7・風の力

 間に合っているはずだ。

 そんな、確信というよりは祈りに近い思いを噛み締めつつ、小太郎は雛若ひなわかの屋敷へ飛び込んだ。

 屋敷の中にはすすり泣く声が染み渡っていた。

 小太郎は廊下を抜けて雛若の寝室へ入った。

 部屋の四隅に置かれた四つの燭台が、室内をだいだい色に照らしている。灯火は弱々しく、床や壁をう影は絶え間なく揺れていた。

 その淡い光の中に、人集ひとだかりができていた。

 真ん中に、雛若が仰向けに寝かされている。槍は抜けたのだろう。胸が浅く上下しているところを見ると、まだ息はあるようだ。

 間に合ったのだと小太郎は思った。

 しかし雛若は目を閉じている。寝ているのか、意識が戻っていないのかわからない。

 寝ている雛若のまわりを、邑人たちが取り囲んでいた。その中には弥二郎と喜三郎の姿もあった。

 邑人たちが啜り泣く中、喜三郎と弥二郎だけが雛若に向かって力強い声を放っていた。

「目を覚ましてください」

 と弥二郎が叫び、

「死なないでください」

 と喜三郎が訴えている。

「雛若さま!」

 小太郎は邑人たちの輪を押し分けて進み、雛若の枕元に膝をついた。

 いきなり現れた小太郎に全員が驚きの声をあげた。弥二郎も喜三郎も顔をあげて、おお、と声をあげた。

 その声のおかげだろうか。雛若の目が、開いた。

 全員が声をあげた。

「雛若さま」

 小太郎は無理やり雛若の手を掴んだ。両手で握りしめる。

 雛若の口が、わずかに動いた。声は出ない。

 驚きとも喜びともつかないどよめきが起こった。

 雛若の唇がかすかに戦慄わななく。何かを言おうとしているのだと小太郎はさとった。

 ほかの邑人もそれを理解したのだろう。

 響きがおさまった。

 静寂。虫の声だけが、ちろちろと聞こえる。

「小太郎」

 雛若の口から、かすれた声が漏れた。

「ここにいるぜ」

 小太郎は覆いかぶさるように、雛若の顔を真上から見下ろす。真っ白になってしまった雛若の顔に、薄く笑みが浮いた。一度大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 それから雛若は苦しそうに、おまえのおかげだよと言った。

「俺のおかげ? 何が?」

 戸惑いと気遣いから、声が震える。いつもはらから声を出している小太郎にとって、抑えることは難しいことだった。

 静まり返る中、雛若がか弱い声で小太郎の問いに答えた。

「小太郎、おまえの投げた岩が敵を倒した。それで平邑は守られた」

 そうだ、その通りだと周囲から声があがる。だが、小太郎はそれを否定した。

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