「それは違うぜ雛若さま。戦ったのは全員だ。雛若さまだって先頭に立って矢を放っただろ。それに何より、俺を庇ったせいで雛若さまはこんな目に」

 最後まで言葉にすることはできなかった。込み上げてくる感情を噛み殺さなければならなかったからだ。だが、噛み殺した感情は収まらなかった。口の中で拡散して鼻と目に至った。

 鼻の奥がつんと痛み、目の裏が熱くなる。直後、視界が滲んだ。

 小太郎は腕で目をこすった。同時に鼻をすする。

「なに言ってんだい」

 雛若が鼻を鳴らした。まだ声はかすれているが、意識はだいぶはっきりしてきたようだ。

 小太郎が握っていた雛若の手に、力がこもった。雛若が手を引く。小太郎は手を離した。

「あんたがいなかったら、私だけじゃなくてみんなやられてたかもしれないんだ。もっと胸を張りな」

 引いた手が、小太郎の頭をでた。髪をむしるほどに強い撫で方だった。小太郎は下を向く。

「だからさ、あんたしかいないんだよ」

 下を向いた小太郎のあごに、雛若が指を添える。無理やり顔をあげさせられた。

「いないって、何がだよ」

 決まってんじゃないかと雛若は言った。


「次の邑長だよ」


「え?」

 どよめきが広がった。雛若は続ける。

「勇気があって正直で、ちょっと頭は足りないところがあるけど、いつだって何にだって全力でぶつかっていく。何より天下無双の怪力の持ち主だ。そんなあんたを置いてほかに邑長にふさわしい奴がいるかい」

「待ってくれよ雛若さま。誰よりも邑長に相応ふさわしいのは雛若さまじゃないかよ」

「私はねェ」

 もう駄目さと雛若は息を吐くように言った。

「そんなことねえよ」

「あれを」

 小太郎の顔から視線を外して、雛若は言った。

 それに反応したのは従者だった。

「は」

 従者は一礼して部屋を出ると、大きめの四角い板を持って戻ってきた。板は従者の両掌りょうてのひらうやうやしくせられている。その板には、白い布がかぶせられていた。

 従者は群がる邑人たちの合間を縫うように歩いてくる。邑人たちは自然と従者に道を開ける。

 従者は小太郎の脇で立ち止まった。

 膝を突く。

 板を床に置く。

 小太郎は従者に体の正面を向けた。

「これは?」

 尋ねる。従者は答えず、板に掛けられていた布を取り払った。

 布の下から出てきたのは――。

 赤い袖なしの半纏はんてんだった。


 暖暖丸だんだんまるだ。


「みんなを頼んだよ」

 雛若が言った。

 振り向く。

 雛若は目を閉じていた。

「雛若さま」

 呼んだ。

 返事がない。

「雛若さま」

 さっきより大きな声で呼びかけた。

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