□藤村勇那の話 宮下優吾
宮下優吾は俺の人生の恩人だ。
大学の時、新歓の飲み会で初めて会った。瑞穂ちゃんに語ったように「何こいつおもしれー」と思ったのは事実だ。でもそのときは、俺にとってそこまで特別な人間になると思っていなかった。
転機が訪れたのは、新歓からしばらく経ったころだったか。――ひょんなことから宮下に、俺の秘密と、それに起因するトラウマ……および人間不信がバレたのだ。
無神経にも根掘り葉掘り聞いてくる宮下に折れる形で、俺は半ばキレながら詳細を打ち明けた。――ずっと忘れることのできなかった、中学時代の出来事を。
思えば、他人にそんなに心の内を吐露したのは、そのときが初めてだった。
宮下は、じっと俺の顔を見ながら話を聞き終わった後、一言「くだらねえ」と切って捨てたのだ。
その時のことは、今でも鮮明に思い出せる。
「あんたの人生で脇役にしかならないような奴らなんか、気にすることないですよ。中学の時のクラスメイトの顔とかフルネームなんて、全員覚えてます?」
「……いや、忘れたけど」
「でしょ。その程度の存在なんですよ。そいつらなんてモブです、モブ。名前の一つもついてないようなクラスメイトABC」
宮下はシャープペンシルを片手で鮮やかに回しながら言った。
「ありきたりなこと言いますけど、あんたの人生の主役はあんたで、主要な登場人物はあんたが決める人たちだ。モブのことなんて忘れて、面白おかしい奴らで周り固めましょ」
「……モブ」
「そうです。モブのために、うじうじ立ち止まってる暇なんて、ないんです。……楽しいですよ、人生って」
そう言ってあいつはペン回しをぴたりと止め、俺に向かってにやりと笑った。
多分それは、あいつにとって大したことない会話だったと思う。――それでも俺は、そのたった一言に、どうしようもなく救われてしまった。
そして、宮下の人生のモブにはなりたくない、そう思った。
だから、仲良くなるべく奴を構い倒した。ふっきれてしまった俺は案外コミュニケーション強者だったようで、結果的に、実家にお邪魔してご家族とも仲良くなるくらいにはなったので、その試みは成功だったと思う。
楽しかった。人間に心を開いてみて、仲良くなるのは。宮下のおかげだ。俺が元々、人間好きだったことを思い出せたのは。
そんな仲だったので、宮下の口から瑞穂ちゃんのことはよく聞いていた。彼女の話をするときの表情から、好きなんだろうなぁ、ということはすぐにわかった。わかりやすい男だった。
今回の資料の件で宮下から連絡があった時、奴は柄にもなくうきうきとした様子だった。
――会社辞めても、連絡する口実ができました。
なんて言いながら、俺に向かって嬉しそうに親指を立てるあいつのことを応援するつもりで、一肌脱いでやろうとした。
……その結果があんなことになるなんて、思ってもみなかった。
これ以上、瑞穂ちゃんを危険な目に合わせるわけにはいかない。あのCMソングは、もう誰にも聴かせてはいけない。
俺は瑞穂ちゃんに電話をかけようとスマホを取り上げる。――すると、測ったかのようなタイミングで、彼女からの着信が入った。
「……もしもし! 瑞穂ちゃん?」
「応答」のアイコンをタップしてスマホを耳に当てる。しかしスピーカーからは雑音が聞こえるばかりで、何の情報も得られなかった。
――なんだ?
それでも耳を澄まし続けると、途切れ途切れに瑞穂ちゃんと、知らない男の声が聞こえる。
「……一、五、三、四階の順番で、押す――――ね」
「そうだよ。これを知っ――――くじゃないと、あじゃさまのところには――――」
「このエレ――ーは――どこ――――ですか」
「――まって――――。――――いるところ。――地下だよ」
最後にエレベーターの到着音らしきものが聞こえて、通話は途切れた。
やばい。
何か不味いことがおきている。最後の会話が聞こえたのは、僥倖だった。おそらく彼女がいるのは、スノウ製菓本社の――地下だ。
「……すいません! 取材行ってきます!」
誰に聞かせるともなく大声で叫び、鞄を引っ掴んだ俺はそのままオフィスを飛び出した。
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