無気力社畜、魔王軍とファミレスバイトしてみた!(3)

 その日、俺は珍しく土曜の午前中に目が覚めた。

 特に予定もなく、二度寝を決め込むつもりで布団に潜りかけたとき、スマホが震えた。


 表示されたのは――ヴァルからの着信。


「……おはよ。こんな朝っぱらからどうした?」


『中村、救援要請だ』


 第一声から物騒だった。


「は?」


『ファミレスが修羅場だ。人手が足りん。お前と勇者、今すぐ来られるか?』


「なんで俺とライナ限定なんだよ……」


『この状況を鎮められるのは、戦歴ある者だけだ』


 ファミレスの戦歴って何だよ、と思いながらも、声色がただ事じゃないことは理解した。


「……わかった。ライナ起こして行く」


 


 * * * 


 


 店に着いた瞬間、その理由がわかった。


 店内は、まさにカオスだった。


 土曜の昼時、予約なしの客が押し寄せ、席待ちの行列ができている。ホールは注文を取るのに精一杯、厨房は皿洗いが追いつかず、呼び出しベルが途切れることなく鳴っている。


 その中心で、ヴァルが一人、注文票とフロアの動きを同時に捌いていた。


「中村、右奥のテーブル片付けろ! 勇者は入口で客の誘導を!」


 初手から命令である。


「ちょっと待て、俺は客として……」


「お前の職場でもそうだろう? “有給取るより現場助けろ”だ」


「ブラックの論理持ち込むな!」


 とはいえ、放置すればさらに混乱するのは目に見えている。俺は渋々、空いたテーブルの食器を下げにかかった。


 ライナはというと、入口で堂々と客に頭を下げていた。


「少々お待ちくださいませ! 勇者の名にかけて、すぐにご案内いたします!」


「勇者って言うな!」


 


 * * * 


 


 それからの一時間は、怒涛だった。


 食器を下げ、テーブルを拭き、席へ案内し、水を運び、注文を取る。慣れない動きで足腰が悲鳴を上げる。

 だが、少しずつ流れが整い始めた。


 ヴァルが俺たちにしかけた作戦はシンプルだった。


「客の案内は勇者、中村は清掃と補助、私はオーダー処理と指揮に専念する」


 役割を完全に分け、互いに干渉しないことで効率を上げる。異世界の戦場も現代の飲食店も、原理は同じらしい。


 


 * * * 


 


 正午を回った頃、事件が起きた。


「すみません! このオムライス、卵が固すぎるんですけど!」


 中年の男性客が声を荒らげていた。皿を叩く勢いでクレームを言う姿に、周囲の空気が一気に張り詰める。


 注文を取ったのはアルバイトの女子高生らしく、青ざめて動けなくなっていた。


 ヴァルが歩み寄ろうとしたその瞬間――


「ここは俺が行く」


 なぜそんなことを口にしたのか、自分でもわからない。たぶん、社会人として何度もクレームを食らってきた経験が背中を押したのだろう。


「お客様、大変申し訳ございません。もしよろしければ、すぐに作り直させていただきます。その間に、こちらのスープをお召し上がりください」


 スープを差し出すと、男性客の表情が少しだけ和らいだ。


「……最初からそうやってくれればいいんだよ」


 厨房に戻ると、ライナが腕を組んで待っていた。


「よくやったな、中村殿。あれぞ、この世界のクレーム処理術か」


「ただの経験則だよ。仕事してると嫌でも身につくんだ」


 そう言いながらも、少し誇らしい気持ちになっていた。


 


 * * * 


 


 ようやくピークが過ぎたのは午後二時すぎ。


 俺とライナはバックヤードの端で、ぐったりと座り込んだ。


「……疲れた……」


「だが、中村殿。今日は確かに我らがこの店を救った」


 その言葉に、ヴァルが水の入った紙コップを差し出した。


「助かった。お前らが来なければ、戦線は崩壊していた」


「大げさだな」


「いや、本気だ。働き手が足りない現場に、即座に応援が入るのはどれだけ心強いことか。お前らの会社でも同じだろう?」


「……まあ、そうかもな」


 現場がパンクしかけたとき、誰かが助けに来る。


 それは確かに――救世主だ。


 


 * * * 


 


 帰り際、ヴァルがふと呟いた。


「この世界の戦場は、剣も魔法もいらない。ただ、人と人が支え合うことが最大の武器だ」


 その言葉に、俺もライナも黙って頷いた。


 俺たちは、異世界から来た元参謀と、なんちゃって勇者と、疲れ切った社畜。


 でも今日は、間違いなくこの店の――救世主だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る