第2話 ストーカー退治

 4月21日 16:02 特別急行蒼空21号 3号車


「あっ!あの、助けて下さい!」


「「え?」」


 女性は切迫した表情で助けを乞う。

 何何、一体どうしたって言うの?



「ど、どうかしたんですか?」


 桜ちゃんが周りを見渡す。

 特に何も見つけられなかったらしく、視線を女性に戻す。


「わ、私…私っ…」


「無理に言わなくても構いませんよ。安心して下さい」


 女性は今にも泣きそうな声だ。

 本当にどうしたのだろう?

 もしかして飛行機が怖いとか?


「あっ、ありがとうございます…」


 いつの間にか列車は中起眞を出発していた。

 次の停車駅は中ノ浦。


「えっと…私、ストーカーに追われてるんです…」


「「!?」」


 それは予想外の問題であった。

 てっきり、切符を無くしただとか、物を無くしただとか、その程度だと思っていたのだが…。

 その予想は裏切られてしまった。

 ス、ストーカー…。


「えっと…ストーカー?」


「は、はい!!お願いです!助けて下さい!!」


 女性は遂に泣いてしまった。

 あ、あぁ、ど、どうしよう。


「だ、大丈夫です!助けます!助けますから!」


「ほ、本当ですか!?」


「で、出来る範囲でお助けします…」


「ありがとうございまぁぁす!!!」


 私に抱き着いて泣き始めちゃった。

 あ、桜ちゃん凄い目で女性を見てる。


「さ、桜ちゃん…?」


「蒼ちゃんに触れて良いのは私だけなのに……」


 あぁ、こりゃ駄目な奴だ。

 取り敢えず桜ちゃんはほっとこ…しばらくしたら元通りになるはず。


「そ、それで…?ストーカーってのは…?」


「この男です」


 女性はスマホの写真アプリを開き、件のストーカーの写真を見せてくれた。

 うーん、良く居る普通の男って感じ。

 黒髪でマッシュ。

 良し、覚えておこう。


「分かりました。この男ですね?」


「はい…」


「どうしよっか?」


 どうやってこの女性を守ろう。

 ストーカーってだけじゃ、私はコイツを逮捕出来ない。

 国鉄の敷地内で何か、犯罪か迷惑行為を働いてもらわないと…。


「う〜ん……あ、グリーン車!」


「グリーン車…?」


 女性は首を傾げた。

 目にはまだ涙が残っている。


「グリーン車なら、グリーン券を持って無い人は入れないから…」


「あ、そっか!無理やり入ろうとした所を確保!」


「正解〜」


 少々無理やりだけど、これしかない。

 この女性に暴力を払わせた上で確保じゃ……ね?


「桜ちゃん、車掌さんにグリーン車の空席あるか聞いてきて」


「は〜い」


 でも正直、ストーカーに追われてると言ってもGPSとか付けられてない限りこの列車に乗ってるのを見つけるのは至難の業では…?

