第17話 異世界再訪 こんな装備で大丈夫だ!

 ふと気がつくと周囲は薄暗い。

 空を見上げれば黒い雲が空一面に立ち込めている。

 曇り空と言うわけではない。

 辺獄は仮にも地獄の一部だ。

 その空に青空や太陽が有るわけではない。

 ルールブックによれば、辺獄の遥か上空には天蓋と呼ばれる天井が存在し、そこから噴き出す熱い水蒸気が常に厚い雲を形成しているらしい。

 そしてこの天蓋は周期的に発光と消灯を繰り返しており、これを便宜的に昼と夜としている。

 今の空はわずかに明るいので、恐らく午後の早い時間だろう。

 パシッ

 そう思いながら空を見あげていると、不意に肩を叩かれた。

 もっとも肩と言っても、それは腕の付け根あたり。

 つまり相手はルシアより背が低い。

「ラファどおしたの?」

 振り向きながらごく自然に答える。

 さすがに2度目の転入だから、それなりに自然に振る舞える。

「いえ、なんか物憂げにそらを見上げていたから。」

 ラファが答える。

 この世界の人々は『空』を『天』と表現する。

 これは自分たちが見上げているものが本当の空ではなく天井だから。

 いつか、本当の空の下へ戻ると言う考えに発するものだ。

 もっとも今となっては、本当に戻ろうなどと考えるのは少数の変わり者か、ラファやルシアたち『星片』に導かれた者くらいなんだが。

 そんな事を思い出しながら俺は「なんでもない。」とラファに返す。

「しかし、どういう風の吹き回しだ?」

 少し後ろに立っていたイルバが怪訝そうに声をかけてきた。

ルシアお前さんが、墜落者絡みではない話しに乗ってくるなんて。」

 その言葉、確かにそうだ。

 イルバは気が付いているはずだが、ルシアはその職業柄、普段は人に言えない様な仕事を受けて生活をしている。

 有り体に言えば要人暗殺と要人警護。

 時には同じ人間への暗殺と警護を請け負うこともある。

 そんな生活をしているので、宿命と言う逃げられない因果がある墜落者との戦い以外では他のメンバーと行動することは少ない。

 その数少ない事例が今回のことだから、警戒されても仕方がない。

「ま、グラシャの件で、仕事激減したの。」

 とりあえず嘘ではない程度の内容を返す。

 前回のグラシャの件は対外的にはグラシャ伯が行方不明となっている。

 墜落者は身も心も闇にのまれてしまうため、死後に遺体は塵となり何も残らないからだった。

 しかし、それは上流社会に激震が走ることになった。

 国の領土拡大を進める武断派の筆頭であったグラシャが姿を消したのだ、ただでさえ一枚岩にはほど遠い武断派は混乱した。

 また反対勢力である保守派にしても痛くもない腹を探られることになり、今や貴族社会は個々に疑心暗鬼となり、攻撃であろうが防衛だろうが、下手に手を打てない状況にあったのだ。

 ……もっとも、これは表向きの話だ。

 実際には今でも腕利きの暗殺者は引く手あまたである。

 それを話しても元の話題が混乱するだけなので、俺は黙っておくことにした。

 一応、あの日『ブレイズ&ブレイブ』のセッションに参加したプレイヤーには知らされた情報であるが、プレイヤーキャラクターPCと同一であるとは言え、彼らが裏社会情報を知っているかは不明だから。

「そんなものか。」

 そんな事を考えていると、やや後ろを歩いていたマハトが興味なさげにつぶやいた。

 ……仮にも騎士階級にあるんだから、大まかには知っておけよ。

 心のなかでツッコミを入れながらチラリとマハトの方を見る。

 いつもの様に歩兵戦術用のプレートメイルを身にまとっているが、今回はマントを羽織っていなかった。

 代わりにその格好には不釣り合いの大きなバックパックを背負っている。

 そのバックパックも硬い物が大量に入っているのいびつに歪んでいる。

「ジロジロ見てやんな、アレでも気にしてるんだ。」

 ルシアの視線に気がついたのか、イルバが顔を近づけて話す。

「分かってはいるんだけど、実際に目にすると気になるな。」

「お前だって普段から見れば変わった出で立ちじゃないか。」

 素直な感想を口にする俺に、イルバは指摘してくる。

 確かに……。

 今回の依頼を達成させるために、ルシアは事前にメンバーの装備を指定していた。

 今回の最終目的は死騎士デュラハンだ。

 しかし、いつもの様に死騎士を倒しておしまいとはならない。

 その取り巻きの死者たちを壊滅させる必要がある。

 その為、手数を多く用意する必要がある。

 特にルシアとマハトは直接敵を武器で殴るため、普段は持ち歩かないほどの武器を全身に鈴なりに身に着けていた。

 もちろん慣れた武器が一番いいのだが、どんなに丈夫な武器でも一振りで一軍を相手に戦うのは心もとない。

 そこで目的の村へ向かう前に、各々比較的得意とする武器類を複数用意させたのだ。

 かくいうルシアも普段は着ない目の細かい鎖帷子チェインメイルを着込み、サスペンダーには複数の短剣を取り付け、ベルトにはブラックジャックの代わりの小型のメイス、刺突剣、そして愛用の長剣と身体の動きを阻害しないギリギリの量の武器を用意した。

 とは言え、やはりこれだけの武器を持ち歩くと重い……。

 恐らく小剣の類をバックパックいっぱいに持ち歩くマハトはどれだけタフなんだか。

 そんな事を考え歩いていると、遥か道の先に風車かが見えてきた。

 そこが死騎士狩りの舞台、『ガラーナ村』である。

 俺たちは日が暮れる前に村へと入るため、少しだけある速度を早めた。

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