Episode31 戦士トイと『口約』






 神官アグリの胸ぐら掴んでいる男は、肩幅が広く大袈裟なほど筋骨隆々とした戦士の姿をしている。

 先程の金切り声はこの男のようだ。


「なんとかの欠片を出せ。お前が隠したことは知っている」


 野蛮そうな笑みで口を歪め、アグリの顎に一撃をくわえた。


 アグリがゆかに勢いよく倒れ込む。

 かべに激突してようやく止まった。


 アグリは口の端の血液を拭いながら、ゆらりと立ち上がる。二人ともNPCの動きではない。





 怖がる子供たちの中で、唯一鈴菜だけが騒ぎが起こっている方向を、虚ろな眼差しで見ていた。


 陽翔はるとはその場を全てスキャンし鑑定した。


 アグリが『デトミネィションの欠片』という石版をもっていた。

 アグリと戦士はプレーヤーがいるキャラクターだった。

 このVRRPGは公開されていないはず。部外者が紛れ込んでいる。


 ≪騎士 アグリ レベル30 FP450 MP120≫

 ≪戦士 トイ レベル20 FT400 MP0≫


 他の子供たちと違い、アルベールとグレースの鑑定結果は、信じられないようなものだった。


≪イピトAI アルベール 破壊攻撃不可 育成中のため干渉不可≫

≪イピトAI グレース 破壊攻撃不可 育成中のため干渉不可≫


 驚きのあまり声が出そうになったが、その言葉を飲み込んだ。

 まさかの育成段階のイピトAI? 

 ここは、何のためのエリアだろう。


蒼井陽翔あおいはると。見つけたぞ! 七瀬鈴菜の身柄を押さえている。殺されたくなかったら、このシステムを寄越せ。逆らったら、七瀬鈴菜の命はない」


 声と話し方に聞き覚えがある。

 だが、その人間が『misora』にいるはずはない。

 それとも似ているだけなのだろうか?



 樹希いつきが一歩前に踏み出す。

 その樹希いつきの前にココアが走り出て、庇うように威嚇のスキルを発動した。戦士の動きが強張る。



「物理の砥綿井とわたいか? 鈴菜を誘拐したのはお前?」



 獲物を前にしたヘビが舌なめずりをするように、戦士がニヤリと笑う。


林樹希はやしいつきか。お前たちは俺をこんな世界に呼び出しやがって。探すのに苦労した。だが、いいシステムだ。興奮する」


 残虐で焦点の合わない目は、加虐的で人として壊れている。

 恐らく、陽翔はるとになりすましたシアンが『misora』に招いたのだ。


 このいかれた戦士がゲーム内で、今まで何をして楽しんでいたかわかる気がした。

 外でモンスターの殺戮でもしていたのだろう。



 こんな奴にイピトAIもUbfOSも渡したくない。

 陽翔はると砥綿井とわたいを睨みつけた。

 なんとか、鈴菜を助け出す方法はないのだろうか?



 砥綿井とわたい陽翔はるとに向かって刃の厚い剣を向ける。

 騎士アグリがみんなを庇うようにして立った。

 アグリは隣に居たココアの頭をそっと撫でる。


「私は仲介役だ。依頼されてここに居る。君が探しているのはこれかな?」


 アグリは石板を砥綿井とわたいに見せた。

 砥綿井とわたいは下品な笑みを浮かべる。


 その隙にノアは砥綿井とわたいENABMDイネーブミッドにハッキングを仕掛けた。

 ブラウとイネーブルしている?

 砥綿井とわたいENABMDイネーブミッドは不自然だ。安全装置が意図的に外されている。


「人命救助優先だ。ちなみに、その石板の発動は私がする。どうなるか見極めるのも、役目の一つでね」


 陽翔はるとたちの瞳にうつる景色がゆらりと揺れ、地面から冷気が立ち上った。

 硬い廊下の感触をつま先に感じ、見覚えのある氷の回廊に転移する。


 目の前の玉座には真っ白の龍が、美しい水色の瞳でこちらを凝視していた。

 監査AIも目の前の事態が呑み込めていないようだった。



「部外者が二人居るようだが、倫理監査が必要な緊急事態があるのか?」



 白き龍が疑問を呈す。

 ノアが陽翔はるとにアグリは味方だとそっと耳打ちをした。

 どこかで聞いたことのある名前である。

 アグリはノアとイネーブルしていた。



蒼井陽翔あおいはると。逆らうと、どうなるかわかっていると思うが、このシステムの権利を俺に寄越せ」


 砥綿井とわたいは勝ち誇ったような顔で陽翔はるとに近付いてきた。

 気色の悪いことに陽翔はるとすぐ側に来て、小さな声で脅迫する。


「俺は一人ではない。逆らった場合は七瀬鈴菜の命は無い。付き合っているんだろう?」

「何を言って……」


 陽翔はるとの目の前にノイズ交じりの映像が、白昼夢のように広がった。ブラウが割り込みでノアに映像を送っている。


 白黒の映像は鈴菜が手足を縛られ、床に座り込んでいる姿が映し出された。どこかの倉庫のような場所である。


 その部屋の中には、複数の男が待機していた。

 たしかに鈴菜は生きてはいるが、頭にENABMDイネーブミッドを装着し意識は無い。繰り返しイネーブルさせられ疲弊しているのだ。


「くっ、鈴菜のイネープ状態の切断と、―――その男に、システムの権利の委譲をお願いします」


 白龍の監査プログラムは一瞬動きを止めたが、すぐに言葉を発した。


「蒼井陽翔はるとの言動を『口約』とみなし、倫理監査プログラム『白』の権限により、その命令を受け付ける。『戦士 トイ』の存在する環境で動作中のシステムに関して管理者権限を委譲する」




 砥綿井とわたいは高笑いをした。

 すぐさま命令を行使しようと倫理監査プログラム「白」のほうを向く。


「七瀬鈴菜のイネーブル再開。それと、うっとうしいノアを凍結しろ。今すぐだ」

「承知した。イピトAIノアの強制終了と凍結を実行する」




 強制的にイネーブル状態を剥ぎ取られた陽翔はるとたちは視界が暗転し暗闇に落ちる。

 最後に耳に飛び込んできたのは、砥綿井とわたいの高笑いだった。

 悔しさに舌打ちしながら闇に飲み込まれ意識が遠のくのを感じた。





✽✽✽





 陽翔はるとは自身の部屋のベッドで目が覚めた。

 たしか、ダイブしたのはFull Dive Spheriumフルダイブスペハリウム(フルダイブ球体空間)からだった。

 なぜ、部屋に戻っているのだろう。


「やぁ、おはよう。もう、朝だよ」


 目の前に『misora』で一緒だった、アグリに良く似た男が居る。

 アグリは白い髪に青い瞳だったが、目の前の男はオリエンタルな雰囲気の褐色の髪色に、ヘーゼル色の瞳をしている。

 この基地ベースになぜいるのだろう?


「あなたは?」

「私はアグリ・ベルトラン。君に名義を貸しているものだよ。身分はICSPO(国際刑事密偵警察機構)の捜査員だ。ノアは、の協力者に当たる。まさか、人間でなくAIだとは思ってなかったな」







 ---続く---






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