木立の陰からだった。

 おちゃらけた笑みを浮かべた男が、顔の高さに手を挙げて出てきた。

 危ねえところだったな坊主、と男は言った。

「誰だ、貴様」

 砂利の上には、千代包が落としていった日緋色金の剣が落ちている。小太郎は反射的にそれを拾って構えた。

「待て待て待て。待てって。そうしなさんな」

 男は両手をあげて後退あとじさった。しかし顔にはおどけた表情が浮かんでいる。それが小太郎は信用できない。

「さっきの風を起こしたのは俺だぜ」

「嘘をつくな」

 本当だよと男は言った。

「その証拠――になるかはわかんねえけど、あれだけの強風の中、おまえだけ飛ばされなかっただろ。それは俺がそうしたからだよ」

 実のところ、小太郎もなんとなくそうなのではないかと思っていた。木が折れ、神社の屋根が飛ばされるほどの暴風だったというのに、なりの小さい小太郎だけは小動こゆるぎもしなかった。あんな風が自然に起きるわけがない。だが、だからと言って人が風を起こせるわけもない。

 あり得ないことの板挟いたばさみになって、小太郎は事実をはんじかねている。

 しかしそれとは別に、小太郎は眼の前の男の性質をなんとなく見抜いていた。いけ好かないが害意は感じられない。味方ではないかもしれないが、敵でもないのかもしれない。少なくとも争うつもりはなさそうだと小太郎は思った。

「誰だ、貴様」

 小太郎は警戒も構えも解かずに訊いた。

 男は両手を腰に当てて、堂々と名乗った。

「俺の名はイカリ」

 おまえに天下をもたらす男だ、と男――イカリ――は最後に言った。

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