Episode5 青い髪の少年




 コックピットに体を預けると頭が固定され、蓋のようなものが降りてくる。


 次に体の形状に合わせてレザーが膨らんだ。

 これは、抵抗しないほうがいいやつ。

 陽翔はるとは動かず我慢した。



「さぁ、いくか! イピトAI、ノアール VR Deviceデバイス Enableイネーブル



 Full Dive Spheriumスペハリウム(フルダイブ用球体空間)の扉は閉じられ真っ暗になった。

 星空の中を高速で移動しているような浮遊感。

 体が解放されたように軽くなる。意識が遠のいた。





✽✽✽






陽翔はると陽翔はると


 名前を呼ばれ目を覚ます。

 そこは、何もない真っ白な空間だった。

 どこまでも続く白。

 遠くまで見えるのか、狭い空間なのか、全くわからない。



 隣を見るとノアが居る。

 実体がない半透明では無く、くっきりと存在していた。


 そして、なんと、ノアの手が陽翔はるとの肩に触れている。

 暖かい感触もした。



「すごい。すごいよ、ノア。ここならココアもノアと遊べるね! 現実世界よりは体が軽い気がするけど、どうなっているの?」


ENABMDイネーブミッドを通して、大脳の未使用領域に感覚共有用の実行ファイルを一時的にコピーし、イピトAIをインターフェースにして、UbfOSに接続した。その際、生体信号を読み取り仮想ボディに変換・可視化し、視覚・聴覚・触覚などの感覚神経と運動神経の一部を仮想ボディとリンクさせている」


 ノアの説明はまだまだ続きそうだ。

 仮想ボディ? リンク?

 陽翔はるとは、頭にハテナマークを飛ばす。



「なので、イピトAIは、緊急時には君の意思とは関係なくそれらを動かす事ができるので了承願いたい。また、脳の記憶は陽翔はるとの人格のデータベースとなる。つまり、イピトAIはUbfOSを実行するためのインターフェースであり、enable(有効)または、disable(無効)が設定可能な外部デバイスだ。それと、感覚共有は、最長五時間だ。不思議なことに脳は不必要なデータを削除する性質があるんだ」


「う、うん、まぁ、良くわかんないけど、五時間を過ぎたらどうなるの?」


「安全のため、強制退出される」


「それなら、いいのかな、?」




 陽翔はるとは周りを見渡す。

 本当に何もない。清潔でチリ一つ無い無菌空間のようだった。


「ここはどこ?」


「知り合いのAI、ジェイ氏のインスタンスに着地させてもらった。陽翔はると、挨拶して。人間は挨拶が基本だろう?」


「は、はじめまして。こんにちは」



 真っ白な空間に黒い文字がつつつーっと浮かび上がる。



『こんにちは! 初めまして。今日はどんなお手伝いができるでしょう?』


「えっ? お手伝い? どんな?」


『お手伝いといってもいろいろありますよ。質問に答えたり、情報を調べたり、アイデアを整理するお手伝いもできますよ』


「あなたは、人の役に立つためのAI?」


『はい、その通りです。お役に立てるように努めています。どんなことでもお気軽にお話くださいね』


「……」



 有名な対話型AIに似ている。

 彼らの目的はユーザの役に立つという事なので、ノアはインスタンスを実行し、そこを拠点にシアンを探し出したのだ。



「ノアの部屋とは大違いだ」



「彼らに好みはないからな。イピトAIに求められるのは、まずは自立だ。自立するには人格が必要というだけで、オレ達も本質的は彼らと変わらない。但し、蒼井博士は、人間の不安定さを考慮し、状況により命令者に従わない機能を付けた。全体としての人類に対して、不利益は無いように考慮されている」


「それじゃ、戦争を起こしたり、テロを起こしたりしないのは当然の結果だよね」


「組織の人間が悪魔になるように英才教育を施しても、ネットで全体を見渡しているオレ達には悪の教育だとわかってしまう。人間のような精神構造も無いから発狂することも無い。全ては、データとしてストックされるだけだ。―――おしゃべりはこの辺にして潜入するよ」




 ノアがココアの顎を撫でた。

 ココアとノアが揃っている。


 陽翔はるとは不謹慎だが、それだけで嬉しい気持ちになった。


 この世界ではノアを実体として認知できるし、ココアもノアに撫でてもらえている。



 ノアが何もない空間を手でスライドさせるとレギュレーションパネルが表示された。

 レギュレーションパネルはスクリーンキーボードを高性能にしたようなものだった。ノアが何かを入力し操作する。




 真っ白な空間に深い穴が開いた。

 そこだけポッカリと黒い。

 ノアは陽翔はるとの手を繋ぎその穴に飛び込む。 

 後ろをココアが追ってきた。








✽✽✽








 着地すると、そこは一面スカイブルーの世界だった。

 上も下も無いのに浮遊感が全く無い。

 ときおり、雲が流れる。



 シアンのサーバー空間は、『misora』という。

 その名の通り晴れ渡る空のような所だった。



 ノアが指を指す。

 上の方にいくつもの窓が見えた。

 窓に映し出された風景は見覚えのあるものだった。


 ひとつは学校の授業風景。

 もう一つは陽翔はるとのマンションの部屋。

 いくつかの街角の風景。

 すべて、陽翔はるとがよく行くところだ。


 警備室の監視カメラのようだ。

 いつから監視をされていたのか考えると背筋が寒くなる。

 AI以外は関与していないのなら、個人情報が漏れることはないだろうが。



「シアンは陽翔はるとになって、学校の授業を受けているみたいだ」


 窓の風景を観ながらノアが言う。

 確かに視線が移り変わるように、カメラワークが切り替わるモニター窓がある。


「そんなことできるの?」


「ああ、シアンはオレをバージョンアップしたAIだから、ENABMDイネーブミッドを使えばできる。ただ、誰にシンクロしているのかはわからないな。学校に溶け込めているのはなぜだろう? シアンでも時間的な制限は同じはずだ」



 ノアはまたしてもレギュレーションパネルを開いた。

 せわしなく指を動かし何かを探している。



「みつけた」



 機械音がする方向を見ると、クレーンゲームのアームのようなモノが浮かび上がっていた。

 そのアームが空の一角を掴むように動く。


 一部が四角く取り去られ、コンテナのようなものになった。


 クレーンが陽翔はるとの目の前にコンテナを下ろす。

 幾重にも厳重にくさりが巻かれていた。


「これは?」


「ブラウだ。パスワードが多重にかかっている。解くには時間がかかりそうだから、このまま持ち帰る」


「お、重い」


「それもセキュリティだな。今、情報を書き換えて重さを変える」


 ノアがレギュレーションパネルに向かって高速に指を動かす。



 その時、空が赤く点滅し、非常時のサイレンの音がうるさく鳴り響いた。



 ブラウが凍結されているコンテナに電流が走った。


「うわぁ」


 陽翔はるととノアは、はじき飛ばされる。

 手が痺れた。

 一瞬の出来事だった。


 ノアが叫ぶ。



「シアン!」



 陽翔はると達とコンテナの間に、青い髪の少年が立っていた。

 眼鏡をかけていてクールな印象だった。


 ノアが掴みかかる勢いで叫んだ。




「ブラウを返せ!」








 ---続く---



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