合唱がやんだ。

 ぎらぎらとした目つきで、邑人たちが喜三郎をにらむ。小太郎も喜三郎を見たが、睨みはしなかった。むしろすがる思いを視線に込めた。

「どうしてだ喜三郎」

 尋ねたのは弥二郎だった。

 勝算がないからだよと喜三郎は言った。

「泉邑からの侵攻には、たしかに耐えた。だが雛若さまが殺された理由を考えてみろ。それは向こうが日緋色金の剣を持っていたからだ。あれが一振りだけしかないとは限らない。邑人全員が持っていれば勝ち目はない」

「いいや、一振りだけと見た。もし邑人全員が持っているなら、攻めてくるときに持っていたはずだ。だが、実際に持っていたのは邑長の別水彦だけだった。つまり日緋色金の剣はあれ一振りだけだったということだ」

「あの時はなかったとしても、今はあるかもしれない。状況は変わる。それに守ると攻めるとではわけが違う。守りきれたからと言って攻めきれるとは限らない。知恵比べで世界の頂点に立つなどと息巻いていたくせに、そんなこともわからないのか弥二郎」

 む、と弥二郎はうなった。だがすぐに言い返した。

「それでも勝算がないわけじゃない。もし日緋色金の剣が邑人むらびと全員分あったとしても、だ。あの剣はそこらへんで手に入る物じゃない。貴重品だ。だとすればどこかに保管されているはずだ。そこへ忍び込んであらかじめ持ち出してしまえばいい」

「保管されているなら番人がいるはずだ。どうやって持ち出す」

「買収する。泉邑の連中だってみんながみんな心を許し合っているわけはないはずだ。邑からはみ出している者、邑を良く思っていない者、不満を持っている者、そういう奴らを探し出してこっちに協力させる。時をかければできないことじゃない」

らぬたぬき皮算用かわざんようだな」

「狸を獲ろうとさえしないよりはましだ」

 二人は鼻の先が付くくらいに顔を近づけたかと思うと、同時にふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「そのご心配、わたくしにお任せを」


 場違いに明るい声が響いた。

 雛若と先代の邑長の墓の後ろ。そこにそびえる杉の木陰から――。

 男が顔をのぞかせた。おどけた笑みが顔に浮いている。

「誰だおまえは」

 そう訊きながら、喜三郎が一歩引いた。その脇を固めるように、弥二郎も身構えて訊いた。

「まさか間者かんじゃか」

 ついさっき顔を背けあったばかりの二人が、連携している。感情と状況判断をわけて考えている証拠だ。もちろん小太郎もそうした鍛錬をんでいる。

 だが小太郎は警戒しなかった。男を知っていたからだ。

「またおまえかよ」

 小太郎は溜息をいた。

 カイナ神社で出会った男だ。風を吹かせて小太郎を救ったと自称しているが、小太郎はまだ信じきれていない。

 男は木陰から出てくると、またおまえかはないだろうと言った。

「せっかくを持ってきてやったってのによ」

 男は黒く細い棒のようなものを持っていた。片手で握り、肩に立てかけている。

「ほらよ」

 その棒を、男は水平に持つと軽く投げて寄越よこした。

 棒は小太郎の足許あしもとに落ちた。

「これは――」

 小太郎は棒を拾った。

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