連火の本館の庭は殺風景で、花一つ植えられていない。しかし、今宵だけ煙と共に火花散る花が刹那に咲く。


「ふわぁ……」


はじめての花火はとても綺麗で白彩は幼子のように瞳を輝かせていた。



―パチパチと咲く火は、本当に花のようで……、これが夜空を彩る程大きい物だと、どんな感じになるのでしょう……—



近々見る打ち上げ花火により期待が高まる。そんな花火映る白い白彩の瞳に煌龍は吸い込まれていた。花火なんてそっちのけで、花火を楽しむ婚約者ばかりを眼に映している。


「煌龍様……もう花火はよろしいのですか?」


既に煌龍が持っていた花火は立ち消えていた。


「あぁ。それよりも、おまえの花火ももう少しで消えそうだ。新しいのに火を付けよう」


煌龍は揚火屋で買った手持ち花火を一つ取り出すと、右手の人差し指から小さな火を顕現させる。蝋燭程の小さな火に花火を近付けると、花火が燃え咲き開く。


「煌龍様。花火に火を付けるのお上手ですね」


「子どもの頃、姉上や愛牙たちと花火をするときは毎回俺が火を付ける役だったからな」



―そういえば、先日愛牙が副虹様ともやったことがあると言っていたが、俺が花火の着火役になったのはそのときだっただろうか……—



愛牙と話したときは思い出せなかったが、久しぶりに花火をしたことが起因なのか煌龍はぼんやりと当時のことを思い出す。



―まだあの頃は神通力の訓練をはじめたばかりで、炎の操作が上手くできていなかったな。—


―だけど、愛牙に頼まれて火を付けてみたが、花火に点火すると花火その物が消し炭になってしまった。—


―落胆するアイツの顔が悔しくて弱い火を出す訓練にも力を入れるようにしたんだったな……—



ぼんやりとした性格だったが、負けず嫌いでもあった煌龍の子ども時代。愛牙が望む蝋燭のような火を出す為に訓練を積み重ねたおかげで、翌年には白彩の花火を付けたときと同じくらい火を出せていた。



―だが、それ以上に当時は花火を自身で顕現させるということに嵌まっていたな。—



手持ち花火を体験した数日後、打ち上げ花火をはじめて観た。それがあまりにも綺麗で、自分でもできないかなと考えた煌龍。それは、とても小さくて本物の花火程綺麗な円形を作れていなかったが、恋寧と撫子はいつも歪な煌龍の花火を喜んで見てくれた。



―暫くして、くだらないことに神通力を使うなとアイツ止めささせられてが……—



不意に炎虎のことを思い出し、不機嫌になる。


「やはり、わたくしばかりが花火をするのはお嫌でしたか?」


だが、眉根を寄せる煌龍に気付いた白彩がその感情を自身に向けていると誤解する。


「違う!昔、花火のまねごとをしていたんだが……今日、花火を造る現場を見て想像以上に時間と手間がかかっているのだと思い知らされてな」


取り繕った言葉だが、花火工房の見学中にそう思ったのは本当だった。


「あれに比べたら、俺が子どもの頃に顕現させた花火など足元にも及ばないのだと思ったものでな……」


「……でも、わたくしは煌龍様の花火を見てみたいです」


今の白彩の発言は気遣いなどではなく、純粋な興味から来ている。


「煌龍様の火はとても綺麗でわたくし大好きです。だから、煌龍様の花火も好きになると思います」


自身のことではなく、自身が出す火が好きだと言った。しかし、煌龍はそれだけで心の熱が上昇する。


「本当に大したものではないが……」


丁度の白彩がやっていた花火も消えた。煌龍は掌を器の形に掲げ、火を丸く形作る。それを打ち上げ、夜の庭を彩る花火として顕現させた。


ドッカーン‼


本物の打ち上げ花火と比べたら低空での爆発な上に小規模なもの。しかし、白彩には手持ち花火以上の感動があった。


花火として上がる前から煌龍の掌を注視して、上がると火の玉が弾けるまでの様子を眼で追っていた。火花散る煌龍の花火が白い瞳をより一層輝かす。


煌龍は幼少期花火を見たときの感動を白彩も味わっているのだと感じた。



―あの頃、俺が感じたものを白彩は俺の花火で感じ取っている。—


―あぁ。どうしたものか……俺の心はそんな些細なことで可笑しくなる……—



気を紛らわせようと、口を開き白彩の意識を自身の花火から逸らす。


「俺の花火では勝負にならない程、本物の打ち上げ花火は壮観だぞ。再来週が楽しみだな」


再度、花火大会への期待が高まるが、「……蛍さんと浅瀬さんも、当日こんな風に一緒に花火を見れたらいいのに」と白彩は昼間のことを思い出す。


「あの二人のことか……」


実のところ煌龍も揚火屋でのことが気がかりだった。


「蛍さん。家の事情で浅瀬さんと会うことすら難しそうでした」


「だろうな。家同士が不仲なことが原因とはいえ、仲の良い友人と滅多に会えないのは辛いだろう」


「……」


やはり煌龍は勘違いしている。蛍と浅瀬は幼馴染としてだけでなく、異性としてお互いのことを想っていることを。しかし、二人の間を取り持ってあげたいという意味では白彩と同じだった。


「おまえが望むのなら、また明日揚火屋に行ってみるか?」


「えっ?いいのですか?」


「俺は仕事で行けないが、トキにでも付き添いを頼んでみる」


「でも、歌舞の稽古が……」


「毎日、稽古ばかりでは気が滅入ってしまう。ただでさえ、連火家の……俺の顔料であるが為に外出が控えさせてしまっている」


色彩眼の名家ならば、神通力を強化する顔料はどの家でも明確な弱みであった。


「できることなら、もっと外に連れ出したいくらいだ」


白彩の生い立ちを考えると煌龍のその思いは言葉では言い表せない程。それなのに、結局は屋敷に閉じ込めている現状が歯痒い。


「無論危険が予期されているときの外出は許可できないが、そうでないときはできる限り白彩の希望に沿えるようにはする。だから、遠慮するな」


「は、はい……」


白彩も煌龍の心遣い一つで気持ちが心に火花が奔った。

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