第49話 裏切りと信頼と

「なっ!?」

「中から……!!」


カレハが壁を砕いたことによって眼の前に広がるのは、地獄の惨状だった。

〈ヴータリティット〉が大量に、それも数え切れぬほどの量が砕かれた壁を乗り越えて馳せ参じてきた。

カレハとユウセイが飛び出して足止めをしようとするも、その物量は止まらない。

中にはゴドウィンの仲間がいるはずなのが、出てきたのは厄災の如き〈ヴータリティット〉の軍。

その事実が、アウルの思考に衝撃を与えた。


(裏切られた……いや、騙されたのか!)


「ゴドウィン!!」


アウルが激昂しながら振り返ると、そこにいるはずのゴドウィンの姿はなく、代わりに広がっていたのは先ほどカレハは破壊した鍾乳の壁と同じような壁が広がっているだけだった。

その壁の向こうから、冷ややかな声が聞こえてくる。


「おいおい、叫ばなくても聞こえるぜ?」

「お前、騙したのか……!」

「騙したとは人聞きの悪い。一応、正しいことを言ってはいたぞ」

「何が正しい……!」


まるで肩をすくめて言っているのが容易に想像できるような言い分に、アウルの手が震える。

カレハやユウセイ、エディアも全く同じなようで、〈ヴータリティット〉を捌きつつ、壁の方に眼を向けていた。


「仲間が生き埋めになったっていうのも嘘だったんですか……!!」

「仲間だァ?俺は仲間なんて一言も言っていない。パーティメンバー、といったんだよ」

「パーティメンバーは仲間じゃないの!?」

「ああ。なんせ、そこら辺で適当言って連れてきた一年だからなあ……でもパーティには入れているんだ、パーティメンバーと言っても差し支えないだろ?」

「暴論を……!!」

「その“パーティメンバー”の子はどうなったのよ!!」

「知らねぇよ、そこまで面倒見る義理はねえ。どうせその大群にボロボロにされて野垂れ死んでんじゃねえのか?」

「貴様……外道め!!」

「おいおい、俺ばっかりに注目していいのか?すぐ後ろまで〈ヴータリティット〉が近づいてんじゃないのか?」


その言葉通り、カレハの後ろから鋭い鉤爪が振り下ろされた。カレハは音を聞いてそれを避け、勢いをつけた回し蹴りで〈ヴータリティット〉を吹き飛ばす。

アウルは苛立ちながらも、冷静に優先順位を脳内でつけて、指示を出す。


「クソ……、とりあえずコイツらを一掃して、その子を探すぞ!」

「ちょっと、アイツはいいの!?」

「アイツは後でも殴れる、そうだろ?」

「……ええ、そうね。そうだわ。その子を探すほうが先決ね。」


そう言って、カレハとユウセイは延々と出てくる大群を捌き始める。

殴る、蹴る。魔法が飛んで、眼力で落とされる。飽和する〈ヴータリティット〉の大群は、多すぎるがゆえに機動力も連携力もなく、団子のように纏まりつつも無秩序に走ってくる。連携のないマジョリティなど、マイノリティよりもタチが悪いものだ。

カレハが1匹のトカゲを蹴り飛ばすと、その後ろで詰まっていた〈ヴータリティット〉が四、五体諸共吹き飛んでいく。またユウセイが大きめの岩を何とか持ち上げて、魔力で射出すれば、面白いほど何体も貫通して〈ヴータリティット〉に風穴をあけていく。

だが。


「キリがねぇ……これ無限湧き場スポーンポイントあるんじゃねぇのか?」

「すぽーん……?とりあえずくっちゃべってないで、一点突破で行くわよ!」

「分かりました!魔法、行きます!【瞬精光条リヒトシュタイン】!!」


ここ3ヶ月でもう見飽きるほど見慣れたエディアの魔力が膨らみ、操作された光が一本の光条として送り出される。それと並走して、カレハと身体強化済みのユウセイが走り抜ける。光の棒が伸びきった切っ先が、先頭で屯していた羊型にぶつかった瞬間、羊の身体に穴が空いた。アウルがいつものより断然強いその威力に眼を見開くと、エディアが自慢するようにその小さな胸を張った。


