・境界(例:起床閾値の式=影響×時間)

・続け方(例:訓練KPI=復帰時間)

《悪手→言い換え》

・「弱みは?」→「改善中の課題と、その手順は?」

・「残業は?」→「ピークの設計と休憩の確保方法は?」

・「未経験でも?」→「最初の90日での成功の定義は?」


 ライナが缶を飲み干し、空を見上げた。

「勇者の逆質問は一つ。“我が剣の居場所はどこか?”」

「“剣より支え木の居場所はどこか?”に言い換えような」

「うむ。剣は片付ける」


 別れ際、ドゥガルドが不器用に頭を下げた。

「質問を持つのは、弱さだと思っていた。強さだったのだな」

「弱さの持ち方が、強さになる」

 俺は反射バンドを指で三度、軽く叩いた。

「退避の合図。訊け。戻れ。続けろ。橋を架けろ」


 家へ歩きながら、今日の会議室を思い出す。面接官の逆質問は、候補者の“問い”を試すためではなく、“橋材”を確認するためにあった。質問は要求ではない。合図だ。合図が通じれば、同じ道を歩ける。通じなければ、距離を測って退くことができる。


 机に向かい、テンプレの新しい頁を作る。《三逆の型》。余白に小さく書き添える。

――質問は攻撃ではなく、橋。数字は盾。手順は道。


 保存。アラームを、いつもより十五分だけ早くセットする。旗は一本でいい。明日は、もう一本立てればいい。

 深呼吸三拍、吐く七拍。手順に戻る。

 おやすみ、逆質問。おはよう、橋。

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