第30話 鬼ごっこは乱戦か?

「ふふン、とっとと捕まえて、盟友を私の仲間にするわヨ〜」

「上機嫌だな」

「そんなに勝ちを確信しているのでしょうね」


透明になっている、とはいえ人間心理的になにかに隠れてないと不安になってしまうものだ。この階の半分以上を占めている森の、木陰に隠れてルイズが追ってきたことを確認したユウセイとエディアは、見つからぬように小声で喋る。エディアの顔が近く、いい匂いがするがそれどころではない。


「だかラ、そこでコソコソするのやめよウ盟友?」

「ッ!?」


鼻歌を歌っていた顔がグリンとこちら……透明化しているはずのユウセイたちの方を向いた。その眼は、全くもって獲物を見つけた狩人のそれだ。その怜悧な視線はしっかりとユウセイたちを見抜き、位置を完全に把握しているのが言外にわかる。


「私はわかるわヨ、透明化しても無駄。こうやって見抜くの、ニンジャっぽくなイ?」

「それ忍者じゃなくて見つける侍のほうだろ……」

「二人とも何を言ってるのか全くわかりませんけど、この状況で言う事じゃないですよね!絶体絶命ですよね!?」

「あ、馬鹿、声がデカい……!」

「もうコソコソしなくていいって言ってるじゃン」

「ハア、もうしょうがないか」


ここまでバレてしまっているのならもう声を潜めて喋る必要は全くない。一応ルイズが勘を使って当てずっぽうにユウセイたちの位置を当ててしまった可能性もなくはないので、透明化は継続したままだが。警戒を怠ることは戦闘としてあり得ない。


「一応参考までに、なんで俺達の場所がわかったか聞いておこうか?」

「言うと思ったのかしラ、だとしたら甘いわよ盟友」

「まあ、それはそうだよな。でも、見えないということは俺達に先攻の有利があるんじゃないか?」


そう言いながら、ユウセイは地面を蹴りつける。もちろん、身体強化は事前に済ませているので普通の飛びかかりとは一線を画する速度である。不可視である状態に加えユウセイは魔力に余裕がある限り強化バフを青天井に掛けられるのだ。

風切り音とともに、ユウセイの加速した拳がルイズを貫く直前。


「そこね、丸わかりヨ」


ルイズから、もはや雨が逆巻いて飛び出したのかと錯覚するほどの魔力の弾幕が放たれる。それらはすべて急激に熱を帯びていき、やがて炎となった。その炎はピッタリユウセイの飛びかかってくる方向に板のように張られ、ユウセイは身体の転身を余儀なくされた。その反撃は、今まで確信ができなかった、ルイズが透明化を見破っているかどうかに答えを与えた。


「透明化の意味はない、か……」

「そうネ、その判断はいいワ。真正面切って私のニンジュツを受けきれるかどうかは知らないけどネ」

「忍術?魔法じゃないのか?」

「いヤ、不思議な術なんだからニンジュツじゃないノ?」


透明化を解除し、ユウセイの黒髪が風に揺れる。なにか噛み合わない会話をしつつも、ジリジリと隙を伺うユウセイ。左手を後ろに回し、親指を突き立てたグッドサインの後、3、2、1と指でカウントを進めた。その手のカウントが0になった瞬間。


「【精土弾クゲル・ボーデン】!」


木の隙間から、土塊が射出される。光属性を選ばなかったのはあえてか、なんとなくか。ただ、ルイズは飛んでくる礫にニヤリという笑みを浮かべて、眼を光らせた。ルイズはシュバッと手を陰陽師の印のように組む。その形の良い唇から、言葉が溢れた。


「ニンジュツ、【火遁の術ヒッツェ・ヴェトリブ】」


炎が舐めるように燃え広がる。やはり、ルイズの能力は炎に関する魔法なのだろう。そう言えば、この世界の魔法は大別して、8属性ある、ということをヒローワークのお姉さんから聞いた気がする。ルイズは典型的な炎属性であろう。

延焼はそのまま不思議なことに空中にまで広がっていき、迫りくる石弾をその熱量によって焼き尽くす。その光景を見送ることがないように、ユウセイもすでに走り始めていた。


「お前の忍術とやらはすごいが、やっている最中に近づかれるのはどうだッ!」


叫びながら、ルイズに触れられることを恐れること無くズンズン近づいていくユウセイの手には、枝を持っていた。〈ヴータリティット〉キマイラのときに使っていた、枝を武器化する【情報付与】の力だろう。そのまま走る勢いを転換、ユウセイは枝をフェンシングの要領で突き出した。その先は尖っていて、常人が喰らえば一溜まりもないだろう。


「あラ、良い試ミ。でも、私がニンジュツ一つだけで第4位まで上り詰めたと思っているのなら大間違いヨ」

「ッ!?」


左手では印を組みながら、ルイズは突き出される枝槍に右手をお返しのように突き出した。そのまま掴まれる。ユウセイは悪い予感が身体を駆け巡り、とっさに枝から手を離す。瞬間、掴まれた枝が眼にも止まらぬ速さで、地面に突き刺さっていた。


「お父さん仕込の体術ヨ。舐めてもらっちゃ、困るわね」

「お前、転移者じゃないのか……!?」

「……?正真正銘転移者だけド?」


そんな転移者がいてたまるか、とユウセイは頭の中で嘆いた。彼女の体術は、素人目から見ても俄仕込のものではなく、実践で鍛え抜かれた慣れた動作だ。つまりは、彼女は戦場にいたはずなのだ、地球ではあまり見ないはずの。

父親仕込とルイズは言っている。つまり、父親にそれを受けさせられたのだろう。彼女の父親とは、一体……。


「っ、やめだやめ。お前の家族なんて想像しても意味ない。【情報付与】対象:手元の石 効果:前方に500メートル毎秒で射出!」

「【精光弾クゲル・リヒト】!」


今度は、2方向からの挟み撃ちだ。ユウセイの実質弾丸攻撃に、エディアの光輝くエネルギー弾。

物質と非物質の2属性攻撃にも、ルイズは微笑のまま、炎を手繰り寄せた。


「良い連携ネ、パーティに誘うのを今更ためらっちゃいそうだワ」

「ならすっぱり諦めてください……!」

「冗談ヨ」


ルイズは迫りくる石弾はやはり炎で対処、魔法による弾はなんとその場でバク宙をして、飛び上がって避けた。こうもきれいに避けられると、もはや打つ手がないように思えてくる。

事実、エディアは今も石の弾丸と光の弾丸を交互に浴びせかけているが、全く掠る気配すらない。

ユウセイはもはやこれで時間稼ぎをして、10分間を過ごさせるというものしか思いついていなかった。

────そしてそんな思考を外側から破ったのは、二人組だった。


「アタシとも遊びましょうよ。この、カレハ・ラインとね」

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