●宮下優吾の話

 なんでこいつが内定取ったんだ。それが芦原の第一印象だった。

 

 Fランとまでは言わないが、他の面々に比べて大きくレベルの劣る大学出身で、例えば素晴らしく語学が堪能とか、履歴書に書ける能力があるわけでもない。

 口さがない同期の中には「顔採用」とか、もっと酷い言葉で陰口を叩くやつもいたくらいだ。流石にその下世話な噂話には乗らないようにしたが。

 

 けれど、俺はあいつを早々に見直すことになる。

 芦原は、周りをよく見てそれとなくサポートする力に長けていた。

 俺のような、プライドの塊みたいな人間たちの集まりは事あるごとにすぐピリつく。そんな中で良いムードに戻して、それを保つことにも。

 

 それに、意外と努力家で真面目でもあった。課題の提出がいつもギリギリなのも誰よりも真剣に取り組んでいるからなのを、俺は知ってた。

 

 気がつけば、いつも目で追っていた。

 

 それでも、大勢いる内定者の中で特別に関わる機会もなく。芦原も女同士でつるんでいることの方が多かったから、しばらくは距離が縮まることはなかった。


 あちらから話しかけてきたのは、親睦を深めるためにと開催された内定者同士の新年会でのことだった。 


「ねえ、宮下くん。小説書いてるってほんと?」


 芦原は、開口一番、隣に座った俺に尋ねてきた。安っぽい居酒屋の照明を反射して、半端なくきらきらとした目で。

 

 その後は、その後のことは、色々あって、とても大切なことだったのに、もうほとんど思い出せなくて、俺の、俺の中が、どんどんかぞくに侵食されていっている。


 壊れていく魂の、最後の理性を振り絞って、藤村さんが持ってた怪しげな御札とか何とかを、あじゃさまに向かってめちゃくちゃに投げて、ぶつける。

 この除霊グッズ的なものは、一応死人の俺にも効くらしく、持ち上げるたび指先が灼けるように痛んだけど、知ったこっちゃなかった。


 ……助けなくちゃ、逃がさなきゃ。


 この薄暗い地下偽りの平和な田舎おかしい会社に囚われる前にあじゃさまに捕まる前にだから藤村さんのことも呼んだのに早くすぐにここから逃げてお前は自由に楽しく生きてそれでいつかだれかと恋愛でもして結婚とかして皆に祝われて子どもとかも産んで


 しあわせにしあわせにしあわせにしあわせにしあわせにならなきゃ、だから


 俺はこの背中を押さなきゃいけなかったのに


「……何で残ってんの、お前」


 汚らしい臙脂えんじ色の扉は閉まって、藤村さんと先輩を乗せたエレベーターは地上へと戻っていく。

 

 ひとり残った芦原は、背後で立ち尽くす俺に向かってゆっくりと振り返った。

 

 俺に小説を書いてるのかと聞いた、あの時と同じきらきらとした目が、じっと俺の、多分十階から飛んだから地面に打ち付けられて脳梁とか何か汚ねぇものが飛び出して血まみれに崩れた顔を見つめて


「あはは、酷い顔」


 笑った。

 

 うるせえよ、そう言って、俺は。

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