 まぁ、”もしも”があった時の為に対策はしておかないとね。


「蒼ちゃ〜ん、10号車空いてたよ〜」


「OKOK〜。では行きましょうか」


「は、はい」


 女性と共に10号車へ向かう。

 車内には例のストーカーの姿は見られなかった。


「あ、差額」


「あ〜…どうしよう?」


 そう言えば、指定席とグリーン車の差額どうしようかな。

 指定席とグリーン車では当然グリーン車の方が高い。

 車内で移動するとなったら当然、差額を頂かなければならない。


「…桜ちゃん、いくら持ってる?」


「えー、現金決済なの?」


「車掌さんって端末持ってたっけ?」


「持ってたと思うよ?」


「じゃ、クレカでいっか」


 差額を私達が払う事にした。

 これで良し。

 移動しよう。


「では、行きましょう」


「は、はい」


 桜ちゃんが荷物を持って女性の後ろへ。

 前後で挟んで防衛する。

 今の所、変な人は居ない。



 10号車

 グリーン車は2+1の座席配列。

 起眞空港方面を向いて右側が1列、左が2列。

 着席率は80%と言った所。


「えー…10C10C…ここね」


 女性の荷物を荷物棚に上げて、女性を座らせる。

 座らせてる間に桜ちゃんが決済。


「あ、ありがとうございますっ」


「いえいえ、これが仕事ですから」


「デッキで立ってますから、何かございましたら声を掛けて下さい」


「分かりました」


 10号車の扉は1つ。

 デッキも1つ。

 後ろは乗務員室しかないから、デッキだけ警戒すればいい。


「今、何処走ってるっけ?」


「えー、新野と嶋野浦の間」


「OK」


 残りの停車駅は嶋野浦、起眞水沢、りんくう起眞の3駅。

 とても乗って来るとは思えないけど……。


「ねぇ、桜ちゃ―――」


 その時、列車が大きく揺れる。

 桜ちゃんが私の方に倒れて来た。


「わっ!」


「んんっ!」


 私は自然と桜ちゃんを抱っこした。

 桜ちゃんは恥ずかしいらしく、頬を赤く染めていた。

 いつもしてる事なのにね。


「…大丈夫?」


「う、うん」


 あー、可愛いっ!

 こんな可愛い子と一緒に仕事も出来て、同じ家で暮らせるなんて最高すぎない!?

 あ~私って幸せ!


「そ、そう言えばさ!」


「ん?」


「熊区への延伸計画!全然進んでないよね」


「あ~、あの山崩れやすくてトンネルが掘れないんだって」


 熊区は在来線も新幹線も通っていない。

 それは熊区の60%を占める山のせいだ。

 お陰で起眞本線も新幹線も山を迂回せざるを得ない。

 圧倒的鉄道空白地帯。

 まぁ、バスで需要を賄えてるからいいけど。


「へぇ~」


「後、川の水が枯れるかもだから、下手に掘れないって」


「熊区は大変だね~」


「ね~」



 16:46 起眞水沢手前 10号車デッキ


[間もなく、起眞水沢、起眞水沢です。お出口は左側です]


 もうすぐ起眞水沢。

 ココを過ぎたら、後はりんくう起眞だけ。


[ご乗車ありがとうございました。間もなく、起眞水沢に着きます。3番線に着きます]


 りんくう起眞さえ過ぎれば、外から乗って来る心配は無い。

 さて、ストーカーは乗って来るのか…。


[お出口は左側です。オーシャンパレス起眞へお越しの方はこちらでお降り下さい。本日も国鉄をご利用下さいまして、ありがとうございました]


 デッキには1人も乗客の姿は無かった。

 皆、空港に行く乗客の様だ。


 列車はゆっくり停車した。

 扉が開くが、乗降は無い。


「誰も乗らないね」


「わざわざこの区間でグリーン車使う方がアホ」


「それもそうだね」


[特別急行蒼空21号、起眞空港行です。間もなく発車します、扉にご注意ください]


 扉が閉まり、列車が動き出した。

 特に変化は見られない。


「乗ってこないね」


「来ないのが1番だよ。あの人の為にも」


 あの怯え方は尋常じゃない。

 何とか逃げれる様に、空港駅まででもしっかり護衛しないと。



 数分後

 列車は順調に空港へ向かって進んでいる。

 そろそろ本格的に海が見えてくる頃。


 そんな時、9号車から男が入って来た。

 黒のマッシュ…あの顔…アイツだ!


「蒼ちゃん」


「分かってる」


 男が怪しいのは誰の目から見ても明白。

 黒パーカーにフードを被っている。

 だが、顔は良く見えた。


「お客様、グリーン券はお持ちですか?」


 2人で扉を塞ぐ。

 男は何も言わない。


「………」


 私達と男の間の緊張が増してゆく。

 すると、男は何かを取り出した。


「あ、あれは…!」


「ナイフ!」


 列車内への凶器持ち込みは禁止!

 取り押さえる名目は出来た。

 後は制圧するだけ…!


