ハッピーエンドの定義
――いつのことだっけ、これは。
「俺はさ、ハッピーエンドしか書きたくないんだよ」
「……え?」
宮下くんが唐突に、そんな事を言いだしたことがあった。私はその発言に違和感しかなくて、スマホの画面に彼がウェブに上げている作品を表示すると、その目の前に押し出した。
「……この話とか、最終話で主人公とヒロインが両方死んで終わってるけど?」
「それは、復讐の虚しさに気づいたヒロインの心が主人公に救われて、二人揃って海に沈むだろ。幸せな心中だよ。だからハッピーエンド」
……そうかなぁ。私は、二人揃って平和に生き残りました、めでたしめでたし。が、ハッピーエンドだと思うんだけど。
首を捻って不服を示す私に気づかないわけないのだが、宮下くんは持論を曲げないようだ。頬杖をついたまま、つらつらと続きを語る。
「……俺はさ、俺の物語を読んだ人間が読後に『あー、良かったなぁ』って思って欲しいんだよ。現代人は負のオーラばっか浴びてるんだから、お話の世界でくらい、ハッピーに心震わせて欲しいじゃん」
「それは……素敵だね」
「だろ」
「でも宮下くんぽくない。なんかドロドロの愛憎劇とか好きそうなのに」
「……お前は俺のこと、何だと思ってるわけ?」
「何と言われましても……」
宮下くんにはジト目で睨まれたけど、にっこり笑って躱してみた。
「……でもさ、プロになるなら、色々書けなきゃ駄目なんじゃないの? 作風の幅、狭めたらまずくない?」
「……まぁ、仕事としてやってくからには、不本意な注文もあるかもしれねぇな」
宮下くんは、少し考えるように視線を巡らせ、顎に手を当てる。しばらくそうした後、小さく「あ」と漏らして手を打った。
「……だったらさ」
彼はそう言うと、横に腰掛ける私の顔をまっすぐに見つめた。真剣な眼差しが、私を見て――ふ、と和らいだ。
「俺がオトナの都合で、ハッピーエンドじゃない物語書き始めたら――お前が止めてくれよ。――芦原」
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