「雛若さま!」

 今度は叫んだ。

 弥二郎も喜三郎も、邑人たちも口々に雛若の名を呼ぶ。

 泣きむせび、慟哭どうこくする。


「なんだい?」


 雛若が目を開けた。眉間にしわが寄っている。

「どうしたのさ」

 一同が黙った。

「何――っていうか」

 小太郎は戸惑とまどう。

「悪いけど、私ちょっと眠らせてもらうよ。みんなも疲れただろうから、休んでおくれ」

 そう言って、雛若は再び目を閉じた。


 雛若は、もう目を覚まさなかった。


 邑人全員で雛若を埋葬した。

 埋めたのは、邑全体を見渡せる丘の上だった。杉が一本生えていて、その根本に石が置かれている。先代の邑長の墓だ。

 雛若の遺骸いがいは、その近くに埋められた。

 埋葬が終わってから、かつて雛若につかえていた従者が、小太郎に寄ってきた。

 綺麗に畳まれた暖暖丸が、その両手に乗せられている。

「これを」

 従者が差し出してくる。

 小太郎はそれを受け取ろうと手を差し出したが、途中で引っ込めた。

 邑人たちの様子を伺う。

 それぞれに顔色は違った。

 顔を真っ赤に染めている者もいるし、しきりに鼻をすすっている者もいる。うつろな目をしている者もいれば眉尻を釣り上げている者もいる。小さな子はあからさまに泣き声をあげていた。

「受け取れよ」

 弥二郎が言った。弥二郎は唇を噛んで震えていた。

「でも」

 再び邑人たちに目を向ける。

 何人かがうなずいていた。

「雛若さまが、おまえを跡継あとつぎに選んだんだぞ」

 今度は喜三郎が言った。喜三郎の顔には表情がない。

「さあ」

 従者がさらに暖暖丸を差し出してくる。

「復讐だ」

 誰かが言った。小さな呟きだった。

「そうだ」

 また別の誰かが、さっきよりもやや大きめの声で言った。

みなごろしだ」

 獰猛どうもうな声があがった。

 声は次第に重なり合いはじめ、合唱となった。

 怒りと怨嗟に満ちた合唱は丘に響き、邑中むらじゅうこだました。

「どうするんだ小太郎」

 弥二郎に肩を叩かれた。

「どうするって」

「みんな復讐に燃えてるんだぞ。俺だってそうだ。おまえはどうなんだ」

「おいらだって怒ってるさ。怒り狂ってるよ。雛若さまを殺した泉邑の奴らなんか絶対に許せない。ただ――」

 復讐が本当にできるのだろうかという不安を小太郎は抱えている。もし復讐に走ったら、またあのときの感情に襲われるのではないか、と小太郎は案じている。

 あのとき――小太郎が岩を投げて泉邑を殺してしまったとき――小太郎は言い知れない嫌悪感に襲われた。敵なのだから殺してしまうのは仕方がないことだし、雛若にも邑人たちにも褒められたのだけど、殺してしまった瞬間のあの感覚を、小太郎は忘れることができない。

 復讐に走ったとして――その先に天下を目指すのだとして――あの感情をこれからもずっと抱き続けなければならないのだとしたら――。

 それに耐えられる自信が小太郎にはなかった。


「俺は反対だ」


 喜三郎が高らかに宣言した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る