「桜ちゃん…!」


「うん…!」


「……!」


 男は無言で襲って来た。

 ナイフを振り回し、私達を突破しようとしている。

 しかし、2対1では当然分が悪い。


「大人しくしろっ!」


 言葉で呼びかける。

 まぁ、でもこんなので抵抗を止める奴は居ない。


「…クソッ!」


 2人で床に抑えつけた。

 ナイフが男の手を離れて床に落ちる。

 男は這いずって客室へ侵入しようとしていた。

 まだ抵抗する気かコイツ!


「手錠掛けちゃう?」


「駄目駄目!掛けたら48時間だから!」


 手錠を掛けてから48時間以内に送検しなければならない。

 動く列車の中じゃ無駄な時間を過ごさないといけないから、手錠を掛けるのは列車を降りた後。


「あー、こちら鶴44。蒼空21号の10号車でナイフを出した男を取り押さえた。これより連行する」


[鶴44、空港派出所へ連行せよ]


「りょ、了解」


 え、空港まで抑えてなきゃなんないのコイツ?

 無理無理。

 ちょっと抑えるだけでも厳しいのに!


「あ、あの、2人で抑えるの厳しいんで増援をくれませんか?」


[了解した、空港から増援を派遣する。りんくう起眞まで耐えてくれ]


「りょ、了解っ…りんくう起眞まで何分!?」


「6分!」


 6分!

 10分無いだけマシね…。


「っ…!」


「わあっ!」


 男がナイフを拾って桜ちゃんに向ける。

 桜ちゃんは思わず男から離れてしまう。

 男は私の制圧下から脱し、客室内へ私達にナイフを向けたまま侵入してしまった。

 こうなったら下手に飛びかかれない。


「……っ!」


 警棒を持ってナイフを叩き落とそうとする桜ちゃん。

 だけど失敗しちゃった。


 女性はただ怯えている。

 男が女性に手を触れるのだけは何としてでも阻止しないと。


 男は依然ナイフを向けたまま後ろずさり……。

 ――と、その瞬間、男の後ろから車掌さんが襲い掛かった!


「!?何だお前っ!」


「オラァ!大人しくしろぉっ!」


「クソがぁっ!」


 車掌さんに加勢して男を拘束する。

 今度はしっかり身動きが出来ない様に…。


「ありがとうございます!」


「いえいえ。大変そうでしたから!」


 そう言って、車掌さんは足早に車掌室に戻って行った。

 女性は安心した表情を浮かべている。


[間もなく、りんくう起眞、りんくう起眞。お出口は右側です]


 あ、やっと増援が来るんだ。

 これで2人で抑えなくて済む。

 列車が停車し、扉が開いた瞬間2人の男性公安官が突入して来た。


「大丈夫か!」「無事か!」


「「無事!!」」


 空港派出所の北島さんと高安さんだ。

 2人共、ガタイが非常に良い。


「抑えといて!」


「「はい了解ッ!」」


 抑えるのは2人に任せて、私達は女性のケアに回る。

 女性は安堵の表情を浮かべている。


「もう大丈夫ですよ」


「あ、ありがとうございますっ!」


「これからどちらへ?」


 私は気になっていた事をぶつける。


「何処か…ココじゃない所へ」


「って事は、航空券はまだ取って無いんですね」


 桜ちゃんが問いかける。

 そっか、今から取るんだ。

 …高そう、航空券。


 ともかく、何とか男は確保できた。

 これで、この列車での仕事は終わりかな。


「後は、18時の蒼空で戻るだけだね」


「うん。そうね」



 17:32 起眞国際空港 起眞空港駅 5番線

 今、18時の蒼空24号を待っている。

 男は北島さんらが連行していった。


「いつ見ても凄い人!」


「流石、日本3番目の空港ね」


 今日の仕事もやっと終わり。

 あぁ、長かったな。


「早く家帰りたいね、蒼ちゃん」


「うん。起眞に戻ったらすぐ帰ろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こちら起眞鉄道公安室 ワンステップバス @onestepbus2199

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