「貫通力特化です!」


さらにカレハが風穴の空いた羊の身体を蹴っ飛ばし、その後ろから出てきたトカゲを掴んでは投げる。どうやら先程のトカゲと同じタイプの〈ヴータリティット〉だったが、個体差があるのだろうか。いや、中で動き回っていたが故に体力を削られていたのか。真相は謎だが、ともかく一体一体の力は通常の〈ヴータリティット〉よりも少しほど劣るらしい。カレハや身体強化したユウセイがちぎってはなげちぎってはなげを繰り返し、どんどん〈ヴータリティット〉の肉壁を削り飛ばしていく。

アウルやエディアの方にちまちまと向かってくるものは、エディアが的確に撃ち抜いたり、アウルの眼力で無力化されていく。……皮肉にも、騙されたことによってポイントを大量に稼げている。喜ぶべきなのか、悲観するべきなのか。


(って、そんなことはどうでもいい。まずは、俺達と同様に騙されたパーティメンバーとやらが無事かどうかを確認する。出来るなら救出だ)


「エディア、カレハとユウセイに石弾を送ってやれ。アイツらなら活用できるはずだ」

「もちろんです。【精土弾クゲル・ボーデン】、2発です!!」


ヒュンヒュンという風切り音が光線の後追いとしてカレハとユウセイを追いかける。カレハはその音で、ユウセイは視認して支援がわかったようで、口許に笑みを浮かべた。カレハは急に足に力を溜めて、飛び上がる。周りで包囲していた〈ヴータリティット〉がこの隙に、空中なら抵抗できまいと殺到した。しかし後ろから、意識の外から飛んできた石弾がその包囲を成していた一角を貫通した。


「ギャフゥ!?」

「ナイスタイミング、ね。私に貫かれたいやつは前に出てきなさい!!」


そして、飛んできた石弾に。もはやカレハのお家芸の、不安定な足場とも言えないようなものを蹴飛ばして空中で加速する技だ。だが今回は、石弾の慣性がそのままカレハの速度を倍増しにして、いつもよりも素早い風となって飛んでいく。その速度に対応できぬまま、前に立ち塞がろうとした〈ヴータリティット〉どもの巨体丸ごと、拳と蹴りによって吹っ飛ばす。後ろまとめての、大掃除だ。

ユウセイの方に飛んでくる石弾は、その強化された反応速度と腕力によって、ユウセイがそのまま掴んだ。そして身体強化を一時的に解除して、握った石に魔力もろとも念を込める。


「【情報付与】対象:石 効果:2秒後に温度1200度急速増加」


呟いた言葉は、ルイズとの戦いで時間稼ぎのために呟いた言葉と全く同質。そして、まるでゴミでも捨てるかのような無造作さで、ユウセイはその石を前方5メートルほどに投げる。もちろん、そんな投石では何も傷つかない。投石では。そしてまたしても魔力が踊る。


「【情報付与】対象:自分 効果:耐熱化、脚力増加」


そしてきっかり2秒後に、その石が爆裂をした。急速に温度が上がったことにより、周りの空気もろとも膨張、酸素を吸い込んで爆轟が生み出されたのだ。ドゴン!!!と凄まじい音と、鍾乳洞の床が破壊されて出した粉塵が、あたりを包み込む。

そして数秒して開いたときには、もうすでにユウセイの姿はない。脚力増加によって前に進んだのだ。


「アイツら、見つけてくれるといいんだが……」

「ただ、壁を壊した先の空間は見える感じ狭いです。ならば、すぐ見つかると思いますよ」


その言葉を言い切るやいないや、カレハが突然下から生えている鍾乳石を砕いた。武器にするつもりなのだろう。構えて頼もしく、言い切った。


「かかってきなさい、雑魚〈ヴータリティット〉ども。今の私は、ちょっと機嫌が悪いわよ」


そして、ユウセイは走っているうちに見つけたのだった。鍾乳石の影に隠れるようにあった、穴を。

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